第12話

「あれってアップフラックスの売り出し中の子じゃない?なんかのドラマで見たことあるよ?STARSだっけな?」


 先輩に話しかけられ、ブンちゃんはその先輩が指さす方を見た。

その子は今テーブルでジムの説明などを受けているようだ。


 今から10年前、ブンちゃんがインストラクターとして働いていたジムに英治がマネージャーらしき女性に連れられてやってきた。

 テレビに疎かったブンちゃんは彼を見たことはなかった。だが、可愛さの中に男らしさが感じられるその顔立ちにブンちゃんは一目ぼれしていた。


「先輩、彼、俺が担当してもいいですか?」

「石橋くん、意外とミーハーだったんだね、じゃあよろしく」

先輩は笑ってマシンの見回りに出ていった。


 社長同士の仲が良いとかで、アップフラックス所属のタレントはよくそのジムに通っていた。

 でもあんなにキラキラしたタレントを見たのは英治が初めてだった。


「宮本英治です。よろしくお願いします」英治はブンちゃんに丁寧にお辞儀をした。

「じゃあ英治、後は大丈夫?私帰るけど」

マネージャーは契約だけ済ませに来たようだ。軽くブンちゃんに会釈をして、英治に声を掛けた。

「うん、ありがとう、かえでちゃん」英治はにっこりマネージャーを見送った。


「宮本くん……はどうしてジムに通おうと思ったの?」

 ブンちゃんはいつもの要領でカウンセリングを始めた。

「あ、はい、ネットでガリガリとか書かれて悔しくって」

 英治は苦笑しながら答えた。

 確かにそれほど筋肉はなさそうだが、ガリガリというほどではない。

 全くネットというのは大袈裟だ。

 でもこの子に筋肉が付いて、抱きしめられたりしたら……

 ブンちゃんはその姿を想像して胸が熱くなった。


「……えっと、石橋さん?」英治はブンちゃんの胸の名札を見て呼びかけた。

「あー、ごめんなさい!じゃあ体鍛えたい、って感じだね。撮影で映ることも考えると、腕とか胸筋とか腹筋あたりかな?」

 ブンちゃんは慌てて営業スマイルを作った。

 危ない危ない。自分の本性がバレたらここで働けなくなってしまう。


 以前のバイト先で意を決して意中の男性に告白した。そうすると翌日には誰も話しかけてくれなくなった。

「あいつ男が好きなんだって」

「えー、こわっ、この後のシフト一緒なの嫌なんだけど」

 裏でそうこそこそ言っているのが聞こえた。

 そんな周りに言いふらす人だと思わなかった。が、それだけ彼にとっては恐ろしかったのかもしれない。

 そのバイト先にはいづらくなり、結局辞めてしまった。


 英治は無事細マッチョを手に入れた後も定期的にジムに通ってくれるようになり、ブンちゃんのことを慕ってくれるようになった。


「ブンちゃーん!!」

 英治は待ち合わせ場所でブンちゃんを見つけて大きく手を振った。

「おう、英治、お疲れ様」

 この日はブンちゃんが勇気を出して英治を誘い、初めて外で食事をすることになった。


「お待たせ、ごめんね、ちょっと仕事押しちゃって」

「いや、大丈夫。じゃあ行こうか」


 予約していた和食料理屋は日本酒が美味しかった。

 英治といるとつい楽しくて飲みすぎてしまった。そしてずっと心に仕舞っておくはずだった言葉をつい口に出してしまった。


「英治……好き……」


「ブンちゃん、飲みすぎだよぉ、ほらお水飲んで」

 英治の顔も赤らんでいたがブンちゃんほどお酒は回っていなかった。笑いながらお水を注いでブンちゃんにコップを手渡そうとした。

 ブンちゃんはその英治の手に触れた。


「……本気なの」


 英治はしばらく硬直していた。

 ブンちゃんはその顔を見て一気に酔いが醒めてしまった。

 私は何をしているんだ、あの時で懲りたんじゃなかったのか。


「ごめん、わた、俺、帰るわ」

「え、ブンちゃん!?ちょっと待って」

 ブンちゃんは引き留めようとする英治を振り返らずに店を出ていった。


 翌日は自己嫌悪と二日酔いで最悪な気分だった。

 年上の癖に先に酔っぱらって、挙句支払いもせずに勝手に店を出てしまった。

 何より……英治を困らせてしまった。

 でもこれからも仕事で関わらなければいけない。あの時の悪夢が蘇る。

 ブンちゃんは携帯を取り、英治にメールをした。


「昨日は酔っぱらって変なこと言ってごめん。冗談だから気にしないで」


 ブンちゃんはため息をついた。

 ややあって、携帯が振動した。

 英治からの返信だった。


「ちょっと会って話せる?」


 あんまり人に見られても、ということで、ブンちゃんは英治の家に招かれた。

「昨日あんなこと言った奴を部屋に上げるなんて危険だよ?」ブンちゃんは自虐的に言った。

「ブンちゃんはそんなことしないでしょ」英治は憮然として答えた。

「何で冗談だったなんて言うの?」英治は怒っているようだった。


「俺真剣に悩んだのに」


「え?」

「俺ブンちゃんのこと大好きだよ。俺、あんまり芸能界で友達いなくて、学校もそんなに行ってなかったからそういう友達もいなくて。だからブンちゃんみたいに気の合う人と会えて凄く嬉しかった」

 英治は言葉を選びながら話し始めた。


「俺の『大好き』って気持ちはたぶんブンちゃんが俺に向けてくれてる気持ちとは違うんだと思う。でも、それは俺が今まで考えたことがないだけで、本当にそうじゃないのかな、男か女かだけで判別してしまっていいのかなって」


 英治は本当に優しい人だ、ブンちゃんはそう思った。


「でも俺好きな人いるし……その人に対する気持ちとブンちゃんに対する気持ちって似てるようで似てなくって……だから」

 英治はそこで言葉を切った。

「ごめんなさい!」英治は頭を下げた。

「俺のワガママかもしれないけど、ブンちゃんとはこれからも友達でいたいです」

「英治……」

 むしろ友達でいてくれるのか、ブンちゃんは泣きそうだった。

 この人に愛されている人はきっと物凄く幸せなんだろうな、そう思った。


「ありがと、英治」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……ちゃん、ブンちゃん!!」

 

 そんな昔のことを思い出していたら、目の前で自分に声を掛けている彼に気づいた。

 大分増量しているがあの時と似た髪型をしている彼だった。


「もう、40分、経ったけど、止めても、いい?」

 多少息が上がっているが、初日に比べたら大きな進歩だ。


「うん、クールダウンして終わりにしよっか、お疲れ様」

 ブンちゃんの声を聞いて、英治は頷いてランニングマシンのスピードを落とし、ゆっくりになったところでマシンから降りた。


「はぁぁ……疲れた……」

 英治はマットの上に座り込んだ。

 トレーニングを開始してもう2週間が経つ。効果は出てきているようで、全体的にやわらかそうだった英治の体は締まってきているように見える。もちろん元の姿に戻るまでにはまだ時間が掛かりそうだが。

 

 ブンちゃんはまだぼーっとしながら英治を眺めていた。

「ブンちゃんどうかした?」

「ん……ぽっちゃりしてる英治も可愛いなぁ、って」

「もう、こないだはあんなに怒ってたのに……。俺にどうなってほしいの?」

「英治がアイドル辞めるなら私が養ってあげる。3食お昼寝付き、お菓子もあげる」

「それは……魅力的な条件ですね」

 冗談なのかそうでないのかよくわからないブンちゃんの言葉に英治は乗っかった。


「でも、今は頑張る」

 

 英治はそう言ってストレッチを始めた。


 宮本英治はそういう人だ。甘えん坊で自信なさげだけど、やると決めたことは自分が納得するまできっちりやる。

 最初に好きになったのは顔だったが、今はそういうところが人間として好きだ。

 男としてどうこうはあの時フラれてしまったので考えていない。今こうして友達としていられて、しかも自分の素を見せても一緒にいてくれるだけでブンちゃんは幸せだった。

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