第30話:サウスポートからの依頼1

「優里お嬢様、失礼します」

 朝食を食べた後、優里が自室で本を読んでいるとノートパソコンを持った奏人が入ってきた。

 コンピュータには様々な種類があり、この折りたためるものはノートパソコンという。そういった名称は少しずつ覚えている。これもまた大衆の前で無知を晒さないための教養の一環だ。

 パソコンを目にするのは久々な気がするが、それよりも奏人の顔がどうも暗いのも気にかかる。

 一体どうしたのだろうと考えていると、奏人は

「サウスポート家のご子息様から優里お嬢様とお話をしたいというご連絡がありまして」

 と、やはり浮かない顔で画面を開いた。

「サウスポート家の……」

 どうやら話というのをテレビ電話でしたいということらしい。

 優里は自分の身なりを確認すると、

「分かりました」

 と、準備ができている意思を伝える。しかし奏人のこの暗い表情の意味が分からない。 

「えっと……サウスポート家のご子息の方とはどういう方なのでしょうか?」

「一言では伝え切れません……ただ、銀髪の女性は知っているがそれを伝えるには条件がある……その条件は優里お嬢様に直接言うとおっしゃっています」

「私に……?」

 初めて銀髪の女性について知っている人が現れたというのも衝撃だが、条件とは何だろう。


 考えても分からないため、少し緊張しながらじっとテレビ電話を待機する。暫くして、赤い髪の青年が画面に映し出された。

 彼の自室なのか、背後に映る大きなベッドが目立つ。

「初めまして。サウスポート家長男、将斗まさと・サウスポートと申します」

 誠実そうな挨拶だが……どこかゾクリとするような妙な色気がある。耳につけられた大量のピアスも気になった。

「優里・イーストプレインです。初めまして」

 仕草に気をつけつつ丁寧に頭を下げ、そしてじっと将斗を見つめる。すると彼は突然ニヤリと笑みを浮かべて、

「ほう……馬子にも衣装。庶民上がりでも磨けばそれなりのもんになるんだなあ」

 と、誠実そうな雰囲気を一気に崩して嫌味たらしく言い放った。

 椅子の背もたれにもたれかかって足を組み、随分と尊大な態度になる。

「そうですね……使用人の方々に手取り足取り教えていただき、今の私がいます」

 しかし、優里は元灰被りとして嫌味など言い慣れているのだからその程度では動じない。

 将斗は優里の態度が気に食わないのか、小さく舌打ちをした。

「まあいい。お前は自分を黒龍の器にする原因になった銀髪の女性とやらを探しているのだろう」

「はい」

 自分が何もしない間にも奏人たちがずっと情報を集めていたことは知っている。だからこそ優里も早く銀髪の女性の正体に近づきたかった。

「その正体を教えてやる。だから今すぐにサウスポートに来い」

「え?」

 今すぐにサウスポートへ?

 思わず奏人の目を見てしまう。セントラルランドへ行くまであと一週間。その余裕はあるだろうか。

「何故行かなければならないのか、具体性を持って教えていただかなければ優里お嬢様も困ります」

「使用人ごときが口を挟むな。理由ねえ……俺の妹が怪我を負った。ウェストデザートから医者も呼んでいるがお前の能力の方が早いだろ?」

「妹さんが……」

 偉そうな態度だが、彼は怪我を負った妹を助けるため一刻も早く優里に来てほしいのかもしれない。

 そう考えると断る理由も浮かばない。

「是非、伺わせてください」

「優里お嬢様……」

 唐突なお願いで困惑してはいるが、その要求を飲んでしまう。

「それじゃあ今日中に屋敷に来るように」

 将斗はそう言い放ってプツリとテレビ電話を切った。


「優里お嬢様は……人が良すぎます。もし彼が嘘を吐いているとしたらどうするんですか?」

 奏人はパソコンを閉じて小さく溜息を吐いてから、少し屈んで困り顔で優里を見つめる。

「え……しかし、あの場で嘘を吐く必要などないと思いましたし……」

 優里は予想外の溜息に慌てて弁解しようとした。

 尊大な態度で少々怖くもあったが、彼を悪人だと決めつけたくはなかったのだ。

「それとも彼に妹さんはいらっしゃらないのでしょうか?」

「いえ……いらっしゃいますね。七海ななみ・サウスポート様という十七歳のご令嬢が」

「でしたら……行きましょう」

 彼女が本当に怪我をしていたとしたら大変だし、怪我をしていないのであればそれはそれで安心だ。奏人は優里の目を見て暫く固まり……それから仕方がなさそうに微笑んだ。

「分かりました。すぐに姉に伝えて支度をします」


 この時彼らはまだ知らなかった。

 伝えられなかったのだから仕方がない。

 サウスポートが今どのような状況で、将斗が何故優里を呼んだのかを。

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