第9話:ノースキャニオンからの使者2

「それで、ノースキャニオン家のお嬢様が直々に何のようだ?」

「だから、龍を返してもらいにきたと言っているでしょう!」

 3階から庭まで駆け足でいったことや無理に治癒の能力を使ったことで、優里の体力は限界がきたらしい。

 動けなくなった優里を自室に運び、汚れてしまった足をきれいに拭いて寝かしつけると、奏人は侵入者を閉じ込めた応接室に入った。

 既に応接室には愛子と詩織もいて、ソファーに座って二人を監視している。

「優里お嬢様は、ノースキャニオンの庶民に人柱とされ、儀式によって龍を降ろされた。その解除方法が分かるのであれば是非とも教えてもらいたいものだ」

 奏人は詩織の隣に座ると、低い声でそう言った。

「簡単なことよ! そのお嬢様が死んじゃえばいいの」

 対する赤い頭巾を被った少女……舞紗まいさ・ノースキャニオンは強気に言い放った。勿論そんな言葉をこの三人の前で吐いて許される訳がない。

「言っておくけれど、この会話は全て録音しているわ。失言の分だけ処分があることは覚悟しておいてほしいわね」

 詩織は怒りを孕んだ声で淡々と告げる。いつも無表情な愛子はともかく、詩織の顔にも一切表情がなく、この姉の怒りは奏人にも痛いほどに伝わってくる。

「舞紗お嬢様、もう辞めましょう。今この場でそのようなことを言うのは焼け石に水……いえ、火に油を注ぐようなもの」

 隣の初老の男は舞紗を宥めようと語りかける。それでも舞紗の反発するような目つきは変わらなかった。

「黒龍がいなくなってノースキャニオンの自然はどんどん失われているの……このままじゃノースキャニオンは滅びちゃう!」

「そもそもその前からノースキャニオンは土地として崩壊に向かっているように見えたがな」

「う……っ」

 奏人の言葉に舞紗は項垂れる。痛いところを突かれたらしい。

「それに調べたところ黒龍は優里ちゃんの生命エネルギーと複雑に絡み合っている。もし万が一優里ちゃんを殺すようなことがあれば、あなたたちが望む黒龍も一緒に殺すことになるわよ」

「そうなの!?」

 それは知らなかったようで舞紗は驚いたような顔をして再びぱっと顔を上げた。


「ノースキャニオンに何があったんですか?」

 奏人は舞紗にではなく、彼女の隣で殆ど喋らない男の方に声をかけた。舞紗だけではどうも話が進みそうにない。

「後継者争いですよ。ノースキャニオン家は近年次の後継者を誰にするかで家庭内の争いを起こしていた。舞紗様の二人の兄、そして叔父にあたる者がそれぞれの取り巻きと共に争い……現伯爵も民のことに構っていられなかった。そのうちに民衆は私利私欲のために自然破壊を行い始め……やがて黒龍は暴れまわった。ああ、名乗るのを忘れていました。虎徹こてつと申します。元々はしがない猟師でしたが、現在は舞紗様の付き人をさせていただいております」

 元は猟師……通りでガタイもいいはずだ、と奏人は思った。

 そしてやはりどこの家でも後継者争いは巻き起こるらしい。

「それで、何故争いの渦中にない幼いお嬢様が龍を探しているのでしょうか」

「それは……」

「龍が私を呼んだからよ!」

 と、舞紗が叫ぶ。虎徹はその隣で小さく息を吐いた。

「龍が呼ぶって……そんなことあるの?」

 詩織が怪訝な顔をする。すると、舞紗は頬を膨らませた。

「家の人たち誰も信じてくれないんだもん! だから私一人で黒龍様を探すことにしたの。龍は確かに私を呼んだ。助けてくれって!」

 もう時刻は十二時を回ろうとしているのに、変わらず舞紗は元気だ。龍が呼んでいる……奏人はその言葉に聞き覚えがあった。

「優里お嬢様も……昔、青龍の声が聞こえたと言っていた……やっぱりそれは龍に仕える家の人間に稀に現れる能力なのかもしれない」

「じゃあ……デタラメってことはないようね」

「そうよ、最初から聞こえたって言っているじゃない」 

 舞紗はふんぞり返る。段々彼女の言いたいことが見えてきた。

「親族の後継者争いをしている間に黒龍がお前に助けを求めたが、それに応える前に黒龍は優里お嬢様の中に封印されてしまった。だからノースキャニオンのためにも、そして呼ばれた役目を果たすためにも黒龍を助けたい……と、そういうわけだな。無礼にもうちに不法侵入するような真似をしたのも、親に言い分が認めてもらえず独断行動を取る羽目になったからか」

「ぜ……全部綺麗にまとめないでよ……そうなんだけど」

「彼女は半ば家出のような状態だったため……森を抜けるところをたまたま目撃した私がなんとか護衛でついてくることができました。それでも振り回されてばかりで……申し訳ありません」

 虎徹が頭を下げる。

 おそらく虎徹は奏人や詩織と違って龍に関する知識など学んでいないのだろう。彼女の怒りの原因の半分も知らないが、それでも彼女を守るためにここにきた。

 相当な苦労だっただろう、と奏人は少しばかり同情した。


「来なくても大丈夫って私は言ったのに。私だけでも戦えるもん」

「確かに舞紗お嬢様の銃の腕は見事です……が木に上っては落ちたり川を跳び越えようとして足を滑らせたり……危険な行動がありません。だからいつも奥様から頭巾を被るようにと注意され……それは守っているようですが」

「そ、それはそうだけど」

 舞紗の頭は赤い頭巾が守っている。それには母親からの言いつけがあったようだ。そして律儀に守っているところは可愛らしい。

「北の赤頭巾……か」

 奏人はてっきり目立つためだけにつけていると思っていたが、ちゃんと事情がったようだ。

「どうする奏人?」

 と、詩織が問う。最終的な決定権は詩織にあるが、それでも奏人の意見を参考にしようとはしているのだろう。

 事態は飲み込めた。そしてノースキャニオンのために優里から無理に黒龍を取り出すと言うのは絶対にダメだ。

 ただ、いずれは自分たちも優里を黒龍の苦しみから救いたいと思っているのだから、利害が一致していないわけでもない。

 そもそも今決定権は姉にあると思ったがそれはつい一週間前までの話だ。

「まずは、優里お嬢様に今の話を聞いてもらおう。判断はそれからでも遅くないだろ」

 性格の違う二人のお嬢様が対面するのは不安もあるが、武器さえ取り上げて側についていれば大丈夫だろう。

 優里は庶民帰りといっても掃除や料理の片付けを自分でしようとする以外、作法もしっかりしている。

 むしろいい練習にもなるかもしれない。

「そうね、まずは優里ちゃんに聞いてもらいましょう。勿論優里ちゃんに危害を加えるような真似があったらすぐにでも制裁処置をとるのでそのつもりで」

 詩織はスカートに入れてあったボイスレコーダーを取り出し脅しのように見せつける。

 ひとまず、この部屋は二時間交代で見張ることにして、最初を愛子にお願いした後、部屋を出る。

 優里がここへきて一週間。予想外の事態になったと奏人は額を押さえた。



「私は舞紗さんを使ってノースキャニオン家に接触しようと思うわ。黒龍を失っても接触がないことからあちらはもう龍に関心がないのかと思っていたけれど、そうもいかないというのは分かったし……彼女の無礼な言動を盾にとれば何かあっても対等に会話ができる。イーストプレインと違ってあちらは古くからの呪術も多く残っているし、何かが分かるかもしれない」

 二階の詩織の部屋の前まできてから、彼女は奏人の目を真っ直ぐ見た。いつになく真剣な姉の姿は、優里を探し始めた日依頼だろうかと奏人は思う。

 自分もかなり優里に対して過保護になっている自覚はあるが、それは詩織も同じだった。

 立ち止まって、姉の言葉に頷く。

「なるほど……黒龍を優里お嬢様に降ろした奴らの儀式内容も調べたいな。国王のお達しのせいで疎かになっていたし」

 黒龍の問題と国王のお達し。どちらか片方であればよかったが、両方に見舞われると厄介だ。

「そもそも謎が多すぎるのよ。儀式に選ばれたのがよりにもよって優里ちゃんだったことも、そのタイミングで伯爵の妹さんが優里ちゃんの件で遺言を残して亡くなったのも」

「そう……だな。俺たちがやっと優里お嬢様を見つけ出し本人確認の裏も取れてやっと連れ出そうとした……そのタイミングで儀式、なんて……行き過ぎている」

 まるで何か大きな手のひらの上で転がされているようだ……そう思ってはいても、彼らは目の前の優里の世話で精一杯で他にあたる余裕がなかった。愛子には外交関係を辿ってもらっていたが、何も目立った勢力は見つけられない。

「伯爵夫妻の方についていった使用人を何人か呼び出して調べてもらうか……」

 そうやって詩織の部屋の前で二人話し込んでいると、

「あの、アタシたちにできることはない……ですか?」

 と隣の部屋の扉の隙間から、寝巻きを来たままの絢音が顔を出した。どうやらずっと扉越しに話を聞いていたらしい。

「僕もお役に立てることがあれば」

 と、今度は千尋も顔を出す。

 サイレンが鳴った際、絢音と千尋も勿論部屋から飛び出そうとしたし、舞紗を捕らえてからも部屋に入ろうとはした。けれど詩織に待機を命じられていたのだ。

 外交関係は複雑で、幼い頃から学んできた奏人や詩織、愛子ならともかく二人にはまだ早いと、そう思ったためだ。

「愛子さんほどじゃないけどアタシも多少は戦力になる。またノースキャニオンに行くなら連れていってくれ。あいつを……優里お嬢様を守りたい。このままじゃアタシ助けられてばかりで……」

「僕はパソコンも使えますので他地域の情報を調べてみますよ。僕も彼女に恥じない人間になりたいので」

 真っ直ぐに詩織を見つめる二人を見て、奏人は苦笑いをする。

 一週間前の彼らであれば、こんなこと言い出さなかったに違いない。絢音は詩織に拾われた恩があるにしろ、金のために働いていたというのが大きいし、千尋も言われたことを言われた通りにこなすだけのタイプだった。

 そんな二人を変えたのは優里の存在に他ならない。

 優里の天然で無邪気な言動が二人にある種の使命感を持たせたのだろう。

 自分にも優里に変えられた過去があるが、改めて彼女に変えられつつある二人を見ることができたのは嬉しい。

「そうねえ……じゃあ二人にも手伝ってもらおうかしら。優里ちゃんを守るために」

 詩織もにこやかに彼らを見ると、軽くウィンクをして二人にある提案をした。

 そんな打ち合わせを経て、彼らの夜は更けていく。 

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