第9話 天災

「上等兵?!」


セルゲイは目を見開いてリザードマンの死体を見つめる。

何が起きたのか、彼には全く分かっていなかった。

目をつむる前まで、彼は帝国兵に囲まれて、八つの銃口を向けられて。

客観的に見て絶体絶命の状況だった筈なのだが。


「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!」

「お前……お前いったい!?」


叫び声の下方にセルゲイが視線を向けると。

そこには体の上半身と下半身が切断された兵隊がいた。

斬った何者かに対して誰何していた男の腕がポトリと落ちる。


その刃物は鎌に見えた。

長い柄があり先端に湾曲した金属部が光る。

その研ぎ澄まされた刃は内側へと向かう。


農夫が地面にしゃがみながら使う、手に柄が収まる小型の鎌をシックルと呼ぶ。

立ったまま地面の草を刈れる大型の鎌をサイスと呼んだ筈だ。

そのセルゲイの知識に寄れば、アレはサイス。

それもとびっきりの大鎌デスサイス


武器と呼ぶには奇妙な形状であり、農具と呼ぶには禍々し過ぎるそれ。

その刃から血が滴っているからには、間違いなくそれが上等兵の頭部を斬り落としたのだ。


「ケヒャッ!

 ケヒャハハハハヒャハハハハ!!!」


それを持つ人影は奇妙な姿をしていた。

白いタイツで全身を覆い、赤い帽子をかぶっている。

顔にはあからさまなメイク。

真っ白に塗りたくり、目の周りだけ赤く塗っている。

左目の下に滴る水滴。

涙の様なメイク。


此処が芝居小屋かサーカスでもあれば、何の不自然も無い。

しかし血の臭いが充満し、死体が倒れる倉庫には徹底的に似合わない。

それは道化師クラウン

血の滴る死神の大鎌デスサイスを両手で振り上げる道化師クラウンであった。



「こ、このヤロウ!」

「ふざけんじゃねぇ、やられてたまるかよ!」


帝国兵達が銃を構える。

彼等とて戦場を潜り抜けて来た男達なのだ。

奇妙な恰好をしているからと言って、何時までも呆けているような素人ではない。


残念ながらセルゲイ・ニコラ―エヴァはシロウトであった。

ぼうっと眺めるくらいしか出来ない。


一人の帝国兵が道化師クラウンに向けて小銃を撃つ。

セルゲイの知識では飛んでくる銃弾を人間の移動速度で避ける事は出来ない。

……出来ない……ハズだ。

ところが白塗りの小柄な人影は避けて見せるのだ。

華麗に宙返りを決めて、ついで鎌の刃が回転する。

すると小銃を向けていた兵士の腕が落ちる。


「てんめぇぇぇえええ!!!」


機関銃を構える兵隊。

巨大な体躯の横にしっかりと構えたマシンガンからは断続的な轟音。


しかしその先に道化師クラウンはいない。

横に独楽の様に回転する小柄な身体。

そこから光る刃の残像が何度か走った、と思うと。

機関銃を構える男の頭部が三等分に斬られていた。


「ケヒャッ!」


素早く動きながら、怪しい笑い声をあげる道化師クラウン





香がする。

その道化師クラウンから少しばかりの香りをセルゲイは感じ取っていた。

がらんどうの倉庫の中。

濃密な血の香りが立ち込める。

誰にも嗅ぎ取れない香。

曳きたての珈琲豆の馨しい香り。

セルゲイはその嗅ぎ慣れた香りに口から言葉が出ていた。


「まさか……ティモシー……!?」



「クヒャハハハハヒャァッハハハッハハアハ!!!」


冷静に考えればそんな筈はない。

顔は白塗りに塗りたくられて、赤い目の縁取り。

まったく素顔が分からないが。

あのカウンターの奥にいる大人しそうな少年と。

目の前で回転しながら、大鎌デスサイスを振るい人体を切り裂く道化師クラウン

まったく結びつく処が無い。

それに、道化師クラウンは下品な笑い声をあげている。

ティモシーは声を出すことが出来ない。

しかし……体格は子供のサイズ、同じくらいの背丈ではある。

……顔も……厚塗りメイクで見えないのだが目鼻立ちは似ていないか。


「アンタ、あの血塗れの道化師ブラッディークラウンの知り合いなのか?」


セルゲイに訊ねたのはラスカリニコス軍曹であった。

少し背を丸め、目立たないよう隠れてるつもりらしいが、大柄な図体は全く隠せていない。


「いいえ、少し知り合いの少年を思い出しただけで……

 別人です。

 血塗れの道化師ブラッディークラウン……てアレの事ですか?」

「そうだ」


血塗れの道化師ブラッディークラウン

確かに周囲を返り血で染めて、手にした大鎌デスサイスから血を滴らせる人影。

そう呼ぶのが相応しい。


「クヒャヒャァッ!」


怪しい笑い声を上げる人影にまた一人帝国兵が斬られる。



「有名人なんですか?」


セルゲイの方も気持ち身を縮め、軍曹に訊ねる。


「……ありゃあなぁ、なんて説明したらいいのか。

 天災みたいな輩なんだ。

 いきなり戦場に現れて黒小人どもを次々叩き切ってくれやがってよ。

 変な恰好ではあるが、ありがたい援軍かと思いきや。

 今度は帝国軍の兵隊をズバズバ切り殺す。

 訳の分からん殺人狂だ。

 こっちが銃で狙ってるってのに素早く避けて、兵隊を切り裂きやがる。

 あの恰好で血まみれで笑いながらな。

 ついた呼び名が血塗れの道化師ブラッディークラウンよ」

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