第8話 騎士と、小さな地下室

 二人並んで歩くには、その廊下は狭かった。

 グレイが前を、ルークが後ろを歩く形になった。


 「っ……」


 グレイは頭が痛むのか、ぐしゃりと髪を掻き分けて手を当てる。


 「おい、グレイ……」

 「うるさい」


 グレイに伸ばしたルークの手が、ぱしりと払い退けられる。


 「うるさいんだよ……」


 グレイがふらふらと壁に手をつきながら進んでいく。

 じっとりと湿った空気が、更に体を重くしているように感じられた。


 「一度、出直そう」

 「絶対に嫌」


 ルークの提案を、グレイはばっさりと切り捨てる。


 「それに」


 廊下が突き当りに出た。


 「もう着いたよ」


 グレイが指差す先には、施錠された鉄の扉があった。


 「だれ……?」


 扉の中から話し掛けられた。

 聞こえてきたのは、子どもの声だった。


 「だれかいるの?」

 「ねぇ、おねがい!」

 「だして、ここからだして!」

 「おねがいします!」

 「たすけて!」


 何人もの子どもの声が、扉の向こうから聞こえてくる。


 「ああ。今、助ける!」


 ルークはそう返すと、剣を抜いた。

 錠を切り落とそうと試みるが、向こうも金属だ。

 ガツンと堅いもの同士が鳴る音だけが響いて、壊れない。


 それでもルークは、もう一度剣を振るう。

 何度も何度も、諦めずに剣を振るう。


 その様子をグレイは壁に寄り掛かって、静かに見ていた。





 ガキンッと金属の割れる音がした。

 先に音を上げたのは、錠の方だった。


 「よしっ!」


 ルークは、急いで扉を開ける。


 「大丈夫か!」


 部屋の中には、子どもが10人ほど入れられていた。

 全員ボロボロの服に、すすけた髪と肌。

 発育状態も良くなくて、痩せこけていた。


 子どもたち自身に、枷は付けられていない。

 見張りなどの大人の姿はなく、ただ子どもだけが押し入れられている状態だった。


 部屋の隅に、細い鉄管が見える。

 それは引っ搔いたような傷がいくつも付いている。

 鉄管の近くには、小さな石が何個も転がっていた。


 怪しげな音の正体は、通気口の鉄管を引っ掻く音だったのだろう。


 「グレイ、俺は中を詳しく調べるから……」


 子どもたちを頼む。

 そう言い切る前に、子どもたちがルークに集まってくる。


 「きしさまだ!」

 「きしさまでしょ?」


 ルークは身動きが取れなくなった。

 困った顔でグレイを振り返る。

 しかし、グレイは腕を組んで顔を俯けていた。


 「たすけにきてくれたの?」


 子どもの、期待した声が響く。


 「……い」


 その声に紛れて、小さな低い声が聞こえた気がした。


 「ありがとう、きしさま」


 子どもの、嬉しそうな声が響く。


 「……、さい」


 「まるでおとぎ話みたいだわ!」


 子どもの、興奮した声が響く。


 「……る、さい」


 「いい子にして、まっていたんだよ」


 子どもの、得意げな声が響く。


 「うるっさいんだよ!」


 ガンっと、壁を殴る音がした。

 はしゃいでいた子どもたちの声が止まった。


 子どもがはくはくと口を動かしても、音にならない。

 子どもが、首を傾げる。


 まさか。


 ルークは、後ろを振り返る。


 壁を殴った体勢のまま、グレイは荒い息をついていた。


 「どいつもこいつも、いつまでも、ぺちゃくちゃと好き勝手いいやがって!」

 「グレイ?」

 「いい子にしていたら、おとぎ話の騎士様が?」

 「おい、グレイ」


 グレイの様子がおかしい。

 ルークがそう思って名を呼んでも、グレイは顔をあげない。


 「ばっかじゃないの」

 「グレイ」

 「別に、迎えにきたわけじゃない」

 「グレイ」

 「たまたま、偶然、まぐれで、こいつが来ただけ」

 「グレイ」

 「そんな都合のいい妄想、起きるわけがないだろ」


 グレイが、両手で顔を覆う。


 「待ってたって、誰も……!」

 「っ、グレイ!」


 ルークが、グレイの両肩を掴んで揺さぶる。

 グレイがゆっくりと、顔を上げた。


 「きし、さま……」

 「俺の声が聞こえるな」


 こくり、とグレイが頷く。


 「子どもたちに掛けた魔法を解いてやってくれ」


 こくり、とグレイが頷く。


 「あ」

 「こえ、もどった」


 子どもたちが、ゆっくりと喋りだした。


 グレイが、子どもたちの方へ視線をやる。

 びくりと子どもたちの体が跳ねた。

 怯えた子どもたちが、身を寄せ合って小さくなる。


 その様子にグレイは、にやりと口端を上げた。


 「お前たちは、騎士様に助けられたんじゃないんだよ」


 ふふっと楽しそうにグレイが笑う。


 「悪い魔法使いに、食べられちゃうんだよ」

 「ヒッ」

 「こら、脅かすな」

 「いたっ」


 グレイの頭を、ルークがはたいた。


 「お前、誰に向かって……」

 「俺は部屋の様子を探るから、子どもたちのこと見といてくれ」

 「おい、僕の話を聞けよ!」


 ルークはグレイの言葉を無視して、部屋の奥を調べる。


 どうして、子どもたちが集められていたのか。

 すぐに思い付くのは人身売買だろうか。

 それとも他に理由があるのか。

 とすれば、それはなんだ。


 それに、誰が子どもたちを閉じ込めたのか。


 その手がかりとなるものがないか、慎重に調べていく。


 その時だった。


 「きゃあああっ」


 子どもの叫び声が響き渡る。


 「騎士様!」


 ルークの隣に、メルムが現れた。


 「いつの間に……!」


 いくらメルムが突然どこにでも現れるといっても、あまりにいきなり過ぎる。

 そう思いながら、ルークは剣を抜こうとした。


 「フォルレモーラ!」


 ルークが剣を抜くよりも早く、グレイの叫び声のような呪文が響いた。


 「ギ、ィ……」


 子どもよりも小さなメルムは風船のように膨らんでいって、そして破裂した。

 さらさらと、塵が空中に溶けて消えていく。


 ルークは助けてもらった礼を言おうと、グレイを振り返る。

 そして、驚きに目を見開いた。


 「グレイ!」


 グレイが、床に倒れ込んでいたのだ。

 苦し気に目を固く閉じて、荒い息を繰り返している。


 「すぐにここを出るぞ」


 ルークはグレイを担いで、子どもたちを見回す。

 子どもたちは真剣な顔で頷いて、黙ってルークの後を付いてきた。


 「……が、い……」


 意識をなくしているグレイから、微かに言葉が聞こえた。


 「こ……ら、……して…………」


 その声は小さすぎて、ルークには聞き取れなかった。





 地下室での一件を報告したり、騎士団に改めて調査させたりとルークは忙しくしていた。

 それらが一息着くころには数日が経過していたが、グレイはまだ目を覚まさなかった。


 医者に診せても、さっぱり原因はわからないという。

 魔法使いであることが理由だとすれば、誰にも診ることはできなかった。


 グレイを寝かせている部屋は静まり返っている。

 起きているときの騒がしさがまるで嘘のようだ。


 本当に生きているのだろうかと、呼吸を確かめた回数は片手では足りない。


 「お前がそんなだと、調子が狂う」


 だから、早く目覚めてくれ。


 そう願うルークの元に、バタバタと慌ただしい足音が向かってきた。


 「た、大変です、隊長……!」

 「どうした?」

 「王都郊外に、巨大なメルムが出現。王都へ進行中とのことです!」

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