冒険者たちの衝撃 ※モルト視点③

 髑髏領主様との婚約の事情について色々と思うことはあったが、俺たちは予定通りハナ様の護衛をしながら帰郷することとなった。

 ウォルターズ家のご当主夫妻がハナ様と別れる時に、まるで娘を泣く泣く身売りするかのような様子だったことから、やはり少し変なのはハナ様の方らしいとホッとしたのは内緒だ。


 実際、もしそうならちっとも安心なんて出来ないがな! けど、道中リタやコレットがハナ様から聞いたという話によると、本人は本当に幸せそうで常に周囲に花が飛んでいるように見えるとのこと。


 本当に、どうなってるんだろうな? 惑わしの魔法でもかけられてるんじゃないかと思ったが、リタに否定されたし。

 まぁそもそも、ハナ様は魔法が効かない体質らしいから、その心配はないんだろうがな。……魔法が効かない体質ってのもよくわからない聞く話なんだよなぁ。どの程度なのだろうか?


「本当に、不思議な方だよなぁ。ハナ様は」


 ただ、どれだけ疲れていようとも決して文句は言わず、それどころかいつでも笑顔でお礼を言ってくれるハナ様のことを、俺たちは既に好ましく思っていた。

 出来ることなら旅の間だけでなく、婚約について何か問題があるのならそれからもお守りしたいと思うほどに。


 しかし、それが俺たちの思い上がりであると知ったのは、割とすぐのことだった。


 これまで順調に旅を続け、あと少しでギャレック領というところで、俺たちはウルフ型の魔物の群れに囲まれかけたのだ。

 休憩中であったのが不幸中の幸いだったな。移動中に突然襲われていたら、誰かが怪我を負っていたかもしれない。


 護衛任務というのは、俺たち四人が揃って初めて安全に護衛対象を守ることが出来る。万が一、誰かが一人でも戦闘不能になった時は、護衛対象だけでも救うという捨て身の作戦になっていくのだ。

 それは俺たち全員が心得ていたことだし、否やはないが……長年一緒にいるコイツらを失うのは絶対に嫌だという思いはあるからな。


 だが、正直今回はそれも覚悟しなきゃいけないと思った。

 ギャレック領に近付くにつれて危険が増すことは熟知していたが……いや、知っていたからこそ、こうして群れに遭遇することは滅多にないと高を括っていたんだ。本当に運が悪い。


 どうにかして目の前の魔物たちを倒し、あとは急いで逃げる。それしかなかった。

 こいつらは倒されても仲間が後から後からやってくる。それを阻止するには仲間を呼ばれる前に全て討伐するか、圧倒的な力を見せ付けるしかない。どちらも、俺たちの実力では少し難しかった。


「ハナ様ぁっ!!」

「いやぁっ!!」


 コレットとリタの悲鳴が聞こえてきた時は、もうダメかと思った。けれど、次に見た光景に俺たちは全員目を丸くして驚く。


 なんと、ウルフが放った火球がハナ様に当たる直前に綺麗に消えてなくなったのだ。

 ウルフたちも何が起きたのかわからず、動きを止めて警戒していたな。


 確かに事前に聞いてはいた。ハナ様が魔法の効かない体質だと言うことを。

 だが、まさかここまでしっかり魔法を打ち消すなんて思いもしなかったんだ。


 目の当たりにしてようやく理解出来たというか……俺たちもまだまだだと思い知ったね。


 ハナ様の言葉で我に返った俺たちは再び気を引き締める。魔法が効かないことはわかったが、安心など出来ない。

 なぜならそれは逆に言えば、もし怪我を負ったとしても治療魔法が効かないということなのだから。


 絶対に、ハナ様に怪我をさせるわけにはいかなかった。


 だが戦況は悪い。倒しても倒しても魔物がやってくる。どれだけいるんだよ……! 終わりの見えない戦いにそれぞれが疲弊し始めた時。


 その人はやってきたのだ。


「やばい! みんな、魔物から距離を取れ!」


 圧倒的な魔力。まだ姿も見えないというのに感じる恐怖の圧力。今はそこに怒りの感情も感じられた。


 我らがギャレック領の髑髏領主、エドウィン・ギャレック様がお越しになられたのだ。


 ビリビリと感じる恐ろしい魔力に、それぞれが次に来る衝撃に備えた。魔物たちも危機を本能的に察知したのか逃げ惑っている。

 だが、魔圧を直接向けられているからか身動き一つ出来ずに震える個体が何体かいた。す、すげぇ……!


 そして数秒後、辺り一帯に稲光と轟音が鳴り響く。雷が落とされたのだ。


「ハナ!」


 魔物たちが一層されたこの場所に、若々しい声と共に髑髏の仮面を身に付けた恐怖の大王……いや、悪魔……いや、髑髏領主様が空から降り立つ。


 と、飛んで来たのかよ……!? どんだけ規格外なんだこの方は! 魔法士として上級者に位置するリタでさえ、数分飛べたらいい方ってくらいだぞ、飛行魔法は!


 一瞬で魔物を討伐したことも、的確にこの場所を見つけたことも、とにかくあらゆることが不思議だし、納得出来ない能力の高さだった。


 だが、そんなことなど一瞬でどうでもいいと思える光景が目の前で繰り広げられている。


 髑髏領主様が、ハナ様の両肩を掴んでいる!?

 え、あ、ハナ様が泣き出した! でも、それは恐怖に怯えているのではなく、叱られて謝っている子どものような、むしろどこか安心して気が抜けた時のような泣き方で……。


 それが余計に驚きで、信じられなかった。


 ってか、ハナ様はあんなにも髑髏領主様のお近くにいるのになんで平気なんだ? 一番近くにいるリタなんて、魔力の影響を受けにくいってのに失神寸前だぞ?

 しかもハナ様は肩を掴まれて怒鳴られていたよな? いや、あれは怒鳴ったと言っても、心配して叱ったという内容だったが。にしても、恐怖で意識を保ってられなくなるのが普通だろ……!


 っていうか。髑髏領主様の声、初めて聞いたぞ……? 意外すぎるほど若々しいし、爽やかだ。

 そんなギャップがあるからこそ、俺たちはあの方の前でも気を失わずに済んでいるのかもしれない。


 いや、待て。なんだ、あの髑髏領主様は。


 泣き喚くハナ様を前に動揺し、仲睦まじいような微笑ましいようなやり取りをし、ハナ様を抱きしめ。


 そんなお二人を見て、俺たちは完全に思考を放棄した。


 ……目の前にいる髑髏領主は、誰だ? と。

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