2節 フリバー・ライヘルド9




 フリバーはため息を付く。

 最初にそれはまだ話さないと言ったのにかかわらず。

 いや、元から最後には“死”について話すつもりであったが。

 それはもう少し後にしたかった。――それが本題であり、一番長い話になるのが分かっていたから。


 しかしブレイルを見据えている。金色の瞳が真剣に真っすぐとこちらを見ていた。


 ――ブレイルからすれば、我慢の限界だったのだろう。

 彼の目的は最初から“彼女”の話をしたかったからなのだから。それはフリバーも気づいていた。

 言い争いになる可能性だってある。それも考えられたからこそ、フリバーはこの話を最後に持って行きたかったのだが、仕方がない。話を変えられる雰囲気でもないのは気が付いたからだ。フリバーは腕を組む。



 「……何が言いたい?」

 「何がって……!お前もエルシューに呼ばれたんだろ!あいつの申し出を受け入れたんだろ!コレからどうするつもりで、どうしたいんだよ!」


 静かなフリバーに対して、ブレイルは声を荒げる。

 ただ、その問いにフリバーは眉を顰めるしかない。

 “死”をどうしたいか?コレからどうするつもりか?


 そもそもと思う、それ以上より前に間違いがあると。

 呆れたようにフリバーは訂正する。


 「……言っておくが勇者様、お前はどうやらエルシューの誘いを引き受けてこっちにやって来たようだが、俺は無理やり連れて来られたんだ。お前と俺とじゃ目的は大きく違うよ。――俺の目的は最初から一つ、元の世界に戻る事だ」

 「――!」


 当然の様に答えたフリバーに、彼と自分の違いにブレイルは息を呑む。

 どうやらブレイルは勘違いしたままにフリバー自分に話しかけてきたようだ。

 あの後、エルシューは何の説明もしなかったのか、説明を待てずに追いかけて来たか知らないが。

 そもそも、前提が二人は違うのだ。

 様子を見るにブレイルはエルシューを助けるために、この世界に来ることに決めた。エルシューの話を聞いて賛同して協力することを決めた訳で、無理やり連れて来られたフリバーとは違い過ぎる。



 「お前があのエルシューって言う奴にどう言われたか知らないが。なんと言うか、俺はお前と違ってそこまで『英雄』ってやつじゃない。さっきも言った通り、困っているからとか、相手が“死”だからと言って、神殺しとかしたく無い」


 だから言い切る。先ほどもエルシューの前で宣言したが。

 今は“死”を殺すとか考えてもいない。


 「……………それは、分かっている」


 ブレイルは苦虫を潰したような声で頷いた。

 少しの間、何か悩むようにブレイルは顔を上げる。


 「さっきの話、俺なりに理解したつもりだ」

 「……………」

 「……“死の女”。“死の神”はこの世界の死そのもので、アイツを消せばこの世界から死が消える。――それは混沌しか呼ばない。死者が完全にいなくなる世界。それが良い世界だとは俺も思っていない」

 「――なんだ、意外と冷静なんだな」


 ブレイルの言葉にフリバーは少しだけ驚く。

 思っていた以上に彼は冷静に、そう言葉を紡いだのだ。神を殺すと言った男がだ。

それも“死”が無くなった世界に関しても思うところがある。少々わるいが、意外である。


  ――そんなの知らない、“死”は悪だ。倒す。

 なんて、馬鹿げたことを言い出すんじゃないか……。心の何処かで、まだ案じていた。

 だが、そこまで考えられているのなら、この先ブレイルが何を目指そうが、口出しもしない。



 「……だから、でも、分かんねぇんだよ。俺からすれば、どう考えても“タナトス”は悪だ。倒すべき悪なんだ……。だけど――……」

 目の前でブレイルが頭を抱える。苦悩に染まった顔で、唇を噛みしめて。

 ――きっと、彼は“死”を絶対的な悪として判断し、“彼女”を倒すべく日々を奔走していたんだろう。

 だが、此処で新しい問題が発生した。


 “死”を殺したら、消したら、この世界はどうなるか。――その、最悪な問題に。

 フリバーはため息を付く。

 彼は、アレだろう。ブレイルは勇者なのは確かだ。でも、「正解がない」問題に直面したことが無かった。巨悪と呼ばれる存在を倒して突き進んでいった勇者。対峙した者達は其れこそ皆悪党中の悪党だった。

 でも、今回だけは違う。違うとフリバーが叩きつけてしまった。


 「……お前は、この世界に来て一ヶ月、ずっと“死”だけを探していたのか?」

 「……え、ああ」

 フリバーの問いに、ブレイルは迷いなく答えた。

 僅かに絶句する。

この男は本当に本気で一ヶ月もの間、この世界で“死”を倒そうと奔走していたのかと。

 早く帰りたいと願ってばかりの自分とは大違いだ。

 なぜ?――そう問おうとして止める。

 彼は勇者だから、自分とは違う答えを見つけたのだと。判断する。

 だから、出来る限りの助言を。悩む彼に、自分の考え付いた言葉を送る。

 

 「――……お前は俺と目指すものが違う。俺は一刻も早く元の世界に帰りたい。でも、お前はこの世界を救いたいんだろ?」

 「――……俺は……」

 「だったらさ、悩めよ。これからは沢山悩め…。何が正しいか自分なりに考えて、自分が何を行動するか、考えて行動しろ。その結果、俺と違う決断になっても可笑しくもなんともない。俺は、その考えは否定しない」

 フリバーの肯定とも、励ましとも呼べる言葉にブレイルは顔を上げた。

 少しの間、ブレイルは何か言いたげに、しかしきつく唇を噛みしめるばかり。

 「ちがう……俺は……」

 何かを言いたげに、苦し気に声を漏らす。

 その様子を見て、フリバーも頭を掻くしかない。


 なんと言えばいいのか、アレか“死”は此処まで、この勇者の心を抉る様な行動を起こしたのか。

 そして、必死に追っていた相手が、実は倒したら不味い存在であったとか、確かに受け入れるに受け入れがたいだろうが。

 どのようにフォローすればいいのか。


 「――お前から見てさ、“死”は悪か?善か?」

 フリバーが悩んでいると、ブレイルが口を開く。

 その問いに、フリバーは悩むように僅かに口を閉ざして、自身の考えを言葉にする。


 「悪い悪くない。悪か善かっていえば。行動は悪だとは思っているよ。お前たちの話を聞いた限りのなるが。――特に死を告げる行為は悪質だ。死を看取るだけならいいが、死を告げるってのは死刑宣告と同じだからな。それも5分前とか発狂しても可笑しくない」

 「――!だったら!!」

 「俺の考えに縋るな。行動が悪なだけで、存在は悪だとは思っていない。善だとも思っていない」

 はっきりとした答えに、ブレイルはまた無言になる。

 その様子に、フリバーはまた頭を掻いて、何か悩んでから口を開いた。


 「――神なんてな。善も悪もないぞ?あいつらは自分勝手に動いているだけだ。エルシューだって同じだ。アイツは自分の都合で俺達を巻き込んだ」

 「――は?……なんで、そんな」

 「むしろだ、“死の嬢ちゃん”なんてな。可愛い物だ。俺の世界の神様と比べたらな」

 ブレイルは首を傾げる。

 当たり前だ。唐突に始まったフリバーの『神様』の話。

 何故、彼がこのような話をし始めるか、理解が出来る筈がない。

 ブレイルの様子に気が付きながらも、フリバーは続ける。

 

 「例えば、だが。俺の知っている神話の中では、リンゴ一つで戦争を引き起こした神様がいる」

 「え」

 「それもだ。誰が一番美しいか、なんてくだらない理由で。勝手に一人の人間を巻き込んでおいて、いざ自分が選ばれなかったら、戦争が起きた時当たり前にそいつの敵に回った。いや、そもそも戦争の理由を作ったのも神だ」

 昔、それでも覚えている限りの話を続ける。

 ああ、でも話しているだけでフリバーは思う。転生前は唯のお話ぐらいにしか思えていなかったけれど、いざ思い出してみれば、「神様」なんて物は何処の世界も全部同じであるな、と。


 「他にも家族喧嘩で四季が無くなったり、太陽が消えたり。自分の存在を考えず好き勝手動き回る」

 「――……」

 「まあ、これは唯のおとぎ話だ。――でもな、おとぎ話だと笑える話でもない」

 ここ迄は、フリバーも話だけでしか知らないおとぎ話。

 次に思い出すのは、フリバーにとって、心底腹立たしい、事実。


 「俺の世界にだって、神はいる。そして、みんな業突く張りの糞野郎だ」

 「は……?」

 「――例えばだが、女に振られた腹いせで一国を干ばつで絶望させかけたりな」

 「――え?」

 「しかもだ。『魔法の解き方忘れた、助けろ』なんて人間に尻ぬぐいを当たり前に頼んでくる。調べた結果、人なんて簡単に死ぬ洞窟迄出向かなくちゃいけない事実が判明するが、あの馬鹿はちょっとした加護しか渡そうとしない。「報酬減らすぞ」なんて、平気に脅しを駆けてくる」

 「い、いや、あの…」

 「で、命からがら戻ってきたら、『思い出した』なんていう訳だ。――そうだろうな、復讐したいあまり災害の解き方を自分から忘れて、洞窟に封印していただけだもんな?」

 フリバーの手がわなわな震えている。

 いや、本当に思い出しただけでも腹立たしくて、この上ない。

 それでも、怒りを我慢して、一息を付くとフリバーはブレイルに向き直った。


 「――俺が言いたいのは、神が何かを仕出かすたび、一番の苦労をするのは人間だって事だ」

 「――!」

 「アイツ等は自分の事しか考えていない。頭の螺子が幾つか飛んでいる歩く災害。――それを前に、人間はな、巻き込まれるしかない」

 腹立たしいだろ。フリバーは口元を吊り上げる。

 だから。前置きをして、真っすぐに、目の前の少年を見据える。


 「別にさ。わざわざ神同士のいざこざに巻き込まれる必要なお前には無い。神殺しなんて罪を背負う必要も無いし、この世から『死が消える』なんて重荷を抱え込む必要も無い」


 黒い目を前に、ブレイルは息を呑んだ。理解出来た。フリバーが言いたいこと。

 気にかけてくれたのだ。彼は。

 神様になんて巻き込まれなくても良い。エルシューの無理難題を引き受けなくても良いのだと。

 ――ああ、でも。


 無言になったブレイルを前に、フリバーは僅かに笑みを浮かべた。


 「それにだ、別に殺さなくたって、改心させるだけで良いんじゃないか?」

 「――かい、しん?」

 「人の死を告げる。――コレを止めさせるって事だ」

 無言のままの、ブレイルを前にフリバーは続ける。

 ただ、少しだけ言い淀むように、口を開く。


 「…出来るだけ、人前には姿を現さないように、説得する…。これが、一番だと、俺は思っている」

 言葉を言い切ってから、フリバーは口を閉ざす。

 “死”は恐らく、人を看取る存在。その人物がどんな理由であれ『寿命』を迎えた時『死を与える』。ただのそんな存在。恐ろしいのは十二分に分かる。

 だから、出来る限り、彼女には人前に出ないでもらう事。コレが一番手っ取り早くて、犠牲も出な最善。――いや、犠牲は付く。紛れもなく、“死”と言う少女が犠牲者となる。


 誰の前にも姿を現さないなんて、“彼女”の、自由を奪う事になるに等しいのだから。

 それに、もしフリバーの仮説が正しいとしても、“彼女”がどのように人を看取るか、まだ完全には分からないからこそ、この『最善』は得策ではないと言うか、『最善』と言う見せかけでしかないが。


 「でも、俺は出来るなら。もう一回、“死”に在ってみたいと思っている。俺のこれからの行動は“彼女”に在ってからだ」

 これが、今フリバーが考えている事の全て。

 今、彼が出来る精一杯の行動と考え。

 彼の言葉を聞き、ブレイルは静かに口を閉ざして、何かを考えているようであった。

 いや、ちがう。フリバーの考えを聞き、ブレイルは酷く何かに悩んでいる様子だ。


 長い間、ようやくとブレイルは口を開いた。


 「――俺には、まだ、分からない。だって、アイツは……アイツは………」

 「別にいいさ。自分で考えろ。一ヶ月も此処に居れたんだ。納得できる答えを考えればいいさ。手を貸す、貸さないは置いておいて、俺は否定しない」

 「………………」

 無言のまま、俯くブレイルを前に。

 フリバーは一息つくように、椅子に深く座り直す。

 時計を見れば、もう10時を回っている。話過ぎたようだ。まだ、彼とは幾つか話したいことがあったのだが。今日はもう仕方が無い。


 「今日はお開きにしよう。また、明日、そうだな、朝の10時に此処に来てくれ。話の続きをしよう」

 「――まて!」

 ブレイルが言葉を遮る。

 フリバーはため息を付いた。


 「わるいが、もう遅い。明日また……」

 「ちがう、明日は………。俺の……リリーの家まで来て欲しい。――……パルに在って欲しいんだ」

 ブレイルの言葉にフリバーは口を閉ざす。

 彼の住居に行くと言う事は、父を“死”に殺されたリリーと言う少女の前で“死”の話をする事だ。それを拒み、わざわざこの宿に来たと言うのに。

だが、ブレイルの様子は、彼の表情は酷く真剣で切羽詰まった顔だった。

 理解する。彼は何か、どうしても自分に見せたいものがあるのだと。見て欲しい物があると。



 「――わかった。明日は俺がお前の所に行くよ」

 少しの間を置き、フリバーは頷く。

 ブレイルの表情が柔らかな物へと変わる。

 理由は分からないが、ブレイルの言葉にしたがった方が良いと言う判断だった。

 

 ――……さて、これで、本当に今日の話は終わりだ。

 最後の最後にフリバーはブレイルを見た。最後の確認をする。


 「じゃ、そのリリー……ちゃん?その家の場所を教えてくれ」

 これは当たり前の問いだ。

 明日はリリーの家とやらに集まる。

 だが、場所を知らなくては行こうにも行けない。聞いておく必要がある。

 ただ、大まかな情報で良いのだ。フリバーには地図があるから。

 何処の店の、どの近くとか。それぐらいで――。


 「え………。あ、悪い」

 椅子から立ち上がったブレイルが声を漏らす。

 そのまま、何か悩むように、顎に手を添えて。

 フリバーの問いに答えた。


 「えー、大通りを出て……レストランを右曲がって、変なにおいの店がするところを曲がった先だ!」

 「――」


 聞き間違いかな?

 フリバー、小さく咳払いをする。


 「――……あれだ。その家の隣にでも良い。何か店でもなかったか?ソレで良い目印にする」


 この問いに、何故かブレイルは酷く眉を顰めた。

 ものすごく悩まし気だ。一分ほどか、顔を上げる


 「ああ、あったぞ!……えー。雑貨屋だな!興味なかったから名前は知らない!」

 「――……」


 勿論と言うべきか、フリバーは無言となった。

 僅かに冷や汗を流しながら、ブレイルを見る。


 「お前、一ヶ月ここに、いたんだよな……?」

 ――それで、いつも住んで居る家の隣にある店の名前を知らないだと……?

 理解が出来ずに、表情が引き攣る。

 しかし、フリバーの様子に気が付く様子もないブレイルは笑顔だ。

 先ほどの切羽詰まった状態から、抜け出したらしい。

 悪ぶれる様子御なく、当然に答える。


 「ああ!でも、レストランぐらいしか名前は覚えてないからな……!あ、ここの宿屋の飯は上手いから覚えていた!!でもそんなぐらいだよ、皆!別に困らないし」。


 ――……いや、何を言っているんだよ、お前。フリバーは無表情。

 困惑して頭で、それでも冷静を装って、ああそうだ。

 地図を見せればよいのかと、判断。鞄から地図を取り出そうとして。


「つーかさ。わざわざ毎回毎回地図広げている奴は頭でっかちだよなぁ。絶対根暗で、馬鹿で。柔軟な考えも出来ない奴が多いよな!!」



 ――……その発言に、完全に固まった。



 ……

 ………。

 ……………………。


 

 静かな長い沈黙。

 フリバーは黙ったまま、考える。


 この男、今なんて言った?

 地図を見て行動する奴が、頭でっかちで、根暗で、馬鹿で、柔軟な考え一つ浮かばない?

 レストランの名前しか覚えていない?馬鹿か、こいつに言われたのか。

 家に戻る時は感で動いているようなこいつに?

 地図がどれだけ重要か、理解していない。

 嫌、ただ、読めてないだけなんじゃないの、それ?

 冒険者パーティのリーダーとして、日々地図を片手に依頼クエストをこなすフリバーには耐えられない一言だった。

 だって、アレだよ。地図無いと、簡単に皆死んでいくのだぞ。危険なのだぞ。――フリバーの世界はそんな世界だった。


 ――……なのに、目の前のバカコイツときたら。


 そもそも一ヶ月、こいつは、この世界で何をしていたと言うのだ。

 ああ、いや。ハッキリしている。さっき言っていた。

 馬鹿みたいに猪突猛進に走り回っていただけだ。広いこの世界“死”という小さい存在少女だけを探し回っていただけだ。――馬鹿みたいに。


 「まあ、そんな感じで、俺は取り敢えず走り回っていたからさ。だから、地理っていうの?さっぱりでさ」

 フリバーの様子に気づくわけでもなく、ブレイルはにこやかに話す。

 “死”が見つからない?

そりゃ馬鹿みたいに走り回っている存在がいるのだ。“死”だって姿を現すことはしないんじゃないか?

 いや、走り回っていて単に気が付かなかったとかじゃないのか?――だって馬鹿だもの。

 というか、“街”の広さ、しってる? 地図、もってる?ああ、読めないんだっけ。


 「だからさ、実は明日は“街”の外にでて探してみようと思っていたんだよなぁ。――ああ、でもお前と会うからその後にするよ!!!」


 ――ぶちり。

 きっとそんな音。


 フリバーはゆっくりと立ち上がる。うつむいたまま、ぶつぶつ、ぶつぶつ。


 嗚呼、気づいていたさ。気が付いていたが、ブレイルこの男は馬鹿だ。

 そんな馬鹿が、いったいどの口で自分の住み家に来いと?場所も分からないのに。

 少しは物事を見定められる?いいや、撤回だ。


 ――どうやら自分はこの男を過大評価し過ぎていたらしい。

 フリバーは最後に小さく、そう呟いた。


 もう、最初のうちに一応フォローしておくと。

 フリバーも色々我慢していて、ブレイルの発言で限界を突破しただけだ。八つ当たり入っているけど。


 フリバーは静かに口を開いた。


 「――ブレイル。お前少しは考えていると思ったが撤回する。てめぇは激情型で直情型の猪突猛進の考えなしの馬鹿だ」

 「……………はぁ!?」


 唐突の静かな暴言。

 けれど、まだブレイルは気が付いていない。

 目の前の人物が、先程の自分の言葉で、途轍もなく、呆れ果てて、そして怒っていることに…。

 フリバーは顔を覆いながらゆらりと、ぶつぶつ――。


 「いや、いいんだ。そういう馬鹿なやつは知っている。俺の所にも一人いるし、何故かそんな馬鹿でもリーダーが務まっているギルドもあるぐらいだ…だからソレは良い」

 「は…?」

 「――自分の感情だけで突っ走って周りの迷惑も顧みず、後始末が面倒なのは目に見えているのに強行突破。でも何故か結果良しとなる謎の馬鹿。だが後始末は全部こっちの仕事だ。――ああ、まるで神みたいだな。思考回路神なの?考えなしなの?」

 「はぁ!!?おま――」


 「いいんだ。どうせお前は“死”の事しか頭に無かった、無駄に有り余る体力で走り回ってあの嬢ちゃんを探してたんだよなぁ?だったら俺からの貴重な、誰でも手に入れられる情報を一つ教えてやる――いいか勇者さま、この”異世界”はなぁ、他に街も国も存在してない。この『“街”』が異世界なんだ――」


 思わぬ情報に「え?」と声を漏らすブレイル。

 しかし知ったことじゃない。

 フリバー、が勢いよく手を伸ばしたのはその瞬間だ。机と椅子が倒れたが、知ったことでは無い。

 怒りのままに、ブレイルの胸倉をつかみ上げるのである。

 ――ガシっ!!!!って。



 「――……分かったか!この考えなしの馬鹿が!!!頭を使えってレベルじゃねぇぞ!!!!一ヶ月も何してたんだ!?この間抜け!!!その馬鹿な体力頭に回したらどうだ!!馬鹿!!!だいたい走り回って手に入れた情報が少なすぎるんだよ!5日もあればお前が気づいた事、大抵の人物なら全部気が付くわ!!!!マジで間抜けだな!!脳筋馬鹿勇者!!」


 ――ビックリするほどの暴言である。

 さすがのブレイルも一瞬固まった。


 まぁ。今まで冷静だった人物の唐突な豹変だ。驚いて当たり前である。

 だが、徐々に投げつけられた言葉の意味を理解して気のだろう。

 ブレイルの表情も見る見るうちに変わっていった。

 いや、正直に言おう。

 とんでもない暴言による暴言でブレイルも“ブちんッ“と来た。


 迷いも無く、フリバーの胸倉をつかみ上げる。

 ――ガシっ!!!!!!って。


 ここからは、2人の意味も喧嘩が始まるのだが、お付き合いいただきたい……。



 「…んだと!!!!?このモヤシ野郎!!5日で全部わかるだぁ!!ならテメェはこの2日間何してたんだよ!!帰りたいって言いながら街の中の探索だぁ!?帰る気ゼロじゃねぇか!!というか、2日掛けてその程度の情報しか手に入れられてねぇじゃん!!さっすがモヤシだな!!だったら俺からも情報一つくれてやる!知ってるか?この世界ではんだよ!それぐらいも気づかなかっただろばーか!!テメェこそ、その無駄な慎重な性格体力に回したらどうなんだ!!?ひょろモヤシ!!」


 と、ブレイル。


 「はぁ!!!?テメェが馬鹿みたいに体力有り余ってるだけだろ!こちとら、こっちでの暮らしに頭抱えてんのに、テメェは女の所で居候して喰って寝て走り回ってるだけじゃねぇか!!そんなんだから“死”も見つからねぇんだよ!いや、考えなしに“世界を救うー“って突っ込んでいったのか?ああ、それが正解だろ!で、返り討ちにでもあったんだろ!!!ざまぁ!!!!」


 と、フリバー。


 「ああ!!!?ひがみだな!突然異世界に飛ばされたならそれこそ協力者の一人ぐらい見つければよかったんじゃねぇのか!?それとも人見知りで陰気だから見つけられなかったのか?ああ、そうだな!そんなモヤシだもんな!声を掛けても気づかれなかったんだろ!ざまぁ!!!!」


 と、ブレイル。


 「俺がモヤシならテメェはまさに猪だな!じつは走り回ってただけで側に死の嬢ちゃんがいたけど気が付かなかっただけじゃないのかぁ!?チビだもんな!周りの大人で何も見えなかったんだろ!?」

 ……フリバー。


 「だれがチビだ!身長そう変わらねぇだろ!!多重人格の陰気モヤシ野郎!!」

 ……ブレイル。


 「もやしもやしうるせぇんだよ!!それしか思い浮かばねぇのか!!そもそも体格そう変わらねぇだろ!!脳みそ鶏ぐらいしかねぇんじゃねぇの!!?」

 ……フリバー。


 ――うん、争いが幼稚になって来た。

 少し、こちらから擁護フォローするとすれば、ブレイルは一か月間、人の倍は頑張っていた。入り組んだ道を走り回って“死”を探していたし、簡単に言えば一応一通りの神の地域は走り抜けたと言えよう。

 地理は全く理解せず、野生の感で動いていたし、“死”を見逃さなかったかと言われれば……………。


 そして、フリバーはそこまでモヤシじゃない。

 確かに筋肉量ではブレイルに劣っているが、身長は僅かに勝っている。



 ――いや、それよりもブレイルは今かなり重要な情報を口にしたのだが…。


 完全にブチ切れたモードのフリバーは気づいていなかった。

 こうなれば殴り合い一歩手前のただの喧嘩である。


 なんにせよ、もう会話できる状態じゃない。

 ブレイルが“死”と戦ったことも、フリバーが感じる街の違和感も、

 そもそもどうして“死を告げる”存在が一ヶ月もまるで見つからないのか?

 その話は翌日への持ち越しになりそうだ。


 ギャーギャーギャー騒ぐ2人。

 「猪馬鹿」「堅物モヤシ」「馬鹿の一つ覚え脳みそ詰まってんの?」「だったらお前の頭はモヤシだ」

 「意味わかんねぇよ馬鹿」「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ馬鹿豆苗」「微妙に変えてくるんじゃねぇよ」――などなど、永遠に…。

 この2人の喧嘩は、宿屋の主人が聞きつけ止めに入るまで続くのであった――。





 『喧嘩しながら、器用に時計の見方を教えていたわ』





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