信じる者は掬われる

 過去に経験したこと。

 まだ心が純粋だった時期には、容易に人を信じていたことも。

 それは女子に対しても同じだった。

 そう言えば信じる者は救われるとあるが、俺の場合は信じることで掬われた、って奴だな。


 小学三年生の頃だろうか、ちょっと気になる子が居て。まあ、マセガキだったわけで。その女子に告白なんて思っていたら、なんと向こうから告白してきた。

 好き、と言われて浮かれたわけだ。小学三年生なんて、今で考えれば幼すぎて、好きなんて気持ちは実に軽い。

 でもな、そんな軽い気持ちでも、他の男子の前で「こーすけってバカ」とか言われて。傷付いたよなあ。あげく「おねしょしてるって、はずかしいよね」と。

 いちいち俺のことをバカにして、好きってのは一体なんだと。


 四年生になると、やっぱり告白された。

 モテるとか実感あったわけじゃない。それでも三年生よりは、多少気持ちに重みが増す。

 やっぱバカだったんだ。浮かれ気味で接してたら「おねしょマン」なんて言われた。またかよ。三年生の時におねしょしてる、と噂を立てられて、すっかり定着したようだ。


 五年生ともなれば、恋心もより大人に近付く。

 だが、やっぱり告白してきた女子が「おもらししてるんだって? きったなあい」と。さすがに五年生でお漏らしは無い。きっぱり言ったら「おもらしマン」のくせにと、冷めきった目付きで言われる。

 あげく嘲笑までしてたな。


 六年生になって、さすがに告白をされても、またかと勘繰り断ると「チンカス野郎」って、なんだそれ、だよ。

 この時点で初めて女子の間で、俺がいじめの対象になっていたと知った。


 結論は中学一年の時に出した。


「女子はクソだ」


 一切合切関わることはしない。あいつらは平気で人の尊厳さえも踏み躙り、鼻でせせら笑うゴミの如き存在なのだと。

 それ以降は女子を徹底的に無視した。

 一切言葉を交わさず距離を取り、話し掛けられても知らん顔を貫く。全て無視。

 バカな奴が二年生の時に告白しようと、呼び出しかけたが、もちろんシカト。待ってるであろう場所に出向くわけがない。


 ラブレターを目の前で破り捨てた。痛快だったが、徒党を組むのが女子だと失念していたな。

 煩いから破り捨てるのは諦め、代わりに受け取らないことに。つまり渡そうとしても手を出さない。睨みつけるだけで終始無言。訳も分からず狼狽えるさまを見て、心の中で嘲笑していた。


 高校に入っても同じ対応。

 女子相手に一切口を利かない。話し掛けられても無視をし続けた。

 眉をひそめる連中も居たが、知ったこっちゃない。そう仕向けたのは他でもない女子だ。

 女子とはどんな存在か。

 物乞い。乞食。他人からの施しを受けて、他人に返すことは無い。何でも聞いて何でもしてくれる。それが当たり前でしない奴は頭がおかしいと。ネット記事から都合のいいサンプルが見付かったし。それで定義付けできた。


 ネットを漁ればいくらでも腐った事例に事欠かない。

 好き放題言ってるからな。


 そして今がある。

 これを今さらチャラにしろってか? 今後また同じように、クソが現れない保証はない。

 もし同じことが起こったら誰が責任取るんだよ。女子に人語は解せないだろ。人間じゃないんだから。意思疎通を図れない相手だぜ。

 怒りしか湧いてこないのに、それでも接しろとは。


 部屋で考えても結論は得られない。


 土曜日の朝、食卓で母さんが「まだ無理だよね」と。

 小学校の頃からのことだ。そう簡単に払しょくできるわけもない。


「ただね、電車で助けた子だけど」


 間違いなくいい子だから、とにかく一度きちんと向き合ってみてと。

 しっかりした字を書き、少し幼さは見えるも、文体から滲み出る優しさを感じ取れるから、だそうだ。

 女子が優しくする時ってのは、裏があるからだ。

 実際付き合ってみろ、すぐに馬脚を露わすぞ。過度な要求に従わなければ罵詈雑言の嵐だ。自分を、お姫様だの女王様だと思ってやがる。下賤のクソの分際で。

 所詮は腹の中に蛆虫を飼ってる存在でしかない。腹を裂いてみろ、蛆虫がこれでもかと出てくるぞ。


 さて、いつまでも苛立っていても仕方ない。

 土日は勉強に費やす時間だ。これは自分の糧になる。やらないよりはやった方がいい。

 希望する大学への進学もしやすくなるし。女子なんぞに感けていられるかっての。


 昼まで勉強しているが、母さんは土曜日でも仕事がある時もある。訪問先の家が土日しか居なければ、土日でも出勤して訪問してるからだ。保険の外交員も大変そうだ。

 細かくあいさつ回りをして、コンタクトをまめに取る。そうやって保険商品を売るわけで。売り上げが悪ければ、給料も少ないまま。より多くとなると、休んでる暇なんて無いんだろう。

 まあ仕方ないな。離婚して女手ひとつで生きて行くんだから。


 腹が減るから昼飯をと思ったら、ちゃんと作り置きしてある。いつもは店屋物になるのに。

 少しは反省したってことか? 息子の面倒を見る、この当たり前ができて無かったことを。

 飯をもそもそ食っていると、スマホに着信がある。

 見ると、友人のひとりだ。


『暇してる?』

「暇なわけ無いだろ」

『渋谷行かね?』

「行けないな。忙しいんだよ」


 つれないなあ、とか言ってるが、マジで勉強しておきたいんだよ。三流大学で良ければ、多少怠けてもどうにかなるだろう。トップレベルを目指すとなれば、遊んでる暇なんて無い。


『あ、そう言えば、電車のきみだけど、どうなった?』

「は? なんだその電車の君って」

『助けた子だよ。マジで付き合わないの?』

「その気は一切ない」


 勿体ねえ、じゃねえよ。


『じゃあさ、俺を紹介してくれるとか』

「無理だろ」

『じゃあ付き合ってやれば? どんな子か知らんけど』

「無責任すぎだろ」


 どんな存在か知った上で付き合え、なら理解もするが、知りもしない相手と付き合えとはな。

 リスクしかないっての。知ってても付き合う気は無いけど。女子と付き合っても時間の無駄だ。損失ばかりでメリット皆無。


『一時間だけでも出て来いよ。気分転換にもなるだろ』

「その一時間もなあ勿体ない」

『気分転換した方が結局、効率よく勉強できるだろ』


 体を動かすことも大切だとか言ってやがる。日光を浴びるのもいいとか。一理あるが、なんかこいつと、ってのがなあ。

 仕方ない。電話でぐだぐだなら、一時間程度でも出れば納得もするだろう。


「待ち合わせはどこだ?」

『ハチ公前は?』

「人多過ぎね?」

『じゃあモヤイ像前』


 やれやれだ。

 支度を済ませ家をあとにし駅に向かう。


 ホーム上で電車待ちの間にメッセージが入ってるし。「いつものメンバーだから」だそうだ。毎日学校で顔合わせてるのに、何が楽しいんだか。

 電車に乗ると思わず項垂れるしか無かった。


 なんでこいつと一緒になってる?

 俺を見て華やいだような笑顔になって、傍に寄ってくるし。

 でも結局、隣に来ると俯くんだよ。それでも口元が緩んでるのは確認できた。


 優しい?

 気のせいだろ。今は俺を落としたいから猫被ってるだけだ。落としてしまえば、我がままし放題。何でも言うことを聞く下僕を入手したってな。

 こいつがどこで降りるのか知らんが、時々こっちを見て微笑んでる。


「あ、あの」


 言いたいことがあるならはっきりしろ。面倒なんだよ。


「名前」


 教える義理は無い。


「あ、あたしは柚月ゆづき愛奈まな、です。あの、好きです」


 言った途端に顔が真っ赤になって、身悶えしてる感じになってるし。


「き、きっと、あたしのこと、うっとうしい、って思ってますよね」


 自覚あるじゃねえか。


「だけど、伝えておきたかった、んです。好きだから」


 また身悶えしてる。

 ひとつ気付いたことがある。過去に告白してきた女子との違いだ。


「断る、んですよね。でも、仕方ないから」


 寂しげな表情を見せる。なんだこいつ。

 それでも勇気を出さないと、気持ちも伝えられないからと。


 信じることで救われる、か。

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