(6)

 真月村から自宅アパートに戻ったのは、日を跨いだ夜中だった。その日はちょうど日曜日であったため、実行委員の仕事も休みだ。アパートに戻ってすぐに眠ったが、疲れがたまっていたのか、目覚めると午後3時頃になっていた。


 菜月からはメッセージが入っていた。バイト先のあの直売所の前で自撮りした写真もあった。


(菜月——)


 それが現実なのだ。一方で、友恵からは昨日から丸2日間、何の連絡もない。今日の夕方には戻って来るはずであり、これだけ何も連絡が無いことはどう考えても異常だ。しかし、自分から連絡を取る気にはどうしてもなれなかった。


 その日は夜勤バイトがある日で、近隣にある別の大学の3年生のバイト生とのシフトだった。大体、日曜日は来客数が多くはない。その代わり、月曜日に向けて商品の入れ替え作業が多いため、日付が変わるまで割と忙しくしていた。


 ようやく仕事が一段落した夜中12時頃に、店内に知った顔が入ってきた。


「よっ! ちゃんと仕事してるか」


 大森は毎日のように実行委員会室に来ている。この時間にここに来たということは、彼もバイト明けで行きつけのラーメン屋に行った帰りだと思われた。大森は塾講師のバイトをしていて、片付けやテストの採点などがあり、遅い時は夜12時近くまで働いているらしい。ここから少し街外れの場所に、遥人も好きな背脂豚骨ラーメンの店がある。夜中2時くらいまで営業しているので、大森はバイト明けにそこで夕飯を食べ、その帰りにこのコンビニに寄ることが度々あった。


「ラーメンの帰りですか」


「そうなんだけどな。……ちょっといいか」


 レジのカウンター越しに彼と話をしていたが、大森は遥人に店外に出るように言った。バイト生に「ちょっと外に出ます」と伝えてから入口のドアを押して外に出ると、大森の車が停まっていた。その助手席に誰かが座っている。助手席のドアが開く。


「友恵——」


 降りてきたのは友恵だった。店内の照明に照らされたその顔は、一目見てかなり酔っていることが分かるほど真っ赤に紅潮している。彼女は静かに遥人の方を見つめた。


「どういうこと?」


「えっ……」


「私がどうしてここに来たのか分かるよね」


 友恵はそう言って一歩近づいてきた。


「何なのよ! どうして竹内さんなんかの連絡先を聞こうとしたの? 私、生協の友達からも、ワンゲルの春樹くんから全部聞いたわよ」


「それは……どうしても、彼女に会いたかったんだ」


「どうしても? どういうことよ! 私、遥人と付き合ってたんだよ。それなのに、遥人はあの子に近づいた。それって、完全に裏切りじゃないの」


 彼女は叫んだ。その言葉が遥人の心を刺す。しかし、もうそこから逃げる事はできない。


「待って。僕は……僕たちは」


 彼女の前で大きく息を吸って、心を落ち着かせる。


「僕たちは……本当に付き合っていたのかな?」


 そう尋ねると、友恵は目を見開いて唖然とした。それに話を続ける。


「僕たちは確かに付き合っていたって思われていた。一緒にショッピングモールを歩いたり、ウチの母さんが来た時に一緒に話もした。メッセージのやり取りもしていた。でも……僕にはそれ以上の記憶は無いんだ。どうやって付き合い始めたのか、お互いの家を行き来した記憶もない。だから——」


 そこまで言った時だった。


 パチン——。


 何が起きたのか分からなかったが、一瞬遅れて頬に痛みを感じた。横を向いた顔をゆっくりと正面に戻す。


「何言ってるのよ! 信じられないっ!」


 彼女の充血した瞳から頬に涙が流れ落ちた。すると、友恵はすぐに大森の車の助手席のドアを開けた。


「大森さん! 行きましょう」


 友恵が叫んで助手席に乗り込むと、大森も後ろから戻ってきて運転席のドアを開ける。


「遥人。お前、ちょっと頭を冷やせ」


 彼は悲しそうな目をして遥人に言うと、車に乗り込む。エンジンがかかり、車はすぐに駐車場を出ていった。

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