Ⅸ. 堕ちる? 溺れる?

「ねえ、旦那様。やっぱりもう帰りましょうよ。いくら、この湖に商品エモノが集まりやすいと評判だからって……腕利きの呪術師や魔術師もなしにいつまでもこんな所にいたら、本当に魂を白闇のバケモノ・・・・・・・に獲られちゃうわ」


「白き湖に導かれし者はー? ……えーと、衣がー……なんちゃら。いざなわれし者は破滅に堕ちる……とか、なんとか。あの意味のわからない伝承。〝白闇湖しらやみこの呪い〟を恐れているのかい? なんだ、案外可愛いところもあるんだな、キミは」


「あたしだって、こんな真っ白な湖を半日も眺めてたら、怖くもなってくるわよ。それに今日も、いくら待っても商品エモノの調達はできそうにないじゃない」


「俺はこんなにも美しい湖、何日でも見ていられるけどなあ。あと、今日こそは商品の一匹でも調達したい。せっかくここまで足を運んできたんだから。一流の商人として、ただじゃ帰れない」


「一流ねえ? 賭博に負けて自力で商品の調達ができなくなったって、あたしに泣きついてきた旦那様が、ねえ?」


「遊びで素寒貧になるのも、腕のいい商人のさがさ。俺の商品の質は、頭領のキミも気に入りなんだろう? だからこうして、キミは部下を率いてまで俺に協力してくれる」


「ま。旦那様の商品は、本当に可愛がりがいのあるものばかりだから。期待してるのよ、一応ね」


「ああ、存分に期待してくれ。……それにしても、あまりにも手応えなしだな。大昔には、商人たちの間で〝宝庫〟と称されるほどの狩場だったらしいのに、この湖は」


「しっ」


「……どうした?」


「お望みの商品エモノ。ほら、あそこ。湖の岸のそば――ああ、遠くからでもわかる。やっぱり白闇湖の噂は本当ね。アレは一級品よ……お遊びの帰りかしら? なんて可愛らしい」


「おお……! ついにか! やはり、遊び帰りの夕暮れ時に集まりやすいんだ、湖には! さっそく狩りと行こ」


「ぎゃああああああああ!」


「あ! あ! う……ああああああああ!?」


「な、なんだい!?」


「わからない! あたしの部下たちが……あ?」


「え?」


「は? ……なに、これ……いや! 近寄らな……きゃああああああああ!」


「お、おい!? キミまでいったい、どうしてしまったんだ!? しっかりしろ!」


「かま、かま! 首がああああ! あたしの、くび! もってかないで! いやあああああああ!」


「か、かま? 首って……あ」



 雲だろうか。巨大な影が、湖の岸を吞んでいく――しかしそれは、あまりにも歪な〝かたち〟をしていた。

 いったい、どんな雲だ。このような雲、まるで……。



「しろ、い。かまきり?」



 見上げると。そこには、大きな――おおきな、蟲がいた。

 瞬きの寸前に、真白の鎌がきらめく。

 ぼと。



「あ……俺の、くび」



 頸はそのまま転がってゆく。そうして、いざなわれるように白闇しらやみの湖へと堕ちて――溺れた。

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