第19話 そうだ、喫茶店をやろう!②

 俺はスライム三人娘と共にギルドセルティエ支部にミラを尋ねにやって来た。


「突然で悪いんだけどさ、王都まで飛ばしてくれ」


「アラン? 私を何か都合の良い移動手段みたいに思っていない?」


 ソファーの上で足を組むミラが、半目をこちらに向けてくる。


 そんなことは思ってないぞ、とは少し言い切れないところがあったので、俺は少々苦笑を浮かべてしまった。


 ミラはそんな俺の反応を見て「まったく……」と呆れたように小さくため息を溢す。


「た、頼むよ。俺達の今後の生活が懸かってるんだ」


「と言うと?」


「街を歩いてて、このセルティエには喫茶店がないことに気が付いた。そこで、俺達は喫茶店を開こうかと思ってるんだが、何せまだ喫茶店と言うものについて詳しくない。というわけで、実際に喫茶店を見ておきたいんだ」


「……なるほどね」


 理由はわかったわ、とミラが頷く。


「仕方ないわね。王都まででよかったかしら?」


「ああ、頼む」


「じゃ、そこに立ってなさい」


 ミラの指示通り、俺達はまとまって静かに立つ。


 そんな俺達にミラが右手をかざすと、ぶわっと魔力の突風が巻き起こると同時に、俺達の足元に複雑奇怪な魔法陣が展開される。


 それはゆっくりと回転し始め、徐々に徐々にその回転速度を高めていく。


「そういえば転移場所は具体的に王都のどこらへんなんだ?」


 転移させられるその瞬間、すっかり聞くのを忘れていたので最後にミラに確認する。


「南の城壁近くにある時計塔の上よ。目立たなくていいでしょ?」


「南の城壁近くの時計塔……って、おい! ちょい待て! あの時計塔は――」


 俺の言葉は最後まで紡がれることなく、視界が一瞬にして白熱した――――



◇◆◇



 ――パッと視界が晴れると、そこはさっきまでいたギルドセルティエ支部の支部長室ではなく、王都だった。


 厳密には、王都の南の城壁近くにある時計塔の上――だった場所。


「――三年前に老朽化で撤去されてんだよぉおおおッ!?」


「きゃぁっ!?」

「なんとっ!?」

「まぁっ!?」


 そう。ここは確かに三年前までは時計塔の上だ。


 しかし、その時計塔が取り壊された現在、この場所はただの空中。


 俺達は王都上空三十メートル強の空中に放り出され、あとは重力に従って自由落下しながらしっかりと舗装された硬い地面を目指していた。


「ヤバいヤバいヤバい! 流石にこの高さは死ねる! 今から支援魔法間に合うか――!?」


 俺は咄嗟に身体能力強化や肉体強度上昇などの支援魔法を展開する準備をするが、エリンがそれを手で制してきた。


「ご主人様、ここは私にお任せください」


 エリンは落下中であるにもかかわらず冷静に呼吸を整えると、真下に向かってサッと手を払った。


「風よ舞い上がれ――!」


 エリンの呼び掛けに応えるかのように、突如下から風が吹き上がってきて、落下する俺達を包む。


 それからは風に促されるまま――完全にエリンのコントロールの下、ゆっくりと静かに着地を果たした。


 こんなことを大通りでやっていたら大騒ぎだろうが、都合の良いことにここは路地裏なので人も目に付くことはなかった。


「助かった、エリン」


「いえ。滅相もございません」


 俺達は何事もなかったかのように表通りに出て、目的の喫茶店を目指して歩道を歩く。


「ってか、前から気になってたんだけど、お前達が使う魔法は何なんだ? 魔法陣を展開するわけでもなく、何か自在に火やら水やら風やらを操ってない?」


 そう尋ねると、フウカが肩を竦めながら答えた。


「私達のコレは、貴方の言う魔法とは根本から違うものよ」


「根本から?」


「ええ。例えば冒険者は、冒険を重ねて経験値を積み、魔法を発現させる。魔法には術式・魔法陣が存在して、それに魔力を通して稼働させることによって超常現象を可能にする」


 合ってるわよね? と視線でフウカが確認してくるので、俺は頷く。


「でも、私達は違うわ。ファイアドラゴンが口から火を噴くように、サンダーウルフが身体に電気を帯びているように、モンスターは自身の属性と同系統の力を操作する特殊能力があるのよ。結果それが魔法と同じ効果を生み出したのだとしても、理屈が違うの」


「えっと、つまりお前らが使ってるのは、生まれつき持ち合わせた特殊能力ってことか?」


「そんなところよ。まぁ、モンスターにもレベルはあるし、どれだけ特殊能力を自在に操作出来て、どれ頬度火力を出せるかはそれぞれだけどね」


「なるほど……」


 ボッ、と指先に炎を灯して見せるフウカを見ながら、俺は前から気になっていた疑問が晴れてスッキリした気持ちになっていた。


「そ、そんな話より若。アレではないか? 件の喫茶店とやらは」


「ん? ああ、アレだな」


 青い瞳を興味深そうにキラキラと輝かせたミズハが指さしたところには、街の景観に合った喫茶店があった。


「かなり人気のようですね」


「だなぁ」


 エリンが言う通り、喫茶店には人の列が作られており、少し待つ必要がありそうだ。


 俺とスライム三人娘は他愛のない話をしながら、順番を待つ。


 そして――――


「お待たせしました~。お客様、ご案内しますね」


 丁度客が入れ替わるタイミングだったのだろう――想像より早く順番が回ってきて、ウエイトレスに促されるまま、店内の奥の方のソファー席に案内された。


「こちらがメニュー表になります。本日の日替わりランチはBLTサンドにサラダ、セットのドリンクとなっております」


「わかりました」


「では、ご注文がお決まりになりましたらお声掛けください」


 失礼します、と一礼して、ウエイトレスは他の客の接客へ向かって行った。


 そんなウエイトレスをまじまじと見詰めていたエリンが、何か感化されたように「洗練されたお給仕……見習わなければ」と呟いていたが、他の二人は何を注文しようかとメニューに視線を注いでいる。


「さて、喫茶店と言うものを学ばせていただきますかね――」

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