第12話 フィナーレ

「軍曹、アナタの様な戦場の英雄が一体なぜこんな火薬の横流しなんてマネを?

 帝国軍の恩給で一生暮らしていけた筈です!」

「くっくっくく、英雄だってバカ言ってんじゃねぇ。

 俺は唯の同族デミヒューマン殺しだ。

 今までに何人も戦場で亜人デミヒューマンを殺してきた。

 この街で黒小人が投降したとしても、次の場所ではまた撃ち殺すのさ。

 なにが帝国の勇敢な兵士だ。

 おエライさんにちょいとばかり逆らった同胞を殺すだけの役目さ。

 それが……今日も、明日も、明後日も続くんだ。

 そんな生活……俺はもう耐えられねぇんだよ!」



「…………何の一人芝居だ、セルゲイ兵長?」


ここは帝国軍基地の中でも他の課は立ち入る事の出来ない輜重課室。

輜重課には軍の予算数字資料も、人事評価資料も置いてあれば、給与計算の資料まであるのだ。

その都合で他の兵士達が入室出来ない様になっている部屋。


冒頭の台詞は二つともセルゲイが語ったものであった。

その部屋に立っているのはセルゲイ・ニコラ―エヴァだけでは無い。

長い髪の女性が立っていた。

その額には宝石のような物が埋まっている。

エンパス。

そう呼ばれる種族。

その特徴は双子や三つ子が多い事で。

その能力は遥か離れた場所にいる血を分けた兄弟と意志を通じ合える。


その能力を借りてセルゲイは会話をしていた。

上司である相手は遥か帝都の帝国軍本拠地に居る。

その横にも目の前の女性とよく似たエンパスの女性が居る筈だ。

そしてもう一人部屋のソファに座っている人物がいる。


「いやだな、ロクセラーナ少佐。

 真犯人の動機ですよ。

 おそらくこんな理由じゃないかな~、と。

 自分なりの考察も含めてですね」

「キサマ、セルゲイ兵長!

 報告書までそんな適当な想像で埋めたのではあるまいな!」


「違います、違います。

 報告書はちゃんと事実のみを記載してますよ。

 これは……その補足としての口頭による報告ですから、そんな文章には載せない自分の印象を伝えるのも大事かと愚考しましたっ!」


相手の口調に怒気が混じるのを感じてセルゲイは居住まいを正す。

先程までだらーっとソファに腰掛けていたのだが。

相手に姿は見えないと言うのに、思わず飛び起きて敬礼してしまった。


「フン、それでその協力者の少年と言うのはどうするのだ?」

「はい……」

 

セルゲイはソファに行儀よく座る少年に視線をやる。

ティモシーである。

何故か酒場の制服、白いシャツに黒いスーツのスタイル。

その姿でやって来たのだ。

 

「保護者の老人が行方不明になっていて……

 他に身よりは無いと言うので、とりあえず自分が引き受けようかと」

「…………物好きな男だな。

 まぁいい。

 戦災孤児を引きとるのは立派な行いだ。

 好きにしたまえ」

「ええ……まぁ」


ティモシーは手紙を持たされていた。

祖父からセルゲイへ宛てた手紙。

内容は『孫を頼みます』それだけ。

それとアコーディオン。

古びてはいるが、手入れされた楽器をセルゲイは渡された。


「まぁ、さっきのは少しばかりのグチと思って下さい。

 廃棄処分ディスポーザーなんて言う……

 帝国内部の醜聞沙汰を表に出さずに処分する。

 こんな任務をしていると多少のストレスが溜まるんです。

 上司なら部下のグチの一つも聞いてください」


「…………あのな、セルゲイ兵長。

 私はな。

 芝居小屋や小説で出会う事の有る……

 犯罪者が一人語りで自分自身の罪に関して被害者ぶった言い訳を延々と述べるシーンが大っ嫌いだ!」

「それは失礼しました。

 ……でも自分は結構好きです。

 やはり人は誰でも弱い処があるのだな、と感じます」

「ふざけるな!

 だからこそ…………」


何か続きを言おうとしていた上司からの通信を切る。

エンパスの女性の瞼を開かせたのだ。

それで通信は途絶える。


上司の言う事は分かっている。

だからこそ、人は強くなろうと努力せねばならんのだ。

勿論彼女の言う事は正しい。

だけど……こんな時に聞くには……正し過ぎて辛い。



「アリサ、ありがとう」


エンパスの女性が出て行くので、セルゲイは礼を言った。

女性はチラリとこちらを見て応える。


「いえ、任務ですので」


エンパス同士心を通じ合っても、他の人間に心を開く事はあまり無いと言う。


二人きりになった部屋。

セルゲイは少し腰をかがめて少年と目線を合わせる。


「ねぇ、ティモシー。

 僕と帝都へ来るかい。

 まぁ、その前に他の街での任務も行わなくてはいけないかもしれないのだけど」



連れて行って下さるのですか



「そんなかしこまらないでよ。

 君を引き取るんだから……僕はキミの義父って事になる。

 …………う~ん、この年で父親ってのも少し抵抗あるな。

 兄って事にしようか。

 僕は君の兄さん、アニキ。

 だから、ティモシー。

 キミは僕の弟。

 丁寧語なんて使わないで、ワガママ言っても良いんだよ」



お兄さん



紙に書いて言葉を伝える少年と目線を合わせる。

やはり表情は人形のようで変わらないのだけど。

どこか嬉しそうに思えるのは……セルゲイの願望が混じっているだろうか。


「……ねぇ、ティモシー。

 今はアレの事について訊かない。

 だけど、いずれ話しておくれ。

 あの……血塗れの道化師ブラッディークラウンの事について」


血塗れの道化師ブラッディークラウンは、あの夜軍曹を切り殺した後姿を眩ましていた。

セルゲイは追おうとしたが、その動きは素早くとても輜重課の眼鏡青年に追いつけるものでは無かった。


道化師が目の前の少年だと言う証拠が在る訳では無い。


「ティモシー、君の掌の下と親指と人差し指の間、ずいぶんと固くなっている。

 最初はバーテンダーの仕事で出来たのかと思ったんだけど。

 思い出したよ。

 故郷で大鎌を使っていた農夫。

 その人も同じように手の皮膚が固くなってた。

 長い柄を手の中で滑らせるだろう。

 擦れてタコが出来て徐々に固くなってしまうんだ」


少年はセルゲイの発言を理解しているのか。

黙って目だけを見ている。


「なんでかな……

 僕はアレがキミだと確信してしまってるんだ。

 だから……急がなくていいよ。

 話す気になった時でいい。

 話しておくれ」


血塗れの道化師ブラッディークラウン

恐ろしい狂人の筈なのだが。

何故かセルゲイはアレに惹かれていた。

もう一度あの道化師を見たい。

そう思ってしまっていた。


ティモシーは相変わらずの無表情。

こちらの発言に対して、なんの事でしょう、と言わんばかり。

と、何か紙に書きだした。



セルゲイさん。

ワガママ言って良い、と仰いましたね。



「あ、ああ。

 勿論なんでも言ってくれ」



では、お言葉に甘えて



「……………………

 えええーーーっ!

 アコーディオン!?

 無理だよ、一度もそんな楽器触った事無いんだ」



ワガママ言って良いと言ったでしょう。

私はアコーディオンを聞かないと眠れません



「そんな事言ったって……

 出来ないモノは出来ないし。

 何だいコレ?」


ティモシーに渡された物を見て見れば、五線譜の書いた紙。

楽譜。


「楽譜?

 くるみ割り人形!?

 いきなり楽譜渡されても!

 初めての弾き方教本みたいなの無いのー?!

 この曲そんなに簡単そうに見えないよ!」



お願いしますね

必要なんです。



と頭を下げる少年と頭を抱える眼鏡の青年。


渡された楽譜を弾きこなす事で。

大人しい人形の様な少年から、道化師が目覚める。

そんな事を知るのはずっと後の事。


今はただ不器用にアコーディオンの蛇腹を押し引きしてみるセルゲイ。

それを見つめるティモシーなのである。


~fin~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る