第6話 騎士と、灰色との始まり

 「それは違うぞ。俺は裏切られていない」

 「……は?」


 ルークの右手が、グレイの右足首を掴む。


 「誰だって、痛いのも血生臭いのも嫌だ。子どもに見せたくないと思って、当たり前だ」


 ルークは、掴んだ足を退けようと力を込める。


 「それにこれは、俺が選んで、俺が受けた傷だ」


 あえて責めるのなら、身を挺してでなければ守れなかった、己の弱さだ。


 ルークは掴んだグレイの足を押し返しながら、左腕と腹に力を入れ上体を起こす。

 グレイの体が、少しだけ揺れた。


 「誰が何と言おうと、お前が馬鹿にしようと、民を守って受けた傷を、俺は誇りに思う……!」

 「……だっさ」


 グレイの右足が、ルークの左頬を蹴り飛ばす。


 「弱い癖に粋がってて、つまらない」


 ぽつりと、真顔でグレイが零す。


 「帰る」


 グレイがふわりと音もなく、宙へと浮かび上がろうとする。


 「待て」


 ルークが慌てて、グレイの足を掴んで止めた。


 「なに、まだやろうって……」

 「お前、騎士団に入らないか!?」





 「はい?」


 団員たちから、疑問と非難を混ぜたような声が上がった。


 「あはは、やっぱおかしいか」


 ルークは、何故か照れたように笑った。


 まったく照れるところじゃないでしょう、と団員たちは心の中で突っ込む。

 口に出す者は一人も居なかったが。


 「王にも王子にも、グレイ本人にも呆れられたよ」





 「は?」

 「こんなに強いんだ。是非騎士団に入って、その力を存分に使ってほしい」

 「何言ってんの」

 「腕の立つ強いヤツを探していたんだ」

 「おい、人の話を聞けよ」

 「入団には王の承認が必要だから、今から謁見の申し込みを……」

 「僕に何されたか、一瞬で忘れたポンコツな頭はこれかな?」

 「いた、いたたたたたっ」

 「さっきの話、もう忘れちゃったの?」


 グレイは、溜息を零す。


 「雑魚どもが言ってたでしょ。国を滅ぼした魔法使いって」


 グレイが、「あれ、本当だよ」と口端を上げた。


 「僕は千年前に国を滅ぼした、悪い魔法使いなんだ」


 それでもお前は、僕を王様に会わせられる?

 そう目を細めるグレイに、ルークは少しだけ考え込む。


 「……でもお前は、俺を殺さなかった」


 それをやれるだけの力があるのに、だ。


 「だから俺は、お前と協力し合えるって信じるよ」


 グレイは、きょとんと目を丸くした。


 「……こいつ、馬鹿だ」

 「ははっ、じゃあ俺は馬鹿だから、賢いお前の協力が必要だ。これならどうだ?」

 「お前に協力して、僕に何のメリットがあるわけ」


 うーん、とルークが唸る。


 「報奨金」

 「いらない」

 「名誉」

 「最悪」

 「宝石」

 「好きじゃない」


 ルークが思い付いたものは全て、にべもなく切り捨てられていく。

 ルークは、何かヒントになるものはないかと周囲を見回す。


 その時、たまたまとある看板が目に入った。


 「……スイーツ」

 「……」


 やはり駄目か、とルークが肩を落とす。

 しかし、グレイの返事は意外なものだった。


 「いいよ」

 「え」


 ルークが、顔を上げる。

 グレイは何でもなさそうな顔をして、続ける。


 「この国中のスイーツ、食べさせてくれるなら、協力してやってもいい」

 「ほ、本当か……!」


 ルークは思わず、グレイの両肩を掴んだ。


 「ありがとう、好きなだけスイーツを食わせてやるからな!」

 「へぇ、そう」


 にやり、とグレイが笑った。


 「それじゃあ、これからよろしくね、騎士様」





 「はい?」


 再び、素っ頓狂な声が団員たちから上がった。


 「スイーツ、ですか?」

 「ああ、スイーツだ」


 ルークが頷く。


 「メルム討伐の協力がスイーツ……」

 「ああ、それで毎日2人でカフェ巡りをしたり……」

 「お土産に甘いものを買って来たり……」

 「……俺のお菓子が食べられたり」


 いや、最後のそれは別の理由も混ざってると思うぞ。


 ルークは心の中で突っ込んだ。

 甘いものも好きだが、悪さも大好きな魔法使いの顔を浮かべる。

 グレイの悪戯とお菓子横取りの被害にあっている者は、少なくない。

 いくらルークが「ちゃんと買ってやるから」と諫めても、グレイはやめる気はなさそうだ。


 「それで承諾するグレイさんも驚きですけど」


 団員が、ルークを不思議そうな顔で見る。


 「団長はなんで、そこまでしたんですか?」

 「なんで、か……」


 ルークもそう聞かれるとうまく答えられない。

 直感としか、言いようがなかった。

 でも。


 「絶対にグレイが必要だと、思ったんだ」


 メルムとの戦いは、何千年と続いている。

 しかしここ数年になって、その凶暴さが増しているのだ。


 メルムとどうやって戦っていくか。

 それは当時、騎士団の課題であった。


 グレイという戦力を引き入れること。

 悔しくも自分を打ち負かせるあの強さを、味方につけること。


 それが最適解だと、当時のルークは判断したのだ。


 「俺は、その選択は間違っていなかったと思っているよ」


 そんな思い出話をしていたら、王城と騎士団区の分かれ道に来ていた。


 「それじゃあ、また後でな」


 そう言ってルークは、王城へと足を向けた。





 「戻ったぞー」


 ルークが対メルム特殊部隊本部室の扉を開けた。


 「あ、隊長いいところに」


 隊員の一人が、ルークに駆け寄ってくる。


 「調査依頼が来ていますよ」

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