髑髏屋敷にようこそ②


 青空の下、ギャレック邸の庭には美味しい匂いが漂っております。


 最初はまだぎこちなかった冒険者の皆さんも、美味しいお肉を頬張り始めてからだんだん緊張が解れてくださったご様子。


 私が串焼きにそのまま齧りついたのを見て、目をまん丸にしていたのには笑いそうになってしまいましたが、おかげで気兼ねなく食べてくれるようになったので良しですね!


 ただ、辺境伯夫人のイメージはガラガラと崩してしまったかもしれません。

 わ、私だってさすがに他の貴族家の前ではこんなことしませんよ? さすがにこのバーベキューが貴族らしからぬことというのは実感しましたし!


 ……実家が、本当に名ばかりの貴族だったのだとつくづく思い知らされますね。私自身は気にしませんけど、今後のためにももう少し意識しようと思います。

 薄っぺらい外側だけでもお淑やかな辺境伯夫人として見られたいですしね! 今更かもしれませんが。


「まさか、髑髏屋敷でバーベキューが出来るなんて思わなかったぁ」

「こ、こら、コレット!」


 もぐもぐと頬を動かしながらコレットさんが幸せそうに言いました。それをリタさんが慌てて窘めます。

 続けてモルトさんが頭を掻きながらフォローのために口を開きました。


「俺たちが気を遣いすぎないように、と配慮してくれたんですよね? なんだか、すみません」

「いいえ! 私が皆さんともっと仲良くなりたかっただけですので。その、引きました……?」

「いえいえ! 驚きはしましたが……正直、嬉しいですね。どれも美味しいですし」

「それなら良かったです!」


 材料や道具の準備をしてくれた屋敷の使用人の皆さんにも大感謝ですね! 後でもう一度しっかりお礼を言わないと。


「ハナ様! 追加の肉を持ってましたよーっと」

「おい、ボンド。お客様の前なんだからもっとちゃんとしやがれ」


 わ、ちょうどそう思ったタイミングでジャックさんとボンドさんが来てくださいました。お二人とも庭師なのに、給仕まで手伝ってくださるとは。


 まぁ、バーベキューなので普通の給仕とは少し違いますしね。運んできたのは生肉ですし。

 それにしてもすごい量です。重そう……!


「えっ、ま、まさか、ジャック隊長とボンド隊長……!?」

「モルトさん、知っているのですか?」


 二人の姿を見て、モルトさんが驚愕の声を上げました。こちらも驚いて聞いて見ると、目をキラキラさせて庭師のお二人を見つめています。


 よく見れば、モルトさんだけではなくローランドさんもリタさんもコレットさんまで同じ顔をしていました。

 なんというか……憧れの眼差し? そんな感じがします。


「そ、そりゃあ髑髏師団は俺らみたいなギャレック領出身の冒険者にとっちゃ憧れの存在ですからね……特に現役を退いた隊長たちはドンピシャで世代っつぅか、ヒーローっつぅか……!」


 やはり憧れだったようです。そ、そんなにすごい人たちだったのですね。元隊長と聞いた時点ですごい人だとは思っていましたが、ファンがいるほどとは。


「わっはっは! 面と向かってそう言われると照れちまうな! なぁ、ジャック!」

「だからボンド、取り繕えっていってんだろぉ!?」


 一方、当の本人たちはそういった目を向けられることに慣れているのか、照れると言いながら朗らかに笑っています。嬉しそうではありますけれど。


「お二人とも気にしなくて大丈夫ですよ。モルトさんたちだって、楽に話した方が気が楽だと思いますから」


 ジャックさんとボルトさんが、あまりかしこまった態度が得意でないことは知っています。それはモルトさんたちも同じ。

 なら、互いに無理をする必要はないのです。そして、この場で最も上の立場にいるのが恐れながら私です。その私が問題ないと思っているのですから良しです!


 そりゃあ、きちんとしなければならない時というものはありますが、少なくともこの場では必要ありません。バーベキューの場で取り繕ったって仕方ないでしょう?


「そぉか?」


 ジャックさんがチラッとモルトさんに目を向けて確認するように告げると、


「は、はい! もちろんです!!」


 ビシッと背筋を正してモルトさんが答えました。ガチガチに緊張して今すね……! でも顔はとても嬉しそうです。


「そ、そう言ってくれるってんなら……まぁ」


 ようやくジャックさんも納得してくれました。頬を指で掻いているのでちょっと照れているのかもしれません。


「とにかく、未来ある若者たちにはうまいもん食ってもらわにゃなぁ! ほれ、追加のドラゴンだ!」

「……」


 仕切り直してボンドさんが満面の笑みでドラゴンの肉の乗ったお皿をテーブルに置きました。わぁ、脂がのって美味しそうですね!


「クリムゾンバッファローもあるぞ」

「こっちは最近仕入れたレッドホーンディアの肉だ。癖があるが酒に合う」


 ジャックさんも続けてお皿を置き、ボンドさんも次から次へと並べていきます。おかげでテーブルの上は所狭しとお肉のお皿が!

 そう、一級品のお肉の数々です。たぶんですが、全てエドウィン様が仕留めた獲物でしょうね。ふふ、ふふふ。


 ニコニコしながらその様子を眺めていると、笑顔を引きつらせたコレットさんにくいくいっと服を引っ張られました。


「は、ハナ様……? まさか、これまで食べていた肉ってぇ……」

「はい! どれもこれも高級素材ですっ!」


 ビクビクしながら問われた質問には満面の笑みで答えます!


 私の答えを聞いたコレットさんをはじめとした冒険者の皆さんは同時にビシリと固まってしまいました。


 ええ、わかっていましたよ。こんな反応をされるということは!


「最初にこれらの食材を出された時の私の気持ち、わかります? 皆さんにもこの贅沢を味わっていただいて、恐怖を分かち合いたかったのですよ!」

「ハナ様……」


 ああ、気持ちをわかりあえる相手がいるって素晴らしいですね! これで皆さんも同罪です。いえ、罪ではありませんが。

 罪悪感が軽減されるといいますか、なんといいますか。とにかく、おかげでようやく私も心置きなく食べられるというものですよ!

 贅沢はありがたい以上にこわいのです! 恨みがましげに見られたってへっちゃらですからね!


「今更ですし、たくさん食べていってくださいね!」


 私が笑顔で告げると、ジャックさんとボンドさんがそれぞれモルトさんとローランドさんの背中をバシッと叩きました。いい笑顔ですね、元隊長さんたちは。


 それから数秒後、みなさん開き直ったかのように再びお肉を食べ始めました。

 だって、次から次へと焼けていきますからね。高級だからこそ、食べない選択肢はないのでしょう。


「もう二度と食べられないかもしれないし! いっぱい食べちゃうんだから!!」

「気にしたら負け、だね」


 コレットさんとリタさんも、半ばヤケになりながらお肉を頬張ります。ふふふ、仲間が増えて私は心強いですよ! 庶民感覚、間違ってませんでした!


 本当はこういった贅沢にも慣れなきゃいけないのでしょうけれど、初心を忘れたくはないのですよね。

 また感覚が麻痺してきた時に、皆さんを呼びたいと思います!

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