第19話 時には大人しく
二人は一階を見て回ったが広い屋敷の中では無人であった。
ディミトリは銃を構えながらゆっくりと歩き、美月は武器のつもりなのかちりとりを手に持っている。
(くそっ血が止まらねぇ……)
途中、台所に有った布巾で腹を縛って止血した。
台所には食事の支度がなされていた。支度と言っても仕出し弁当の箱があるだけだ。
(これで暫くは持つ……かな?)
ディミトリは二階に上がり書斎と思われる一番奥の部屋に向かった。明かりが漏れていたからだ。
そっと扉を薄く開けて中を覗き込んだ。
すると、屋敷の主と思われる男が椅子にふんぞり返って居る。音楽を聞いているのかヘッドフォンをしていた。
(地下の用心棒を始末している音を聞かれていたらどうしようと考えていたが杞憂だったな……)
ディミトリは美月に廊下を見張るように言って書斎の中に入っていった。
そして、屋敷の主と思われる男に後ろからそっと近付き、男の喉の頸動脈を押さえ込んだ。
これをやられると脳に血液が回らなくなり簡単に失神してしまうのだ。多用すると深刻な障害が相手に残ってしまうやり方である。
「……!」
十秒程度で大人しくなった。気絶したのだ。
複数のキーを同時に押さえて、仮想通貨口座取り引きのアプリを起動した。通常の画面上には何処にも存在を示す物が無い。特殊な操作方法だから、ほったらかしにしていたのであろう。
以前に忍び込んだ時に娘が操作していなかったら分からなかった所だ。
(生体認証も設定してなかったのか……)
生体認証とは本人確認をするための手段の一つだ。目の虹彩や指の指紋などの認証方法がある。
もし、生体認証が必要なら持ち主の入院先まで、ノートパソコンを持っていかないといけなかったのだ。
必要な部分を切り取ってくる方法もあるが後始末が面倒なので最終手段だ。
(手間が省けて助かったぜ……)
ディミトリは仮想通貨口座に入り、自分が開設した口座に全額送金した。五分もあれば全て終了する。
(一億ドルに届かない程度か……)
商売の規模の割合にしては額が少ない気がした。この十倍は金が在ると踏んでいたのだ。
この口座は取り引き用なので一時的に金を置いてあるだけであった。だが、ディミトリはその事をしらなかったのだ。
(まあ、いいや……)
しかし、狙い通りに売上金が手に入ったので機嫌が良くなっていた。ディミトリはニヤニヤとしている。
「ん?」
何気なく他のフォルダーの中を覗くと、そこには愉快な画像や動画ファイルがいっぱいあった。
ラリって体中に注射器を突き刺しているのや、複数で女の子や少年とイタシテル物であった。
(……あらあらあら……)
ディミトリは収蔵品を持ってきたUSBメモリーに保存させて貰った。
きっと、この別荘で繰り広げられている乱痴気騒ぎの動画や映像であろう。
(親子揃ってしょうもない連中だな……)
無論、正義感に駆られて警察に届ける為では無い。後で脅しに使えると考えたからだ。
『死体の処理を宜しく!』
そう、パソコンの画面に書き残して置いた。もちろん画面にはおどろおどろしく血糊を塗ってやった。
これで面倒事から解放されるだろう。後はこのパソコンに仕込んで置いた監視アプリで見張って置けば良い。
だが、相手は殿岡だ。ブラックサテバの連中が司法機関に捕まったという情報は入手出来ていない。
彼が握りつぶしたとみて間違いないだろう。
(まあ、これで済むとは思えないけどな……)
色々な所に睨みが効くような奴なので面倒ではあった。だが、利用できるのなら便利だなとも考えていた。
言うこと聞かないのなら、もう一度彼に逢う為に来る事になる。
中々にゲスイ考え方にディミトリはニヤリと笑って別荘を後にする事にした。
ディミトリと美月の二人は、別荘に捨ててあった(?)車を勝手に借りて、自宅の有る市街地まで戻ってきた。
そして、帰宅途中の車内。
「う…… うぅー…………」
ディミトリが受けた傷は思いの外深かったようだ。車が揺れる度にうめき声が出てしまっている。
美月がチラチラとディミトリを見ている。美月は心配と言うより気味が悪い少年だと思っていた。
(どう見ても中学生の坊やよねぇ……)
運転は美月だ。ディミトリが運転しても良いが見た目の問題があるので彼女に頼んでいた。
ディミトリはとあるマンションに送って行けと彼女に頼んだ。
「ここってお医者さんなの?」
見たところ普通のマンションである。病院であることを示す看板も案内もない。
「ああ……潜りのな…………」
そう言ってアオイのマンション前で降ろして貰った。傷の手当てを受ける為だ。
「何時まで待機していれば良いの?」
「傷の手当てをしたら送って行って欲しい所がある……」
そう言ってマンションの中に、フラフラと入って行った。
美月はアオイのマンションが見えるコインパーキングに車を停めた。
傷の手当に小一時間は掛かりそうだからだ。路駐では職務質問を受けてしまう恐れがあったのもある。
(むぅー、困っていたとは言え厄介な奴に関わったみたい……)
銃で人を撃つは、闇医者に知り合いがいるは、強面の男たちに怯むこと無く立ち向かっていく少年。
美月は戸惑いを隠せなかった。
彼女の杞憂は当たっている。少年はかなり厄介な奴であるのは間違いないのだ。
「……ったく、君はジッと大人しくしてるって事が出来ないの?」
アオイにガミガミと叱られながら包帯を巻かれているディミトリ。傷口はステープラーで縫合されてしまった。
傷口が痛むのか、何時もの憎まれ口が静かなままだ。
「お、俺は何もしてねぇよ……」
トラブルの神に魅入れられているディミトリには無理な注文だ。
「どうせ、なんか悪巧みしてたんでしょ!」
「…………」
当たってる。ディミトリは女の勘が鋭いという事を改めて実感してしまった。
「いや、猫に引っ掻かれただけだし……」
苦し紛れにそんな見え透いた嘘を付いた。
「医者にそんな言い訳通用するわけ無いでしょ!」
おでこにデコピンされてしまった。やはりバレたのだ。
「これは、どう見ても刃物傷なの!」
「り、りんごを剥いていて手が滑ったんだよ」
ああ言えばこう言うでノラリクラリと言い訳をするディミトリ。
かなり無理がある言い訳であった。
「もーーー……」
アオイは呆れ返ってしまった。何かやってる風ではあるが、きっと金絡みの悪巧みだろうと看破していた。
そうなったら、この少年からこれ以上は何も聞き出せないと思ったのであろう。
「ところで頼み事がもう一つ有るんだけど……」
アオイがディミトリの腹に包帯を巻いていると頼みごとが有ると言い出した。
珍しい事であった。彼は自分で勝手に事件に首を突っ込んで自力で解決したがるタイプだからだ。
「まだどっか悪いの?」
「ちょっと運が悪……じゃなくて、沢水圭一(沢水けいいち)って警官が死んだ事件の詳細が知りたい」
「誰その人?」
アオイが初めて聞く名前に首を傾げた。
「クラスメートのお父さん」
「なんでいきなり知りたくなるのよ」
「何故、死んだのかを調べて欲しいって頼まれたんだよ」
「それって警察の仕事でしょ?」
「その警察が胡散臭いらしいのよ」
「……」
「剣崎のおっさんの得意分野でしょ?」
「まあね……分かった剣崎さんに頼んであげる」
「ありがとう」
ディミトリは沢水圭一が府前警察の警部補である事。渋谷の雑踏で不審死を遂げたが、薬物中毒として処理されてしまった事などを説明した。
「明日は学校から下校する前に保健室に立ち寄ってね」
「なんで?」
ディミトリがシャツを着ながら返事をした。
「包帯を取り替えてあげる」
「え? いいよ自分でどうにかするから」
突然の申し出には遠慮した。明日は神津組の下見を行う予定なのだ。
それに予備のサプレッサーを作らないといけないし、殿岡の別荘で手に入れた武器の手入れをしないといけない。
(次の悪さするために)やることが一杯あるのだ。
「お祖母さんが学校に相談に来てるのよ……」
「え、ばあちゃんが?」
「やんちゃんな孫がいつも傷だらけで帰ってくるってね」
ディミトリの新しい傷が祖母に見つかるのを心配しているらしかった。
祖母は孫が不良の仲間と付き合っていて、喧嘩でもしているのでは無いかと相談しているのだそうだ。
実際は喧嘩なんて生易しいものでは無いが概ね合っていた。人格が不良品のおじさんたちと喧嘩しているからだ。
相談している事をアオイが知っているという事は、職員の間でも話題になっているに違いない。
(うーん、生活指導とかになったら面倒だな……)
学校生活に支障が出ることはディミトリは望んでいなかった。
少し自重しないといけないと反省したのであった。
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