第40話 グラナダの船

 その日、楽園から船がやって来た。


 あまりに大きな艦体だ。


 アゼルデン軍が所有するタグボート八隻体制でのえい航だった。


 内湾に位置するユルシカ基地のドック近くに増設された埠頭に、半日がかりで接舷される。


「これは、すごい船ね……」


「僕たちが見ていたのはほんの一部だったんだねぇ」


 接舷を見守っていた、ラブリスとアルフレドの姉弟は驚嘆の声を上げた。


 その艦は工作艦としてはひどく巨大だった。洞窟でエドガーは、アゼルデン軍の巡洋艦級と評したが、エドガーが見たのは、艦のほんの一部。


 暗がりに隠れていた艦体はそれよりも、もっと巨大であった。


 何よりも形状が異質なのだ。


 三胴船形状。


 主船体より伸びた支柱で、二基の副船体とつながっていた。主船体の後部甲板には、ユルシカ基地のドッグに匹敵する規模の錬金加工肢が備わっていたが、副船体の甲板にもそれぞれ一基のアームが乗っているのだ。


 また、現在は折りたたまれているが、それぞれの船体の間に可変の甲板が見えた。


 すべて展開すれば、広大な後部甲板が出来上がるのだろう。


 七十余年の間放置されていたにしては、外装は無事だった。


 いったいどういう素材と技術を使っているのか、エドガーは気になって仕方なかった。


 複胴の形状、後部甲板の装備から考えると、この船自体が、造船も可能な一つの船渠として機能を有していたと考えられるが……。


「本当に……、こんな船は見たこと無いですよ。昔のグラナダの資料を見ても、ヘパイストスの詳細な記述はありません。いずこからかやってきた彼は、異常な知識と技術力を持ち、自らの機関工房でもある船で様々なものを生み出したと言われています。そして、その船の名はアゼルデンに伝わる古代の鍛冶神から取られていると。艦首の刻印を見てください。艦名は『ヘパイストス』まさに、この船なんですよ!」


 エドガーは、自分のことのように喜び語っていた。


『相棒よー、嬉しいのはわかるけどよ。とりあえず入ろうぜ』


 月光に先導され、艦内に入った。


 船体が巨大な事もあり、居住性はよさそうである。


 艦内部も全く荒れていない。埃こそ積もっているが、少し整備すればすぐに使えるほどだった。


『――こいつはよ、相棒の想像通りドック艦だ。大型の錬金加工施設を併せ持ち、何処へでも行ける移動する兵器工廠として作られているわけよ。後でじっくり見ればいいがな。魔導光炉もあるぜ。旧型だが』


 月光の案内で船内を移動した。


 エドガーは場所を移動するたびに目を輝かせ立ち止まり、質問をしていたが、ついにはラブリスに腕を取られて引きずられていった。


『ディムは、ここでいつも武器を作っていたよ。相棒は、ディムがどうしてあんなに色んな武器を作れたのか知っているか?』


「え? わからないよ。常々教えてほしいと思っている。月光、全然教えてくれないんだもんな」


 非難するようなエドガーの言葉に、苦笑するように月光は回転した。


『アイツはな夢を見たんだよ。此処じゃない、何処かの夢をな。ディムの発明は、全部が全部、アイツの発明じゃない』


 アイツは、訳も分からず、夢で見た兵器を再現してたんだ。


 そう語る月光の声は、静かに艦内に広がった。


『まぁ、そのあたりは本人に聞けばいい。――あと姫さんよ。アゼルデンの王室はどうして、遺産を探している? 俺さまちゃんが休眠する前に、ディムは何て言った』


「……魔導大戦は七十年前に終結した。その後、ふらりとグラナダがやってきたらしいわ。数十年後にまた大きな戦いが起こるはずだと。それは前回の戦いとは比較できないくらい、大規模な戦争になって、沢山の人が死ぬと。私たちの祖父、先々代のアゼルデン王は、ディムルド・グラナダと親交があったの。その戦争では、自分の封印した技術が使われるだろうから、遺産を数点、国内に残したと伝わっているわ」


「姉上は、『コレクターズ』を組織し、遺産を扱える人材の育成を。僕は遺産を探していたってわけ。月光、休眠状態の君を見つけたのも僕なんだよね」


『じゃあ、姫さんは、自国防衛のために、俺様ちゃんたちを集めていたって事だな』


「ええ。駄目だったかしら?」


『いんや。良いと思うぜ。俺様ちゃんたちはしょせん道具。使い道を決めるのは人間であるお前たちだ』


 月光の先導で、船橋に到着する。


 そのブリッジは、多面スクリーンが並び、中央には立体投影装置。


 それから椅子付きのコンソールが並んでいた。


 立体投影装置は、海図などを投影するためのものである。


 月光はコンソールの一つに近づくと、何かの操作を始めた。


『あれま、ヘパイストスのヤツ死んでるじゃねーか。コアが完全に沈黙してるなぁ。まぁ、俺様ちゃんみたいな特別製じゃないしな。相棒が直したらいいか……。お、あった。これだこれだ』


 スクリーンに光が灯り、次々と起動していく。


『ディムは、俺様ちゃんを休眠状態にする前に言っていたよ。もしまたお前が起きる時に、お前が気に入るやつがいたら、助けてやってほしいってよ』


 低い起動音と共に、中心の立体投影に影が映る。


『あと、もしこの船が見つかったら、メッセージを残すから見せてやれってよ。内容は知らんよ? 俺様ちゃんのほうが先に寝たからな』


 立体投影に写るのは、どこかの部屋の一室にいる白髪が混じる初老の男だった。



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 ―――


 これを聞いているということは俺はもう、この世にいないと思う。


 なーんちゃってな。俺は一応まだ死ぬ気は無い。


 まぁしかし、少々疲れたのは事実だ。俺の船、ヘパイストスはここに置いていく。戦争も終わった。これを使う事ももうあるまい。俺の残した作品たちも、ほとんど破壊したしな。


 思えば俺の成功は、神の悪戯によるものだったとしか思えん。俺自身は何の力もない、ただの修理工のはずだった。


 ある日、頭の中に、こことは違う世界の記憶が流れ込んだんだ。


 そこは、俺の世界とは少し違った世界だった。


 魔法は無く、人々は炭と油を燃やし力を得ていた。魔素や魔光は無かったよ。そのかわりに、電気の力が強かった。こっちでも雷撃陣なんかで電気は使うがな。それよりも魔素があったからな。


 だがその世界は、戦争のための技術が、こっちとは比べ物にならないくらい発展していたんだ。そして何故か、俺の頭の中にそれが流れ込んできた。


 まるで映画を見るようだったよ。時代時代のどういう理由で、どういう意図でその兵器が作られたのかが、手に取るようにわかった。


 その世界では、人の乗った機械が音よりも早く空を飛び、船が鉄の砲をばかすかうち、でかい鉄の塊が星を飛び出し、敵の土地を消し飛ばしてた。


 ちょうど俺は、軍から仕事を受けていた。俺は不思議に思いながら、この世界にあるもので代用して、それらを再現しはじめた。


 最初は何だったかな。もう忘れてしまった。あまりに沢山の兵器や技術をその夢から再現したからな。いつの間にか、奇跡の技術者なんて言われてな。貧乏だった俺は一躍大金持ちだ。ご機嫌ではあったが、何処か後ろめたさがあった。なんせ俺は夢をパクっただけだからな。


 そんなことを数年続けた。


 何が起こったかって言うと、悲惨な戦争が始まったんだ。


 早すぎる技術発展は、国を滅ぼすんだって事がわかったよ。


 思えば夢の世界でもそうだった。


 始まりは俺の祖国……、北方のエウロペって国だ。


 そこが俺の作った兵器のせいで革命がおこった。力を持ち過ぎた軍部が国を牛耳ったんだ。元々貧しい国だったからな。国民も鬱屈していたんだろう。


 力を持ったらあっという間に侵略国家になっちまった。ガニメデと名前も変わった。


 それを皮切りに、世界は大戦争まっしぐらだ。


 俺は嫌気がさして、国を離れた。


 その後、色々な国を放浪して、いろんな人々や国を助けたりしたな。


 そんなときだ。ガニメデに滅ぼされかけていたアゼルデンの生意気な王子と知り合ったんだ。


 そいつは言いやがったよ。


「貴方には、この戦争を収める責任がある」


 ってな。


 しょうがねぇから、俺は、その力を持って、戦争を収束させる事にした。


 戦争を止めるには、より大きな力だ。


 夢の世界でも、馬鹿馬鹿しい力を持った爆弾が抑止力になっていたな。


 それに似たものを作ったんだ、俺は。


 そうして、戦争を終わらせたが、俺は疲れた。


 こんなもの、結局はマッチポンプだ。


 俺は、俺が作った知識、技術たちを封印することにした。


 諸国連合に働きかけて、時には脅し、なんとかいくつかの技術を消し去った。


 しかし、便利なものは残るんだ。消し切れないものはいくつかある。


 外の世界から来たこいつらは、いずれ、この世界を再びの戦禍に巻きこむかもしれない。


 それは、数年後かもしれんし、数十年後かもしれん。何にせよ俺はもう疲れた。


 アゼルデン王太子ゼノは年こそ離れていたが、親友だった。


 こんな気の触れたような男の言葉にも熱心に耳を傾けてくれた。


 美しいカティア海を望むアゼルデンの地に、俺の船を埋める。


 もし、世界が再び戦禍に巻き込まれた時、そして俺の残した技術が災いの元となったとき、この船を使うことを許可する。


 俺のようになるなよ、まだ見ぬ後継者。


 力に溺れれば、本当に大切なものを見失う。


 思えば、この美しい世界がどのように発展するのか、俺は見たかった。


 俺が変なもの作らなきゃもっといい未来だったのかもしれん。


 これから、俺が夢で見た世界のように戦禍に包まれるのか。平和で美しいままの星でいられるのか。それは誰にもわからんのだろう。


 最後に、ガニメデに残した別れた妻と、娘の安否だけ気になる。この船を封印したらいったん祖国に戻るつもりだ。


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 伝説の技術者ディムルド・グラナダの幻影は、最後に疲れたように笑った。


「まぁ、そんなわけで、後は適当に頑張ってくれ。俺からは以上だ――」

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