第14話

 楓は応接室に4人を通した。

 4人は楓から促す前から椅子にどかっと腰かける。

 楓は心の中で大きなため息をつきながら、仕事用の笑顔を何とか作って口を開いた。


「本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」

「今大変なんでしょ?」星野は楓の質問には答えず、指でくせ毛をくるくるといじりながら質問を返す。

「……大変とは?」

楓はもう既にイライラしていた。まずい、本当に嫌な奴だとしてもあの星野会長の孫息子なのだ。あまりひどい態度を取ってしまえば業界で仕事が出来なくなる可能性もあるかもしれない。そう自分に言い聞かせて何とか平静を保とうとした。


「英治、活動休止でしょ?」星野は舐めるように楓を見る。

「あいつ弱いよなぁ。松島チーフも俺たちがいないとSTARSとして活動出来ないってようやく分かったでしょ?あいつだけじゃ何も出来ないんだよ」

星野はケタケタと笑い出した。

 

言い返したいことは山ほどあったが、言っても仕方ない。

楓は唇の内側を強く嚙む。


「……それでアップフラックスを辞めてキャンバスに行かれたんですよね。今更何のご用件でしょうか?」

語気を強めたことを反省しながら楓は最初の質問を繰り返した。

「戻ってきてやってもいいよ」

「は……い?」

想像の斜め上の言葉に楓は危うく「は?」と言いかけたのを何とか誤魔化した。


「キャンバスさー、なーんか思ってたのと違ったんだよねー。大手だからいいと思ったけど何か安定志向?チャレンジ精神がないっていうか?」

 一体こいつは何を言っているんだろうか、楓にはもはや理解不能だった。

「今御社大変そうだしー?ボランティア精神で戻ってあげようかなー、って」


――これは一体どうすればいいだろうか、一旦社長に相談した方がいい気がする。

 うん、こいつらとこれ以上話したくもないし、一度帰ってもらおう。


「……一度社内で検討させて下さい。私では力不足で決定できませんので」

 脳内の会議を終え、楓はにっこり笑って答えた。

「えぇー、こういうことは即決じゃないの?敏腕マネージャーさんー」

 おちょくられようと関係ない、楓は黙っていた。

 

 星野は思い出したように言う。


「あ、そういえば英治?激太りだっけ?まじウケる。写真見たよ?あんなのアイドルとしてもう無理でしょ。全っ然オーラないんだもん」


 楓は黙っていた。我慢だ、我慢。ここで怒ってはだめだ。

 星野は楽しそうに続けた。


「だからもう戻ってきても別に4人でSTARSでもいいよ。あんなプロ意識ない奴いらないっしょ」


 星野は他の3人に同意を求めるように笑った。

 楓は黙って……いられなかった。


「……ざけんじゃないわよ」


「あ?今なんつった?」星野はイラっとしたかのように目を怒らせた。

「ふざけんじゃない、って言ったのよ!」

 楓は大声を上げた。星野以外の3人の顔が一気にひきつった。


「英治にオーラがない?笑わせないでよ!英治が10キロ太ろうと20キロ太ろうとあんたらよりは全然キラキラしてるわよ。それに、プロ意識がない、ってどの口がそんなこと言えるの?事務所に何の挨拶もなく出ていって、思ってたのと違うから戻ってきてやってもいい?あんたらのせいで会社と……英治が、どれだけ迷惑したと……」


 怒っていたはずなのに、涙がこぼれてきた。

 自分のことはどれだけ何を言われたって構わない。

 でも英治の悪口は許せなかった。


「お引き取り下さい。あなたたちの戻る場所はありません」


 毅然とした声で言い放ち、立ち上がってお辞儀をした。


「今までお世話になりました」


「……お前、そんなこと言ってどうなるか分かってんのか」

 星野は苦虫を嚙みつぶしたような顔で楓を睨みつけた。楓はひるむことなく星野の目を見つめ続けた。

「おい、お前ら行くぞ」星野が立ち上がるのを見て、3人も我に返ったように立ち上がった。

 ドアを乱暴に開け、星野は大股で帰っていった。他の3人は若干不安そうに見えたのは楓の気のせいだろうか。



 4人が去った後、楓は腰が抜けたようにその場にへなへなと座り込んだ。

 まずい、勝手に追い払ってしまった……これは怒られる奴だ……。

 楓が頭を抱えていると、開けっ放しのドアの外からパチパチと手を叩く音が聞こえた。


「社長……?」


 そこに立っていたのは鳴海だった。外出から帰ってきたところだろうか、クラッチバックを脇に抱えている。


「いつからそこに……」

「松島が怒鳴り始めたところくらいかなぁ」

 鳴海はわざとらしく考えるフリをして、思い出し笑いをした。


「さすがの英治でも20キロ太ったらまずいだろ。いや、何かキャラクター的なかわいさで人気が出たりすんのかな」

 そんな英治の姿を想像すると笑いが止まらないようで鳴海は肩を揺らし続けていた。


「……盗み聞きなんて趣味が悪いです」楓はバツが悪そうに言う。

「悪い悪い、用事終わった後に西村から連絡貰って。戻ってきて同席しようかと思ったんだけど、ちょっと間に合わなくて。いやー、でもいいもの聞かせてもらったわー」

 鳴海は未だにおかしそうにニヤニヤしていた。そして少しだけ真面目な顔をして言った。

「松島、ちょっと一緒に社長室に来てくれ。見せたいものがあるんだ」



 社長室に入ると鳴海は一枚の紙を楓に差し出した。

「念書……あ!星野会長のサイン!」

「そ、今日はこれを貰いに行ってたの」

 鳴海は大きく伸びをした。

 

 その念書には今回の移籍騒動で発生した損害については補填すること、またこの件によって今後事務所並びに英治に圧力はかけないことが記載されていた。

「あのじいさん、ホント金持ちだよなー、ポケットマネーで補填するって」

 半分呆れたような顔で鳴海は言った。


「星野会長に頼まれたからと言ってもキャンバスにも責任はあるから、キャンバスの社長とも話してたんだけどさ。さっき連絡あって『彼らとは契約解除したのでもう関係ありません』て言われて。契約解除したってうちから引き抜いたのは事実だろ、って」

「え、ちょ、ちょっと待ってください、彼らって……?」

 話し続けようとした鳴海を楓は驚いて遮った。


「あぁ、STARSな。STARSっていうのもやだけど」鳴海は少し眉間に皺を寄せた。

「それでうちに突然やってきたんだろ、あいつらが考えそうなことだ」

「すみません、私出過ぎた真似をして……」

 謝ろうとした楓を鳴海は手で制した。


「実は星野会長からも頼まれて。もし戻ってきたいと言ってきたら受け入れてくれないかって」


 楓はやはり自分が誤ったことをしてしまったのではないかと自責の念にかられた。

 しかし鳴海の答えは違った。


「はっきり言っといた。『才能を見極めるのに時間が掛かって申し訳なかったです。でももうSTARSはいりません。うちには宮本英治がいれば十分です』って」


 その言葉を聞いて楓はようやくほっとしたように微笑んだ。

「できればニュースになる前にこのことを英治に伝えたいのですがよいでしょうか?」

「あぁ、ただ契約解除されたって事実だけ伝えてやれ。おっさんの妄言がどうとか、あいつらが乗り込んできて松島がブチ切れたとかは言わないでくれよ」

 そこまで言ってまた鳴海のスイッチが入ってしまったらしく、おかしそうにくすくすと笑った。

 これは当分言われる奴だな、と楓はため息をつきながら社長室を後にした。

 

 そして英治に電話を掛けた。

 何だかすぐに英治に会いたい気分だった。

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