6/22 Wed. 超前時代的
今日も今日とて部室で昼飯を食おうと思ってやってきたら、珍しく内炭さんがサンドイッチを頬張ってた。もぐもぐしながら会釈してきたからこっちも会釈をする。
いつも部室に来ると長机にはお茶のペットボトルしか見当たらなかったから断食してるのかと思ってたが、どうやら単純に量が少ないせいで俺が来るまでに食い終わってたらしい。
それはともかくとして昼飯だ。俺はいつもの席に座って弁当箱とほうじ茶のペットボトルを長机に置き、ふと気付いてしまった。
内炭さん、サンドイッチのお供に緑茶を選ぶのか。
ないわ。パンには乳飲料だわ。次点でコーヒーやココアになる。緑茶はない。百歩譲って紅茶だ。ダージリンのストレートならまだ許せる。
「なに?」
見過ぎてたらしい。内炭さんが手で口元を隠しながら言った。
「サンドイッチと緑茶って合うのかなって思って」
「合うわよ? 試してみたら?」
NO。断じてNO。見えてる落とし穴に向かって進む気はない。
「俺はパンを食べるならコーヒー牛乳かいちごオレかココアって決めてるから」
「ラインナップが子供みたいね」
お? 宣戦布告か? てか育乳はどうした。乳を育てるなら乳を飲めよ。胸元が子供みたいなやつに子供扱いされたくねえわ。
いや、やめとこ。ここで怒ったらそれこそ子供だ。ここは余裕を持って応じよう。
「味覚が子供って自覚はある」
どうだ。認めてやったぞ。これには何も返せまい。
「よく考えたら高1って子供よね。それが普通なのかしら」
そうだわ。子供だったわ。子供らしく大人ぶった態度を取ってしまったわ。
よし、恥ずかしいから黙って弁当を食おう。今日は何かなー。
蓋を開けて驚いた。プチトマトもブロッコリーもない。赤はパプリカの、緑はピーマンの肉詰めが入っていた。これだよ。これでいいんだよ、母さん。
「ねぇ」
サンドイッチを食べ終えた内炭さんが俺の弁当箱を覗いてる。今日は手助けを必要としないからシカトしてもいいんだが、気分が良いから乗ってやろう。
「どうした?」
「料理上手な女子ってポイントが高いのかしら」
「どっちかって言うと逆なんじゃね?」
パプリカの肉詰めにかぶりつき、白米を口に放り込む。うん、美味い。
「逆って?」
いつもながらこの嬢ちゃんは俺に口がいくつあると思ってんのかね。
呆れながらも咀嚼し、嚥下し、ほうじ茶を飲み、
「男女平等が叫ばれる昨今においても男尊女卑の習わしは根強いからな。料理ができると高ポイントってか、料理ができないと女子に非ずって名残がまだあるだろ」
「あー、小学校の林間学校でカレーを作る時にひと悶着あったわね。男子が力仕事と飯盒でご飯を炊く担当で、女子がニンジン、ジャガイモ、タマネギの下処理を請け負ったんだけど、包丁を使えない子がいて、女子のくせにって男子に言われて泣いてたわ。後で先生に怒られてその男子も泣いてたけど」
「自業自得だな」
「発想が前時代的よね」
その言葉を切っ掛けに去年の出来事を思い出した。不覚にも笑っちまった。
「私、変なこと言った?」
「いや、思い出し笑いってやつ」
「本当にそういうのってあるのね。どうせ碌なことじゃないんでしょうけど」
「否定はしない。だって油野絡みの話だし」
「詳しく」
「どうせ碌なことじゃないし」
「詳しく!」
まあいいか。今日は弁当に好物しか入ってないし。
「俺と油野の共通の知り合いでリフィスって人がいるんだけどさ」
「……リフィス? 外国の人?」
「ネットの人。油野と一緒にやってたネトゲで知り合った人」
「そのネトゲを詳しく」
「それは今度な。ちくいち脱線してくと話が長くなる」
「別にいいわよ?」
こいつ、ほんとに俺のランチタイムを何とも思ってねえな。
「ともかく量産型のMMORPGなんだが、俗に言うまったり系の要素が多くてな。俺らのギルドもレベリングよかチャットが優先されることがよくあったんだよ。宿理先輩なんか特に喋ってばっかだった」
「油野先輩も一緒だったのね。賑やかそうだわ」
「お陰で宿理先輩が引退した途端に瓦解したけどな」
「そうなの? みんな油野先輩を狙ってたとか?」
「3人くらいはそんなのもいたけど、まあ、ネトゲだとよくあることだからなぁ」
キュウリ、ハム、タマネギのスパゲティサラダを食べ、感慨深そうに呟いてみた。昔を懐かしむようにしてればゆっくりとご飯を食べても文句は言われまい。
「それで?」
急かすんじゃねえよ。ノスタルジーに浸らせろよ。仕方ないからほうじ茶を飲む。
「去年の夏休みから、週に1回くらい何らかのテーマを用意して議論を交わすってのが流行ってな。そこで絶大な人気を獲得してたのがリフィスだった」
「なんか面白そうね。例えばどんなテーマがあったの?」
「女子の髪型で好きなものは? とか」
「想像してたのと少し違うわね。もっと理知的なものだと思ってたわ」
「だってそれを提案したのは理知的じゃない油野だし」
「どんな髪型が好きって言ってたの?」
「話が進まねえよ。理知的じゃないからどうでもいいだろ」
「どんな髪型が好きって言ってたの?」
「油野絡みになるとほんと食いつくね」
「どんな髪型が好きって言ってたの?」
選択肢を用意するくせに『はい』を選ばないと先に進まないゲームみたいになってんな。
「ポニテ」
「今度やってみようかしら」
言われて気付いた。内炭さんって髪が長いんだな。
「それで夏休みが終わったくらいの時に好きな料理ってテーマがあって、議論の終盤くらいに仲間の1人が言ったんだよ。同棲してる彼女の作るメシがマズすぎてプロポーズする気にならないって」
内炭さんが渋面を作った。きっと当時の仲間も似たような感じだったと思う。
「気持ちは分からんでもないけどな。一生その味と付き合うことになる訳だし」
「まあ、そうよね。でもなんかもやっとするわ」
「女が料理をするのが当たり前って暗に言ってるようなもんだしなぁ」
かと言って真正面から非難するのも憚られた。ネット越しとはいえ相手は1人の人間だし、一緒に遊ぶ仲間だし、言い分にも一理はあるし。
「みんな黙っちゃって、俺も空気を読んでスルーした。けどリフィスだけは違った」
当時のログは残してある。たぶん油野も、宿理先輩もだ。理由は各々で違うと思うが、それだけの出来事だった。
スマホをいじってテキストファイルを表示する。去年はこれをよく読んだな。
「男は仕事、女は家庭、という思想ですか。随分と前時代的なことを仰るのですね。共働きが珍しくないこの時代にその考えはそぐわないかと」
うんうんと内炭さんが頷く。
「けど残念ながらその彼女は専業主婦を希望してたみたいなんだな」
「えぇ。じゃあさっきの言葉は響かないわね」
「そうだな。自分は養う立場になるから彼女が料理をするのは当然って言ってた」
「当然……ではないと思うけど。リフィスさんはなんて?」
「これまた都合の良いことを仰いますね」
おぉ、と内炭さんがパチパチと拍手をした。
「女は家庭、というのは大昔からの習わしですが、男は仕事、というのは近代になって使われ始めた言葉です。原始の時代で言えば男は命懸けで狩りをして家族を養い、戦乱の世では命懸けで戦をして家や家族を守っていましたね。それを支えていたのが女性です。すなわち、女は家庭、と押し付けることができるのは命懸けを約束している者であり、仮に1日12時間の労働をしたとしても言える立場ではないでしょう」
「……理屈っぽいわね」
「実際の相手は屁理屈だって怒ったな」
「そうね。リフィスさんも都合の良いことを言ってるだけな気がするわ」
「その通りです」
内炭さんがビクッとした。俺は笑ってスマホに目を落とした。
「あなたが仰ったのは前時代的、私が申し上げたのは超前時代的とでも名付けましょうか。いずれも過去の遺物と呼ぶべき時代遅れのものなのに、なぜあなたの主張は肯定され、私の主張は否定されるのでしょうか。無論、私は自分の主張が都合の良いものだと認めます。時代にそぐわないですからね。あなたはどうなのですか?」
内炭さんの口がへの字になった。気持ちは分かる。これはある種のハメ技だ。
相手の見解を否定した上で、もっと否定されるべき見解を投じ、相手にも否定をさせることで両成敗の構図を作ってしまう。そして言うんだ。こっちは間違ってたことを認めるけど、似たような理屈なのにそっちは認めないの? そんなに自分の意見を押し通したいの? なんて自己中なやつなんだ、と。
「そも食事は生きるためには取らねばならないものです。彼女の料理が不味いのなら自分が調理すればよろしいかと。その方がお互いのためになるはずですし、あなたと一緒に料理をすれば彼女の味や夫婦仲の向上が見られるやもしれません。尤も、こんなことは高校生でも分かることですから大人にわざわざ言うことでもないですが」
別に内炭さんは悪くないのにぐぬぬって顔をしてる。たぶん何を言ってもさっきみたいに絡めとられてしまうと理解したな。
「話が長くなりましたが、私の言いたいことが分かりますか?」
「……すみません」
なぜ謝る。当時の相手も謝ってたから驚いた。
「あなたはただ、プロポーズをする勇気がないことを料理の味で誤魔化そうとしているだけの臆病者だということです」
「……つらい」
「本人に至っては20人くらいいる中での公開処刑だったからな」
リフィスのいやらしいところは否定しにくい言葉を並べて論理を組み上げていくことだ。しかも反撃の隙を見つけたと思って仕掛けるとそれが罠で絡み取られる。理屈と膏薬はどこへでもつきますので、とよく言っていたが、どの時点から終局まで読み切っているのか不思議で、なんというか、かっこよく思えた。
内炭さんが凹んでるから俺は弁当を食うことにする。テキストファイルの続きを目で追っていって、ピーマンの肉詰めを食べ切ったところで、
「そういえば。今の話のどこに思い出し笑いをする要素があるの?」
内炭さんが両手を頬杖にして尋ねてきた。可愛いつもりなのかそれ。
「その場にいた全員が料理をするようになったんだよ」
「え。その処刑された人も?」
「おうよ。ちなみに去年の暮れに結婚したぞ。リフィスが言った通り一緒に料理をしてみたら親密度が上がったみたいでな。10月に子供も産まれるそうだ。奥さんが料理を美味しいって言ってくれるのが嬉しいとか。子供に食べさせてあげるのが楽しみとか。SNSでよく呟いてるし、料理の写真も2日に1回はアップされてるぞ」
「処刑されて生まれ変わったって感じなのね」
「だな。自己中な部分を正して、円満になる助言もして、一歩を踏み出すために焚きつけもした。リフィスに得なんかないのにな。処刑されたやつは悪役を演じてくれたリフィスに感謝してたよ」
ちょっと話が長すぎたな。急いで食べないとだ。
「ところで碓氷くん」
シカトしてぇ。不本意だが視線で続きを促す。俺は弁当を食い続ける。
「それが理由で料理研究会に入ったの?」
頷く。厳密にはその話にあやかって優姫との仲を深めたかったからだが。
「そうなのね。って、あれ? さっきの話からすると油野くんも料理をするの?」
ちょうど口内が綺麗になったから答えてやるか。
「今は週1で家族の晩御飯を作ってるらしい。オムライスが得意って言ってたな。ぶっちゃけ俺らよかあいつの方が上手いぞ」
内炭さんの目が虚ろになった。
「私、油野くんのことが好きなんだけど」
今日は初期バージョンか。これはこれで趣きがあるな。
「知ってる」
「バレンタインで手作りチョコをあげても、この程度かって思われちゃうのかしら」
「気が早いにも程が。てかメシを作るのと菓子を作るのは別ジャンルだろ」
「そうだけど。油野くんって器用そうだし、お菓子も作れちゃいそうな気がする」
「それはあるかもな。あいつ洋菓子が好物だし」
「詳しく」
「プリンでもケーキでもシュークリームでも何でも笑って食うぞ」
「そんなお手軽に油野くんスマイルを!?」
「あいつチョロいからな。だからバレンタインにあげるならチョコケーキにしとけ」
「分かった! がんばって女子力アピールするわ!」
そんなことを内炭さんが言うから思わず笑ってしまった。
「また思い出し笑い?」
不思議そうにしてる内炭さんに、俺は首を振った。
「調理=女子力って。内炭さんも前時代的な思考に染まってんなって思って」
「あぁ、言われてみれば。私も心のどこかで調理と女子を紐づけしちゃってるのね」
前時代的だわ、と呟く内炭さんは複雑そうな表情で笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます