第10話 ミク、異次元を体験する⑤

カイトさんが、今走っていたデトロイトをもう一度往復するかどうか月都さんに提案していましたが、ゲストの私がいる事もあるので今日は往復をしない事になりました。デトロイトは往復可能なコースなんですね。確かにこんな夜中にこの道を通る方は少ないと思いますし、往復してもリスクが少ないんでしょう。


「さて、帰りはどうしようかな。房スカ方面か久留里S字方面か。」


月都さんが帰りのコースを皆さんと検討しています。帰り道はいくつかの選択肢があるのでしょうか。‥というかまだコースの半分あるんですか‥。よく体力と精神力が持ちますね。変態ですね、いい意味で。


「ミクちゃん、大丈夫?」


ふと、私の疲れた表情を読み取ったのでしょうか、カイトさんが気を遣って声をかけてくださいました。


「だ、だいじょぶます。」


やはり疲れからか、言葉がヘンテコになってしまいました。いや、助手席とはいえずっと力が入っていたので‥実はかなり疲れてます。


「月都、帰りは最短で帰ろう。明日、教授に少し付き合わないといけない事忘れてたよ。」


カイトさんが私を気遣ってくださり、最短?コースで帰る事になりました。あとで聞いたのですが、カイトさんのご主人は大学の教授との事です。教授の趣味がピアノらしく、演奏のできるVOCALOIDのカイトさんを招いたとの事です。カイトさん、ピアノ演奏できるんですね。私は楽器はからきしです。


最短コースは、全開では走らず、でもそこそこのペースで走る、文字の如くスタート地点のスーパーせんどうへの最短の道のりの様です。皆さん車に乗り込んでそのままの隊列で走り始めました。


「最短は全開で走らないけど、ライン取りの練習やブレーキの踏む力の練習とか、色々考えながら走るいい機会でもあるんだよね。俺はレブ縛りで走ったりしてるんだ。他にも‥」


私的にはかなりのスピードで走っていると感じるのですが、急な車の挙動がなく、安心してしまい月都さんの説明の中、気を失うように寝てしまいました‥。



「‥ク、ミク、聞こえる?」


ハッと目を開けると月都さんが私を起こしているようでした。どうやら寝てしまったみたいです。むむむ、まだ眠いです。


「すいません、寝てしまいました。なんか帰り道、安心したら寝ちゃいました。」


正直に言いました。滑らかな横Gと綺麗なエンジンサウンドで気持ち良くなっちゃいました。


「お、嬉しい事言ってくれるね。車降りよっか、みんなミクが起きるの待っててくれてたんだよ。」


はわわ、それは申し訳ない。車を降りるとカイトさんとメイコさんが私のマーチさんを物色してます。

どうしたのでしょう。はっ、さてはマーチさんの可愛さにメロメロなのでは‥!


「あ、ミクちゃん起きた?ちょっと、月都も来なさい、コレ!」


マーチさんのタイヤの辺りを指差してメイコさんが強い口調で月都さんに続けて言います。


「こんなウ○コタイヤじゃ危ないじゃない!あとブレーキパッドもどうせノーマルなんでしょ!全く、本当にメンテナンスしてたのかしら。」


ぷんすかメイコさんが怒りながら月都さんを責め立てます。さらにカイトさんはマーチさんに体重をかけて上下にゆさゆさ動かします。


「月都、あとこれ、サス柔らか過ぎ。ロールアンダー出まくってアクセル踏めないよ。多少しっかりした足廻りじゃないと峠は怖いよ、ミスった時のリカバリ難しいし。」


月都さんもお二人に責められながらもウン、ウン、と頷いています。少しニヤけている様にも見えます。


「二人の気持ちはわかったよ。でも、それはミクがウチらのチームに入って、一緒に走るってことでのアドバイスだよね?違う?」


メイコさんもカイトさんも同時に「あっ」と声が出ました。間髪入れず、メイコさんが私に詰め寄りました。


「ミクちゃん、今日の体験どうだった?楽しかったと思ったらウチらのチームに入っ‥」


メイコさんの言葉を月都さんが静止します。


「待って、メイコ。それはミクが決める事なんだ。押しつけてはいけない。ウチらがやってることは違法行為。しかも命懸け。周りからみたら後ろ指指されてもおかしくない事を毎週やってるんだよ。それをひっくるめてミクには聞くべきなんだ。」


月都さんが真剣な面持ちで、声を低くして諭します。メイコさんとカイトさんも黙ってしまいました。私は‥、私は。


「皆さん、今日はたくさん車のことやチームのことを教えて下さりありがとうございました。正直、怖かったです。私も一人で練習してましたし、自信があるわけでは無いですが、少しずつ速くなってきたと思っていました。」


そう。毎週、鹿野山で武者修行していたのでそれなりのプライドみたいなものが芽生えてきてた所だったのです。しかし。


「今日。月都さんのナビシートに乗って分かった事は、、、あまりにも次元が違いすぎたと思いました。一般道で走る速度、リスクの回避。他にも私一人で練習しても速くなるのは難しい、または時間がかかり過ぎると感じました。」


話していてうつむきながら話を続ける私を、皆さんは黙って聞いていてくれています。私の気持ちはマーチさんと走り始めた時から何も変わりません。


「ですので、もしよろしければ皆さんと一緒に走って、速く走れるようになりたいでs」


言い終わる前にメイコさんが抱きついてきました。


「ようこそ!『Team Rush』へ!同じVOCALOID同士、よろしくねー!」


メイコさん、く、苦しいです。胸が‥。


「ミクちゃん、これからよろしくね。他にもメンバーはいるんだけどまた今度、来た時に紹介するね。」


カイトさんも歓迎してくれています。他にもメンバーの方いらっしゃるのですね。どんな方なんでしょう。ふと月都さんの方を向くと、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情をされていました。


「月都さん、これからもチームの一員としてもよろしくお願いします。」


そう私が言い終えると。


「とりあえず、足廻り周辺、色々変えよっか!」


と、月都さんが言いました。そこからは月都さん、カイトさん、メイコさんの三人で、ブレーキパッドはプロミューでしょ、タイヤはネオバがいいかな、サスの硬さはフロントは8キロくらい、どうせなら減衰力調整式のショックが、などよくわからない内容の会話を1時間くらい話されていました。あ‥朝日が昇り始めました‥。


私は皆さんの話している横で立ちながらフラフラと意識の半分は寝ていたのでした‥。

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