4-10 嘘つきな額縁
朝が来る頃に、私はシャワーを浴びて
「いってらっしゃい、澪」
「いってきます、彗」
彗は、まだ寝間着のシャツを着たままで、玄関で向き合う私たちは、
「両親に、久しぶりに元気な顔を見せてくるね」
彗の
「身体には、気をつけて」
そう言って、私を送り出してくれた彗は、知っているはずだ。私が両親に会うことは本当でも、
故郷の町までは、電車を乗り継いで二時間、さらに徒歩で三十分ほどかかる。
「おかえり、澪」
「ただいま……お母さん」
白以外の色彩が少ないリビングには、台所で
「急に帰ってきて、ごめんね」
「いいのよ。お父さんも、今日は仕事から早めに帰ってくるわ。もうすぐお昼ごはんができるから、ゆっくりしてて」
「ありがとう。食べたあとは、用事があるから出掛けるかも」
私は、台所のそばに置かれた固定電話の前に立つと、受話器を上げた。でも、道中で調べておいた高校の電話番号を押す途中で、思い直してダイヤルをやめた。
二階に続く階段を上がって、私の部屋の扉を開けると、雨戸を開けて外光を取り入れた室内は、思いのほか昔のままだった。私の
――高校二年生の冬に、彗が私にくれた油彩画は、朝ぼらけの水色と、日の出の
この絵を、最後に見たときと――私の『印象』が、変わっている。教室の世界をつぶさに観察するうちに、変わったのは世界ではなく、世界の入れ物だと
――
額縁に指先を伸ばしたとき、部屋の扉が開かれた。現れた母が、「澪。お昼ごはんにしましょう」と言ってから、絵と向き合う私を見て、顔を明らかに強張らせた。母の態度に驚いた私は、「うん。ありがとう……」と答えたけれど、枯葉のように積もり続けた違和感を、もう気の所為にはできなかった。
――母の態度が、おかしい。ひどく後ろめたそうな表情が、秘密の存在を知らせていた。部屋の掃除だって、娘の突然の
「この絵に描かれているのは、澪の高校の教室よね」
「うん。分かるの?」
「ええ。お母さんも、お父さんと一緒に通ったから」
そういえば、父と母の出身校は、私と彗が通った高校だ。二人は、高校時代に付き合い始めたと言っていたから、彗が
母の横顔からは、彗の絵を鑑賞している間だけ、隠し事の気配が消えていた。眼差しを
「……寂しくなるわね」
「寂しく? 何のこと?」
「ああ、澪は知らなかったのね」
母は、油彩画から私に向き直った。そして、言葉通りの
「あの高校は、来年の三月に、
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