(8)

 それから、母は猛スピードで坂道を駆け上がっていった。細い道であり、見通しも悪いのだが、慣れた感じでハンドルを回していく。しばらくして、森が途切れた広い場所に出た。


「もう少しで真月神社だよ。降りる準備をして」


 母が言ったとおり、リュックを背負って降りる準備をすると、前方に鳥居が現れた。その前でジムニーは停まった。


 すると、バラバラと迷彩服を着た人間が車の前に姿を現した。10人ほどいるだろうか。ドキッとして慌てて両手を上げる。


「安心しろ。俺の部隊だ」


 父はそう言って車を降りると、迷彩服の男たちは一斉に敬礼した。遥人と母も車を降りる。


「ご無事で何よりです、大臣」


「ご苦労。平田。様子はどうだ?」


 父が暗闇の方に顔を向ける。平田と呼ばれた男は父に答えた。


「ヘリから確認できただけでも10人ほどの姿が見えました」


「うちの隊員だろうな。とすると、こちらと同レベルの精鋭か」


「おそらく。こちらの事が分かるからこそ、下手に動かないのではないかと」


 平田が答えるのに父も頷く。


「時間稼ぎだ。とにかく待って、時間が過ぎるのを待っているんだ」


 父はそこで腕時計を見る。


「10時か。あと2時間……。どうする、水月」


「正面突破するだけでしょ」

 

 父はそれを聞いてフフ、と笑って、母に小声で話しかける。


「水月……。この先にいるのはここにいる平田部隊に次ぐクラスの優秀な部隊だろう。大事な部隊だから全員しっかりと正気に戻したいが、いけそうかな」


「神社にこれだけ近ければ、数十人くらいなら何とかなる。前の月姫の力を見くびらないでよね。だけど、もし後ろからさらに追われたら、もうどうしようもならないわよ」


「フフ……そうだな。もう俺たちに退路はない」


 そう言うと、父は遥人の方をチラと見た。


「神社の側道のことを覚えているか。鳥居の左側にある細い道だ」


「うん……何となく。でも暗くてよく分からないけど」


「平田。照明弾を打てるか」


「ハッ。2、3発はあるかと」


「よし。では、照明弾を合図に俺たちは前進するから、遥人は側道に向かえ。何があってもそのまま走って行くんだ。きっと菜月は神社の本殿の奥だ。菜月を助けられるのはお前しかいない。急いで行け」


 父の方を見て頷くと、父は「行くぞ」と言って母の隣に立ってその手を握った。すると、その向こうにいる母は黙って俯いたが、すぐにその髪が不思議な輝きを帯びて、静電気に触れた時のように宙に浮き始めた。


「照明弾、用意」


 父が小声で言う。すると、母が少しだけ顔を上げて右手を水平に動かした。その時、父が「撃て」と言った。すぐに、パシュという音とともに、すぐに光が輝き、辺り一面が急に明るくなる。


「行け! 遥人」


 父が背中を押したのを合図に、遥人は記憶にある細い側道に向かって全力で走った。すると、後ろの方からさらに明るい光が現れて辺りを明るく照らしていく。しかし、それを振り返ることなく、その光に照らされた中で、木々に囲まれた細い側道に入り、そこを全力で駆け抜けていく。


 その時だった。


 パン、パン、パン——。


 爆竹のような軽い音が何回か聞こえた。驚いて一瞬振り向くと、誰かの喚く声が聞こえたような気がした。しかし、遥人はすぐに前を向くと、さらに奥に向かって走り出した。

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