第7話 ミク、異次元を体験する②

「今日はメイコが先頭、次がカイト、最後尾が俺で行こう。」


月都さんが言い終わると間髪入れずにメイコさんが 


「嫌よ!今日はカイトを後ろから煽りまくってやろうと思ってるんだから!先週は本当に悔しかったのよ!ベタ付パッシング、シーバーで『あれ?メイコのシルビア、1気筒死んでる?いつもより遅くない?』とか言ってくるのよ!性格悪いったらないわ。」


カイトさん‥、メイコさんをおもちゃ扱いしてるような‥。あ、カイトさん、とても楽しそうです。満面の笑みとはまさにこの事だと思います。


「まぁまぁ、メイコも全部のコースでカイトに煽られてる訳じゃないし。シルヘアなんかはメイコの独壇場だろ。それより、今日は本コースで行く予定だから慣れてる分、スピードレンジが上がりやすい。ミクも同乗とはいえ、なるべくリスクを下げたいんだ。カイトのランエボよりノンターボのシルビアくらいが丁度いいんだ。」


月都さん、私はとてもその案に賛成というか、嬉しいというか。それより何より、メイコさんをナチュラルに煽ってて‥。チラッとメイコさんを見ると、やはりワナワナと震えて怒りを抑えてます。割と月都さんってこういうところが天然です。カイトさんは後ろを向いて笑いを堪えてます。


「‥‥。ふっ、まぁいいわ。ミクちゃんのためならしょうがないわ。今回は飲んであげる。ただし!シルヘアだけはカイトに先頭を譲ってあげるわ。」


カイトさんは指でオッケーサインを出しながら笑いを堪えています。今しゃべったらきっと声が出てしまうんでしょうね。笑い声が。


「よし、準備して隊列組むぞ。」



『あーあー、みんな聞こえるー?』


月都さんが貸してくれたトランシーバーのインカムからメイコさんの声が聞こえます。


『こちら月都。聞こえるよー。良好良好。』


『カイトも問題なしです。』


皆さんでトランシーバーの確認をしています。なんでトランシーバーしてるんでしょう。


「ミクも話してみな?」


「は、はい。」


なんか緊張しますぅ。


「ミ、ミクです。本日はお招きに預かりありがとうごじゃいます。」


「ミク、喋るときにはこのボタンを押しながら話すんだ。」


な、なるほど。危うく噛んでしまったところを皆さんに聞かれてしまうとこでした。ラッキー。でも月都さんは少し笑ってますね。あとで少しつねってあげます。


『うほん、ミ、ミクです。今日はお手柔らかにお願いいたします。』


『ミクちゃん、よろしくー!車に酔ったら教えてねー。月都もちゃんとフォローするのよ!』


『後ろから僕たちの事を見ててね。まぁ気楽に気楽に。』


トランシーバーから皆さんが温かいメッセージをくれます。嬉しいのですが、実は緊張して吐きそうな自分がいます。うぇぇ。


「さっきもカイトが言ったけど、今日はミクにこんな世界もあるよってのを体験してもらいたいだけなんだ。無理にチームに勧誘してるわけでもないからさ。リラックスリラックス。」


そう月都さんは言いながら、前のカイトさんについていく形で車を発進させました。しかし、月都さんのシビックの中、ガソリンの臭いがすごいんですけど大丈夫なのでしょうか。



『オールクリア!オールクリア!』


先頭を走るメイコさんが、一般の車を追い越した先で対向車がいない事を促してくれています。それを聞いたカイトさんと月都さんも一般車をオーバーテイクして行きます。先ほど、コース?に入ってからメイコさんの右ウィンカーの点滅をきっかけに全開走行が始まりました。正直に言って頭がおかしいんじゃないかなって思う速度域です。私が鹿野山で練習していたのとは全く違う、全開走行というのはこういう事なのだなと驚きました。


「ミク!大丈夫?!」


「だだだだだいじょぶですぅぅう!」


私はそう言いながら必死に4点シートベルトを掴んで言いました。シビックの甲高いエンジン音が大きすぎて、聞こえづらい月都さんの声を必死に拾います。し、しかしこのGのかかり方はちょっと‥、こ、怖いですぅ!今何キロでているのか、チラっとタコメーターを見てみますと‥ひゃ、140km/h。

なんだか頭がクラクラしてきました。こんな真っ暗な山道で、こんな速度で、なぜこの3台は事故をしないで走れるのかわかりません。しかも、基本的に私が思っていた走り方ではありません。走り方のドラテク云々ではなく、そもそもコースを往復しないのです。ある区間に来ると、先頭の車が右ウィンカーを出し、釣られるように後続車も右ウィンカーを出した瞬間、全開走行が始まります。そして、走る区間が終わると先頭車から徐々にペースダウンをして、クーリング走行になります。(クーリング走行と言いましたが、それなりのペースに感じました)また走る区間に入ると先ほどと同様に全開走行が始まる‥と、その繰り返しでした。


何度目かのクーリング区間に入ると、月都さんが言いました。


「次の区間が前半戦の最後、シルビアヘアピン。俺たちはシルヘアって呼んでる区間だよ。そろそろメイコが先頭をカイトに譲るよ、ほら。」


私たちの前でメイコさんとカイトさんの隊列が入れ替わります。入れ替わってクーリング走行しているのにメイコさんのシルビアは、まるでタイヤを温めているように、ジグザグに走りながらカイトさんを煽っています。


『カイトー、覚悟はできているでしょうね。さっきまで何度もパッシングしてたのわかってるのよ。ここの下りは私の得意コースの一つ。‥行くわよ!』


その掛け声をトランシーバーで聞いた刹那、ランエボとシルビアの右ウィンカーが同時に点滅し、全開走行に入りました。


ランエボのタイヤのスキール音と合わさるようにシルビアもタイヤを鳴らしながらコーナーをクリアして行きます。今までの3速、4速メインのコースとは違い、2速メインと思われるこのシルビアヘアピンは、かなりの急勾配でコーナーの殆どがヘアピンです。ランエボのお尻に当たりそうになるくらいシルビアが後ろにくっついています。


「シルヘアの前半はかなりの下り勾配。しかし後半になると勾配も緩くなって3速に入りそうな区間が何箇所かあるんだ。その区間で、パワーの無いメイコのQ’sがどこまでランエボに食いついていけるかがポイントなんだ。」


月都さんは冷静に分析しながら言ってますけど、サイドブレーキを使ってコーナーをアグレッシブにクリアしていきます。なんか、山道でここまでリアを滑らせて走る事がとても恐ろしいです。ぐるんぐるん〜。


そんな事を考えていると、勾配が緩やかで、少し短いですがストレートの区間に入りました。先頭のランエボは後ろから何かに蹴飛ばされたようにターボパワーで加速して行きます。シルビアは少し離された様に見えましたが、次のコーナー手前から少し車体を斜めに滑らせながら侵入しました。


「メイコ、考えたな。今まではあんな走りじゃなかったのに‥。」


ニヤリ、と月都さんはそう呟いてペースを落とし、前を行く二台より早くクーリング走行を始めました。

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