四次元目を、始めます

今迫直弥

エピソード〇

 ん、なんだい、それは? ICレコーダー? 僕の発言を録音するのか。……ああ、いやいや、大歓迎だよ。ご覧の通り、サングラスにマスク着用、匿名希望で連絡先も非公開とあっては、情報元としてあまりに頼りないからね。仮初にもルポルタージュの形で出版するなら、せめて音声証拠くらい残しておかないと、何かとまずいだろう。君のでっち上げ話じゃないのか、なんて痛くもない腹を探られては不本意だろうしね。

 少なくとも僕の話が本にまとまれば、世間から相当な反響をもって迎えられることは間違いない。それを、僕の申し出に貪欲に飛びついてくれたことへのお礼とさせて欲しい。いやいや、馬鹿にしているのではなく。以降の取材は一切受けられないから、そのつもりでいてくれ。何より、矢立君と言ったっけ、君自身が一躍時の人となって寝る暇もないほどの大忙しになるはずだ。覚悟しておいたほうが良い。

 さて、予防線を張るわけじゃないが、これから語る僕の話が信じられないというのなら、それはそれで全然構わない。詐欺師なんかが使う月並みな切り出し方なのかもしれないけど。元々、こんな荒唐無稽な話を信じろという方が無茶だということは承知しているし、僕だって我が身に降りかかったことでなかったら絶対信じようとは思わない。人心を惑わす怪しげな妄言を垂れ流して世間をパニックに陥れるのは本意ではないし、新興宗教の教祖様になるつもりも当然ない。だからとにかく冷静に聞いて欲しい。

 だったらそもそも公表しなければ良いじゃないかって? いやいや、それとこれとは話が別だろう。真実と虚構の別なく面白い物語なら何でも聞きたいという人は五万といるだろうし、何より、この不思議な体験についてどうしても語っておきたいと心底願う人間がここにいる。何、つまり、僕だ。ありがたいことに、それを聞き書きしてくれるという奇特な人間もいるわけだし、語る理由なんてそれだけでもう十分じゃないかな? 聞きたくない人には耳を塞がせておけば結構。僕が口を噤む気がない以上、自衛するしか手はないでしょう? 表現の自由に則っている以上、誰も僕を止められやしないさ。

 さてさて、前置きはこんなところにして、早速話を始めよう。さっきから喋りたくてうずうずしているんだ。意思に反して口が勝手に動いてしまいそうだよ。

 ……最初にこんなことを言うと妙な誤解を受けそうだが、僕は未来から来た人間なんだ。

 おいおい、急にそんな気味悪そうな目付きで僕を見ないでくれ。誇大妄想狂のたわ言でも面白ければ良いんだろう? 端から信じなくて良いって言ってるんだから、せめて好意的に聞いてくれたまえよ。

 お互いの認識にずれがあるのはやはりいただけないな。科学万能主義には基本的に承服しかねるが、非科学的の謗りを受けて物語に横槍が入れられるようではお話にならない。お互いの理解のためには、一つずつじっくりと解説していくべきだね。

 君は、タイムマシンの実現可能性についてどう考える? ほう、あり得ない、即答か。確かに、過去に好きなように行けるタイムマシンが未来のどこかの時点で作られたと仮定すると、あらゆる時代にタイムマシンが来てもおかしくないことになる。とすると、タイムマシンの存在はタイムマシンの遍在を意味し、現在の時点でどこにも存在していないのは辻褄が合わない。物理学に疎くても、こんなちょっとした論理で、万能なタイムマシンの不在は納得出来るよね。

 まあ、これに対する反論は容易で、『未来人はどこかに身を潜めているから見つかっていないだけだ』と主張するだけで事足りる。世界は広い。どこかに未来からやって来た人間がいるけれども、一般人に紛れて誰も気付いてないだけだって寸法だ。けれども、この論駁はフェアじゃない。どうしたって、不在の証明は難しい。論理学では、存在すると主張する側がそれを証明するのが本来のやり方だから、未来人がいると言うなら、苦しい言い訳に逃げるのじゃなしに堂々と実物を連れて来るべきだ。そう、つまりこの僕をね!

 何、未来から来た証拠を見せろって? 残念ながら、決定的な証拠を提示するわけにはいかないんだ。色々と障りがあるからね。だからこそ、インチキだと思われても仕方ないって最初から言ってるんだ。

 第一僕は、タイムマシンに乗って自発的にやって来たわけじゃない。地球を滅ぼそうとするテロリストの思惑を事前に挫く任務を背負ってもいないし、祖母の唯一の心残りである悲恋の真相を探りに来たわけでもない。平穏な生活を心から望む僕が、苦難に満ちていそうな活劇の中にむざむざ身を投じるものかよ。

 実際、タイムトラベラーでありながら、タイムマシンなんてあり得ないと僕自身は思っている。ただし、あくまでも現状では、と付け足しておく。理論的には、『マシンが完成した日時』を原点として、以降の時間軸の中を自在に移動出来る装置なら存在し得るらしい。現状では到底実現不可能な技術が必須だけれど。

 ここで、こんな言説がある。『充分に発展した科学は最早魔法と区別がつかない』。同時に、何をもって『充分に発展した』と見なすかは人それぞれだと僕は思う。だから、感覚的にあり得そうなことと、どうあっても信じられそうにないことの境界なんてものも、文化的、時代的、さらには個人的背景に即した、ひどく独りよがりなものに過ぎない気がするんだ。例えば、江戸時代の人間に、『遠くにいる人といつでもどこでも会話できる携帯機器』の話をしたら、妖術を疑われてまともに取り合ってもらえないだろうけれど、現代の若者は当然のものとして受け入れている。ついでに言えば、現代ハードSF作家が描く空想世界は、一見ファンタジックでありながら、多くの場合緻密な科学的考証に基づいている。絵空事が絵空事じゃなくなる日が来ることは、大いにあり得る話だ。

 ああ、せっかくだから、その辺のことに少し触れておこうか。だって、僕が未来から来たって話をした段階で、君の頭には幾つかのSF小説のタイトルが浮かんだはずだからね。僕の物語を似たようなパターンの小説に准えて構成すれば、仮に僕が妄想患者であっても切り口を変えて記事に出来る。どうだい、図星だろ? いやいや、別に謝ることはない。

 さて。そもそも一口に時間旅行と言っても、それには大きく分けて二種類があることを知っているかい? 本当にあるかどうかという話でなく、偉大なる先人達が考えた、『少なくともその時点では空想のアイデアだったもの』という意味でさ。

 一つは、タイムマシンか何かを使って、主人公が実際に過去や未来の世界に足を踏み入れるパターン。旅先で主人公は、幼い自分だとか、若かりし日の綺麗なお母さんだとか、今は生まれてもいない愛娘の姿だとかを目の当たりにすることが出来る。この時、永遠のテーマとして、タイムパラドクスに絡んだ問題が付き纏う。例えば『過去に戻って自分を殺してしまったら、今の自分はどうなるのか?』なんていうあれだ。いざとなると答えに詰まるけれど、これを理由に『過去へのタイムスリップはあり得ない』なんて結論付けるのは無粋の極みだ。ファンタジーのために先人達は工夫を凝らした。

 解決案としてまず、『宇宙には歴史を修正して正しい道筋にしようとする不可知の力が働いているから、過去を変えようとしても邪魔が入り、結局は実現不可能』という説が作られた。主人公が過去に戻って試行錯誤するんだけど、実はその試行錯誤の結果までひっくるめて過去の出来事が成り立っていたんだね、ってオチで、最後に上手いこと全ての辻褄が合うのがミソだ。『不可知の力』には引っ掛かりを感じるけど、物語的に収まりが良いから、何だかんだでこっちの方が受けが良い。

 もう一つは、『宇宙は単一ではなく、あらゆる場面で現実とは別の分岐をした無限の平行宇宙が存在し得る。過去を幾ら変えてみたところで、それは異なる平行世界が存在を許されるだけのことであって、主人公のいる世界には全く影響しない』という説だ。これは、量子力学における波動関数の収束という見地から実に妥当であり、かつ、タイムパラドクスという概念をそもそも成立させない上手い説明だ。時間旅行よりもむしろ、『無限に存在する平行世界』の方が遥かに興味深く見えることが欠点と言えば欠点で、タイムスリップしたことによる旨みも少ないな。

 え? 僕が時間旅行をしたんだったらどちらの解決案が正しいのか答えられるはずだって? 慌てない慌てない。タイムパラドクスの話よりも前に、時間旅行におけるもう一つのパターンを聞いてよ。

 二つ目のパターンは、主人公の精神だけが過去や未来に移動して、その世界にいる誰かの体の中に入り込む、というやつだ。こちらの方が、大仰なタイムマシンの話より身近に『ありそう』じゃないか? 生身の人間より実体のない心の方が、時間を超え易そうな気がするからね。大抵の場合、タイムスリップした意識は別の時世の本人に宿るけど、これは言い方を換えると、『周囲の時間を巻き戻す』行為に当たり、魔法使いなんかがよくやるやり口だ。『同一人物が同一時間軸に複数存在する』という時間旅行における厄介な問題を極めてスマートに解決するし、『今の記憶を持ったまま過去をやり直せる』という実用的な見地からも人気が高い発想だ。

 この、『本人の記憶だけ跳躍』パターンだと、傍目から見る限りにおいてタイムパラドクスは一切起こらない。遡っているのは、ごくごく主観的で閉じた時間系に過ぎないからね。『現在の記憶を持ったまま過去をやり直す主人公』を、戻った過去時点から客観的に評せば、『予知能力に従って、悪い結果を事前に回避しながら生きる人』と変わりない。平行世界を持ち出すまでもなく、主人公が体験した『未来』は今やその脳内にしか無く、外部にその実在を証明することは出来ないんだ。まあ、何にしろ不思議な体験には変わりないし、馬券を当てての億万長者も夢じゃない。少なくとも損はしないはずさ。

 ん? 僕も周囲の時間を巻き戻して、精神だけが未来から舞い戻って来た人間なのかって? おいおい、結論を急がないでくれ。僕は、タイムスリップの基本パターンとして、肉体全部と精神のみの二つがあると言っただけだよ。

 肝心の僕がどちらかと言うと、実はそのどちらでもない。容易にはカテゴライズ出来ないんだ。

 いやいや、怒らないでちゃんと最後まで聞いてくれ。確かにどちらでもないんだけど、考えようによっては両者の複合型であるとも言える。とにかくしっちゃかめっちゃかな状況なもんで、単純な分類には当て嵌まらないってだけで、これまでの話が全くの無駄ってわけじゃない。ほら、基本なくして応用は覚束ないってよく言うだろ?

タイムパラドクスに関しても実に曖昧だ。全体を通して辻褄が合う部分と、平行世界を規定しないと説明がつかない部分が渾然一体となっている。主観的な問題だけに、そもそも全てが妄想なのかもしれない。不可解で割り切れない思いを常に抱えてきたと言っても過言ではないよ。とはいえ、自分を疑ってしまうのもつまらない。事実であるものと見なして、ちゃんと誰かに話してしまおうとしているんだ。

 残念ながら、僕には自らの体験を科学的な説明で補足することは出来ない。時間を行き来するメカニズムが気になるからといって、時空を超越するタキオン粒子の存在を仮定したり、量子の干渉を介した超光速情報伝達の話を持ち出したりするのでは本末転倒だ。僕は、尤もらしいSF的解釈のためにこの話を披露するのではないし、科学的にあり得ないと断じられたところで、『科学では説明のつかない不可思議な体験談』に転ぶだけだ。むしろそっちの方が気楽だしね。

 少しでも『あり得そうな話』に聞こえるよう努力はするから、抽象的な説明だけで勘弁してもらいたい。肉体のタイムスリップよりも精神のタイムスリップの方が起こりやすそうだ、というくらいな手軽な認識に抵抗がないなら、十分受け入れられる話のはずだ。

 ……まあ、とりあえず聞いてくれ。

 時間の波に乗り損ねてあえなく遭難した少年の、奇妙な冒険物語を。

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