第11話:灰かぶりを育てた集落へ1

 朝十時の応接間。愛子、詩織、奏人、虎徹の四人が立って見守る中、二人のお嬢様が大きな大理石の机を挟んで対面した。 

 本日の優里の格好は、腰のところをリボンで結んだ青色のワンピースに白のカーディガン。そしてワンピースと同じ色のカチューシャだ。

 詩織によって完璧なコーディネートを施された優里は背筋をピンと伸ばし、対面する舞紗を圧倒させるような気品さを持って彼女の話を聞いた。

 そして、

「是非、ご協力させてください」

 と、真剣な顔で告げたのだ。その解答には一切の迷いがない。

「ノースキャニオンは私が十年間お世話になった土地ですし、是非お守りしたいです。ただ……私は今、死ぬわけにはいきません。今私がいなくなると両親や私を見つけ出してくださった方々、イーストプレインの未来に対してご迷惑をかけることになる。ですので、できればそれ以外の方法を見つけたいのですが」

 優里の純粋な瞳の前にたじろいだ舞紗は、

「でも、どうやって……」

 と、しどろもどろに呟いている。

「それに対しては私から提案があるわ。ノースキャニオンは呪いや呪術など昔のしきたりが根強く残っている土地。であればイーストプレインで頭を抱えるよりノースキャニオンへ出向いた方が話は早い。だから、優里ちゃんを連れてノースキャニオンへ行く。勿論あなたと共にね」

「確かに、それが一番いい方法だけど……」

「お前は戻るのが嫌なだけだろ。家でした手前両親に顔合わせできない……そんな幼稚な考えでな。けど人の敷地に勝手に入るという犯罪を犯したお前にはもう拒否権などない」

「う……」

 奏人に厳しい言葉を突きつけられ、舞紗は項垂れた。彼女にはもう反論の術など残っていなかった。

「そうと決まれば今日早速ここを出るわ。私たちにはもう時間が残されていない。早めに片をつけたいの」

 全ては昨日のうちから段取りができていたようだ。

 スカートからさらりと車の鍵を取り出す詩織を見て、舞紗は再び「うう……」と言葉にならない呻き声を発した。



「ていうかあなた、私があなたを殺そうとしたのに怒らないわけ?」

 ノースキャニオンまでの道のりは長く、車で四時間程度はかかるらしい。行きの運転は奏人が担当し助手席に愛子、後部座席には中央に優里と舞紗が座り、虎徹と詩織が二人を挟んでいる。さらにトランクには絢音が潜んでいた。

 拘束を完全に解かれた舞紗は、終始穏やかな優里に食い気味で尋ねるも、

「舞紗さんは自分の土地と黒龍のことを思ってそう言われたのですよね。でしたら私が怒る理由なんて一つもありません。それに、死ねという言葉は言われ慣れていますし」

 と、笑顔で言われてしまい慌てて虎徹の方にくっつく。流石の舞紗でも、これは引いてしまう一言だった。

「優里ちゃん、庶民だった頃の話は外では口に出さないこと……って言ったわよね?」

「あ……すみません」

 詩織にやんわりと言われ、優里は頭を下げる。見かけも話し方も問題はないが、やはり十年間庶民の中でも召使のような身分で生きてきた経験は優里の中に根強く残っている。

 あと三週間でその呪いが消えてしまえばいいのだが。


「それにしてもイーストプレインって……すごく、綺麗な土地なんですね」

 優里はふと窓の外を眺める。どこまでも青々とした草原が広がり風に揺れている。東の方には小川が流れ水車小屋が並び、西の方に目をやればカラフルな屋根が並んだ街のようなものが見える。

 自分が住んでいた集落では一切見なかった風景だ。

「そうね。ただノースキャニオンのような大自然はないわ。イーストプレインはほとんど平地に近い地形でね、農業や酪農は盛んだけれどそれくらいなの。果物や山菜なんかはノースキャニオンから、電子機器や機械類はウェストデザートから、魚介類なんかはサウスポートから輸入している。この川だってノースキャニオンの山脈からきている川で、このままサウスポートにある海へと流れていくのよ」

 詩織はさりげなく諸地域の特徴を並べながら説明してゆく。優里は説明を聞きながら遠くに小さく見える山を見つめた。どの地域にもそれぞれの魅力がある。

 イーストプレインは個人的に落ち着く風景だが、隣の舞紗にとっては自然豊かなノースキャニオンこそが居心地の良い場所かもしれない。

 そう思って舞紗を見ると、彼女はいつの間にか虎徹に凭れて眠っていた。すやすやと小さな寝息も聞こえてくる。

「すみません、昨日からずっと起きていたもので限界がきたんだと思います」

 虎徹はそう言ってそっと舞紗の頭を撫でた。

「そういえば……お二人はどうやってここまで?」

 優里は意識があるうちに車に乗ったのは今日が初めてだが、これだけスピードの出る乗り物でも四時間かかるのだから生身のまま行くのは難しいと思った。

 すると虎徹はふっと微笑んで、

「走ってきました」

 と言う。

「え……?」

「ノースキャニオン家の者には代々特殊な身体能力があります。舞紗お嬢様も例外ではなく自分の筋肉量や体力の二倍程度の運動を行うことができるのです。この車は今から大きな山脈を迂回すると思いますが、私は猟師としての慣れで、そして舞紗お嬢様はその身体能力でこれを正面から突破してきたんですよ」

 確かに、車が走る大通りはこの先僅かに右に逸れていくように見える。彼らはその正規ルートを無視してきたのだろう。

「特殊な身体能力……それってイーストプレイン家の治癒能力に値するものなのでしょうか」

 優里が詩織に尋ねると、彼女は頷いた。

「ええ、土地を代表する旧家は全て特殊能力を宿している。とはいっても十二歳の体力を二倍にしたところで……なかなか厳しいと思うけれど」

「まあ……舞紗お嬢様は歳の離れた二人の兄が優秀だったこともあり家に居場所がなく……よく私と共に森の中で遊んでいましたから……その時の経験も役立ったのでしょう。射撃の腕もその際に磨きました。おっちょこちょいなところはありますが」 

 虎徹はそう言って愛おしそうに舞紗を見つめた。二人の関係はただの従者と主人という関係よりも父と子の関係に近いのかもしれない。

「優里ちゃんも眠っていていいのよ。まだ道のりも長いし」

 詩織はそう言って優里の頭を撫でた。

 本当はもっとイーストプレインの街並みを見ていたいのだが、車の揺れや詩織の手つきに段々眠たくもなってくる。

 ノースキャニオンの高い山の全貌が見えてきた時、ふと黒く刻まれたアザが熱く疼いた気がしたが、気のせいだと押し込んで優里は目を瞑った。

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