第6話 サダミツ、ケルブに忠告される

 エラミスの機嫌を取ることに成功したサダミツは、翌日、人質への補給品引き渡しを自分が持って行きたいと申し出た。

「そんなに後輩君のことが気になるの。仕方ないわね」

 エラミスは倉庫のカードキーを渡しながらため息をつく。サダミツはあえてにこやかに答えた。

「トリイ隊員はまだ迷っているようなので、もう一押ししてきます。味方は一人でも多い方がいいですからね」

「では私は本部との通信記録を見るので、補給品の引き渡しは任せるわね」

「本部に何か動きがあるんですか」

 サダミツにとっては興味津々な話題だが、あえて平静を装って尋ねる。

「火星基地に戻らなかった哨戒艇が火星へのワープポイントに集まってきてるの。あそこからなら5時間で火星基地に来られるし、本部や月基地の増援を待っているのかもしれないわ。補給船は明日15時に来るから、それまでこちらから情報が流れてないか監視しないと」

「それは大変ですね、くれぐれも根を詰めないで下さい」

 サダミツは右手を上げると総務室を離れた。


 もちろん、サダミツのもくろみは別にあった。倉庫に入ったサダミツは、補給品の携帯食料や水のバックの隙間にカード型のレーザーカッターを数本忍ばせた。カードには「5/15 15:00」と書いておく。補給船の搬入に合わせて人質の拘束されているシャトルの扉を内部から開けて人質を解放し、逆に補給船を乗っ取って脱出させるというのがサダミツの作戦だった。トキヒコを通じてこの作戦を伝え、人質の協力を取り付けるのだ。もちろんケルブに気づかれたらまずいので、サダミツはケルブの目を引きつける役を引き受けるつもりだった。

 人質が監禁されたシャトルには警備ロボットが張り付いている。ケルブとトキヒコはシャトル内部の監視カメラを見守るのが主な役目だ。

「人質の食料と薬を持ってきました。具合の悪い人はいませんか」

 サダミツはケルブとトキヒコに声をかけた。

「司令官たちの怪我は落ち着いていますが、皆さんずっと着替えてないので、着替えの差し入れが欲しいそうです」

 トキヒコはよそよそしい態度で答える。

(いつも俺につきまとっていたあいつはもう帰ってこないのか)

 サダミツはどこか寂しがっている自分に驚きを覚えながらもトキヒコに銃を構えた。

「着替えの件はエラミス副長に言っておくから、物資の受け渡しに行くぞ。ケルブはここで見張りを頼む」

「了解」

 ケルブはいつでも抜けるように銃のホルスターに手をかけたまま答える。トキヒコは食料のパックを抱えて歩き出した。


 シャトルの入り口でサダミツは銃を下ろした。警備ロボットはいるが、ケルブからは見えない位置だ。そのままトキヒコの肩を掴む。

「トキヒコ、大事な話があるんだ。明日15時にエラミスグループの補給船がここに来る。本部もここを奪還するため動いているらしい。司令官たちにこの情報を流して、その前に着替えに紛れて携帯武器を渡すんだ。警備ロボットを制圧してシャトルのドアロックを解除し、補給船を逆に乗っ取って脱出する。そしたら本部も遠慮なくここを攻撃できるだろう」

「そんな情報、どこで手に入れたんですか」

「エラミス副長からだ。彼女は今俺を信頼しているからな」

 トキヒコはそっぽを向くと冷たく言った。

「見損ないました。僕たちだけではなく、ノウノ先輩も裏切ったんですね」

「誤解だ。俺だってこんなこと……」

 サダミツは釈明しようとするが、トキヒコは無視して荷物を持ち上げた。

「情報は流しますが、後は司令官たちの判断に任せます。罠かもしれませんからね」


 戻ってきたトキヒコは、「トイレに行く」と言ってドックの奥に向かった。近くには「タイタン」が戻ってきたままの状態で係留されている。その姿を見送るサダミツの背中にケルブの声が被さった。

「どうやら後輩君の説得は失敗に終わったようですな」

「茶化すな」

 サダミツは振り返るとケルブをにらみつける。

「まあ落ち着いて、彼が戻ってくるまで少し待とうじゃないか」

 ケルブはトキヒコが普段詰めているモニターの前の席を勧めた。サダミツが渋々腰掛けると、ケルブも足を組んで隣の椅子に腰掛けた。

「君から聞いてたとおりだったよ。後輩君、いや、トリイ君は君のことを本当に慕っていたんだな。養成学校で首席になったら赴任地を自分で選べると聞いて、必死に勉強したそうだよ。そんな彼も君に裏切られたと絶望して今や抜け殻だ。残念だね」

「それが面白いのか」

 サダミツはケルブの顔から目をそらすようにモニターを見つめた。食料を受け取る人々の中に、トキヒコが気にかけているメグミの姿がないか探すが、見当たらない。

「君と彼が同じ船に乗れば、互いの力でより輝きを増す連星のようになると楽しみにしてたんだけどな。君のやるせない気持ちはよく分かるが、物事にはチャンスという物があり、潮時というものがある。焦って突っ走っては全てが水の泡なのさ」

 サダミツはよっぽどケルブの話を遮って帰ろうと思ったが、彼の真意を推し量りかねていた。ついにこらえきれず尋ねる。

「ケルブ、お前はどっちの味方なんだ」

 ケルブはそれには答えず立ち上がり、モスグリーンの瞳でウインクした。

「後輩君のお帰りだ。エラミス副長の機嫌取り、よろしく頼むよ」

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