タナトス・セレーネ

えすの人

第1話 第一の月(1)

 第一の月。月の昇らない夜。


 セレーネはベッドから上半身をもたげ、眠れぬ時を過ごしていた。体中がギシギシ軋んで痛む。毎夜続く不眠も毎晩続く痛みも、すべては一つの原因に帰結する。


 自分は病気であると、医師より告げられた。病名はない。未だ症状の全容も不明。治るかどうかもわからない。謎の病。奇病である。医師はお手上げだと言ったが何もしないよりはと抗生物質を処方してくれた。毎日欠かさず飲んでいるが、効果はない。


 私は死ぬのだろうか。

 不安がセレーネの情緒を狂わせた。居ても立っても居られず、ベッドから降りて窓辺へ寄る。月は人を狂わせるという言い伝えがあるが、セレーネはそれに当てはまらない。月明かりのない今夜こそ、冷たく孤独で、何もない死を連想させる。


 死んだらどうなる。

 外の景色のように真っ暗闇を永遠に彷徨うのだろうか。それとも眠りについた時のように無意識の中へ放り出されたままになるのだろうか。次に眠りについた時、そのまま死んでしまうかもしれない。瞳を閉じるのが怖くなる。


「ア……アァ……」


 気が触れそうになり、喉から声が漏れる。

 平静を取り戻すべく深呼吸をしようと窓を開けた時である。


「やっほー」


 拍子の抜けた声がセレーネの顔にかかった。

 三階建ての最上階の窓の外にドクロが浮かんでいた。月のない暗闇に溶けるような真っ黒なローブを纏ったそれは、目を丸くしたセレーネを見るとケタケタと笑った。


「ケケケ、驚いたかい?」

「あ……あぁ……」


 セレーネの声は言葉にならず、夜風に流れる。


「あれ? もしかして怖かった? ごめんごめん、ちょっと間が悪かったね。君さぁ、死について考えてたでしょ?」


 ドクロはそう続けるも、セレーネは茫然自失したままだった。


「ありゃ? こりゃダメだね。ホラ、起きろ」


 その様子を見ると、ドクロはのそっとセレーネに近づき、その美顔の前でパンッと手を叩いた。すると、まるで魔法が解けたようにセレーネの意識はハッと元に戻った。焦点を取り戻したついでに、目の前のドクロを見据えるが、やはりどうにも理解が出来ない様子。


「仕方ない、上がらせてもらうよ。お茶でも飲んでゆっくりお話しよう」

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