2節 フリバー・ライヘルド6



 ――嗚呼、その言葉にブレイルは息が詰まったように、完全に言葉を失った。

 

 考えてもいなかったのか、思いついてもいなかったのか。

 嫌、考えたく無かったのか…。

 フリバーはその様子に呆れた。そんな想像ぐらい思いついて良い物だろうに、と。

 むしろ、だからこそ。この世界の“死”は絶対に『殺せない存在である』という可能性に――。


 ただ、その勇者の様子を見て少なくとも安堵もする。

 この勇者は馬鹿だ。感情だけで後先考えずに動き、考えが至らない馬鹿――。

 しかし、ただ己の感情だけで行動を続ける愚か者でもない。

 ――直情型であるが、『最悪』を想定できない程じゃない。


 ――……“死”と呼ばれる少女は間違いなく、この世界の唯一の『死そのもの』なのだ。

 それが無くなると言う事は世界から“死”が無くなる。つまり『死が無くなる』と言う事。

 死が無くなった世界。その先に待つのは間違いなく混沌だ――。


 だからフリバーは“死”を殺すという事は考えたくも無い。

 そして、たった今、ブレイルも、その事実に気が付いた。


 「――てことだ、エルシュー。俺は少なくとも“死”は殺せない。あの死の嬢ちゃんを殺した結果、この世界にかつてない混沌が広がりました、とか俺一人抱えられることじゃない。けど、どうせ神様お前の事だ。あの死の嬢ちゃんをどうにかするまでは帰してくれないんだろ?」

 「それは…うん…」


 黙り込んでしまったブレイルから視線を外して、フリバーはエルシューに視線を戻した。

 フリバーの言葉にエルシューは素直に頷く。

 ああ、でもきっと、それも仕方がない事だ。

 この世界に住む者にとって、具現化した“死”なんて、どうしようも無い。何よりもの恐怖で悪であり、なんとかしたい存在であるのは違いないのだから。

 そこに人間とか、神様とか関係ないだろう。

 特に“生命”は“死”と言う存在を認めたくないに決まっている。

 自分が想像したモノを殺していく存在など――。

 

 「お前は生命の神でいいんだよな?本にはお前がいるから命が芽吹く。新しい命が生まれて、次世代へと未来が続いていく。そう書かれていたが、お前の能力はそれでいいのか?それ以上は無理なのか?」

 「う、うん。そうだよ…それぐらいしか出来ないけど…」

 「原初の本の事は全部正しいんだな。お前は“死”には勝てない。そして、他の神も“死”には敵わない。――これれいいのか?」

 「…うん」


 フリバーの問いに、エルシューは俯きながらも肯定した。

 その様子に、この“神”に対して、フリバーは呆れと怒りしか湧かない。


 エルシューは“生命の神”。

 命を増やして、次世代へのバトンを繋ぐ神。

 でも、それしか出来ない。

 『命を芽吹かせる神であるからこそ、誰かの命は奪う事が出来ない』

 『死を与える事しか出来ない』

“死”とは対極の存在。


 この“世界”で、不老不死の存在であり。絶対的な力を持ち永遠とされる、原初の神の二柱。

それが“生命”と“死”――。

 そう。あの「原初の神」と言う本にはそう記されていた。


 この“世界”には、他の“神”も存在するのであろうが。

 “彼ら”は“死”には敵わない。“死”の力の前では足元にも及ばない。――これが真実だ。


 だから、どうしようもなく『異世界人』に縋った。

 “神様自分達”が敵わないから、思いついたのが、他人を巻き込むことだった。



 くだらない――

 “生命”だから“死”を殺す事が出来ない?対抗手段が無いから縋るしかなかった?

 だから、なんだと言うのだ。


 つまり結局、自分達が困ったから、どうしようも出来ないことを理由に、

 “世界”から“死”が消え去るかもしれない罪を、フリバー達に押し付けようとしているのだ。それだけだ。

 コレだけで十分、あまりに身勝手で、ふざけるな、の一言でしかない。


 それでも怒りを抑えて、フリバーはエルシューに、もう一つ、最後に重大な問いかけを送る。


 「じゃあ、“生命の神様”。なんでお前は其処まで“死”を殺したいんだ?」

 「そ、それは…。――それは“街”の皆がソレを求むからだ!死にたくないって!“彼女”が怖いって、助けて欲しいって願うからだ!僕は“生命”として苦しむ彼らを見たくない!」


 エルシューの口から出た、絞り出すような、ほんね。

 その答えに、フリバーは苦虫を噛み潰したような顔をするしか出来なかった。


 ああ、確かに。“生命の神”としては苦しいだろう。

 自分が生みだした愛すべき人間モノたちが、死んでいく姿は。

 ――でも、ただ。ただ、だけの理由で、最悪な罪を此方に押し付けていい理由わけになる筈がない。



 「――ふざけるな!“街”の皆が望むから!?そんなくだらない事で俺を巻き込むな!!」

 もう我慢の限界だ。

 フリバーは怒りに任せて、問答無用にエルシューの胸蔵を掴む。

 “神”には怒りを向けない。そう決めていたが、コレばかりは我慢できなかった。

 無理難題中のでも『最悪』を押し付ける上に、この“神”はその後の事を全く考え切れていないのだ。


 「なんだ!お前が造った人間たちにでも助けを求められたのか!?『助けて』『怖い』『“死”を殺して』。それが不憫になって“死”を殺すことにしたのか!?その後の事を考えたか!死が居なくなったその後の世界の事だ!!少しでも考えているのか!?」

 掴みかかるフリバーにエルシューは何も言わなかった。

 ただ俯いて目を逸らすばかり。

 その表情は嫌でも理解出来た。


 「死が居なくなった世界……。その後の世界等考えてもいなかった」

――と。

 その表情を見て、怒りすら遠く飛んでいくのが分かる。

 もう、話にもならない。この“神”には頼る気にもならない。


 そもそも考えなしに手あたり次第人を巻き込む“神”だ。人の話なんて全く聞かずに自分の都合を押し通す様な存在だ。こんな奴に手を貸して、元の世界に戻してもらおうと考えるのが馬鹿馬鹿しい。

 それが愚行だとしても、フリバーには我慢が出来なかった。

 フリバーは舌打ちを繰り出すと、エルシューを突き放す。


 「――……馬鹿馬鹿しい!なにが“生命の神”だ!!」

 今、目の前の恐怖を取り払おことだけを考え。

 その後の未来の事を考えていない存在。それを、神とは呼びたくも無い。

 フリバーは怒りのままに、怒号を向ける。

 自分自身で、たった今決めた判断を。自信の答えを目の前の自称神にぶつける


「俺は絶対にお前の頼みは聞かない!“死”は殺さない!!――……どうしても“死”を殺したけりゃ、そこの勇者にでも他の馬鹿なお人よしにでも頼むんだな!!俺は勝手に元の世界の帰り方を探させてもらう!」


 

 いままで冷静を装っていたが、これ以上は会話をするのも馬鹿馬鹿しい。

 感情のままに、フリバーはエルシューに背を向ける。これ以上の会話は無駄であると、出口へ。

 うしろから「待って」だとか声がしたけど無視をする。


 もう会話は此処までだ。

 こんなくだらない事に付き合っている暇はない。

 そう、ただ怒りのままに、それが愚行だと気が付きながらも、フリバーは謁見場を後にした――。


 残ったのは静まり返る、エルシューとブレイルだ。

 うつむいたまま、エルシューは何も言わない。

 それはブレイルも同じであった。

 ただ黙って、何かを考える様に、フリバーが去っていた場所を呆然と見つめていたのである……。



  ◇



 「ああ!!クッソ……やっちまった」

 白い塔。エルシューの時計塔の近くのベンチ。

 フリバーは頭を抱える様に息を付いた。


 思い出すのは先程の事だ。

 もっと詳しく言えば、先程の神に対しての自身の態度。


 ただ怒りに任せて、神を拒絶した自分の言動。

 ――正直、フリバーは、あそこまで怒りを露にする気は微塵も無かった。


 そうただ今日は自分の推測を確認したうえで、エルシューの頼み事とやらを断るだけのつもりだった。

 エルシューの目的をハッキリさせたところで、断って、もう少し条件を下げて貰おう。その話し合いをしようと思い出向いただけなのに――。


 あそこまで“神”に啖呵を切ってしまうなんて…自分ながら愚かである。

 そもそも元の世界に戻せる“神”は、もしかしたらエルシューしかいない可能性だってあるのに。出来るだけ友好的にしなければと、決めていたのに。

 つい、神様嫌いのいつもの癖が…。


 そもそも、エルシューの目的は一昨日の時点で気が付いていた。

 「死を殺す」全く持って馬鹿らしいが、気持ちも分かる願いだと割り切っていたはずだと言うのに――。


 だから、自分の気持ちが切り替わるまで、会いに来なかったし、出来るだけ怒りは抑えようとしていたのに――。


 だが、あれは我慢が出来ると言うものじゃなかった。

 神殺しで、そのうえ世界から概念一つを消してくれとか。

 簡単に人に押し付けてよい物でない。今後のこの世界の事を考えていない態度も、実に腹立たしい、の一言。

 そもそも、アイツはこちらの身の安全は考えてもいない。


 この世界の“神”の強さなんて知らない。もしかしたら自分達の方が能力は上なのかもしれない。だからエルシューは頼って来たのかもしれない――。なんて、先の見えない、妄想に過ぎない。

 どの世界であれ神は神だ。人間より上な存在だ。

 その存在と戦え、怪我を負って、死んでしまうかもしれない。――エルシューにはこの考えがまるで無いのだから。

 ただ自分勝手に助けてくれと縋って来るだけで、彼らがどう自分達を助けてくれるかも、具体的な例を挙げようともしない。


 異世界人だから命を軽く見られているのか。――そこも腹立たしい事の一つである。


 ただ、それでも…。あそこ迄、啖呵を切るつもりは無かったのだ。――のだが…。


 「――いや、俺は正しいだろ!神殺しだぞ?ふざけんなよ、全く」

 ――と、まあ、このような感じで先ほどから自分を責めたり肯定したりと繰り返しているのである。

 何度も言うが、エルシューの気持ちも分からないと言えばそれは嘘になるのだが――……。

 いや。結果、助けを求める相手が『異世界人』とか絶対理解したくないけど。


 ――と、まあ。このように複雑なフリバー君なのである。


 というか、彼が今ここで頭を抱えて悩んでいるのも理由がある。

 厳密に言えば、「待っている」……と言う方が正しいのだが。は賭けでしかない。

 それでも、フリバーにとってこの世界の有力な情報なので待つしかない――。


 「――なんだ、おまえ……。さっきまでの威勢は何だったんだよ」

 「――」


 そんな彼に向けて声が一つ。賭けに勝ったと言うべきなのか、フリバーは嫌味にも聞こえるその言葉を発した人物を、ベンチの側に立つ人物を見上げた。

 どうやら彼も自分と同じ考えに至ったらしい、僅かながらに安堵する。

 そう思いながら――ブレイルを見上げるのである。


 「……………話がある」

 僅かな間、思い切ったようにブレイルが口にする。

 フリバーがニヤリと笑ったのはこの瞬間。


 「奇遇だな、俺もだ」


 先ほどのエルシューとの会話、アレを聞いてブレイルがどのような考えを持ったか、自分の考えを変えたかは分からない。

 それでもだ、今この瞬間をフリバーは待っていた訳だ。

 何せ彼はフリバーより先にやって来た、「異世界人」なのだから。


 ああ、つまり。今フリバーにとって、何よりもの情報元なのである。

 ここに留まっていたのも彼を待っていたのだ。時計塔から出て来る筈である彼を。

 先程彼の正体を知った時から決めていた訳である。

 今度は彼と話す番である、と。


 「だったら話が早い!――お前は」

 「――とりあえず、場所を移すぞ」

 そうと決まれば善は急げ。

 ただ、今この場で話をするつもりは一切ない。

 こんな広場で、異世界がどうのとか、“死の神”の話だとか出来る筈が無い。

 ブレイルもそれに気が付いたらしい。否定はしてこない。

 そうなれば、話し合いが出来そうな場所に移動する――と言う事になるのだが。

 フリバーはブレイルを見た。彼は少なくとも自分より先に、この“世界”に来ていたのだ。その期間何処で暮らしていたか。話し合いが出来る場所で合ったらブレイルに従うべきだ。



 「…おまえ俺よりも先にこの“世界”に来ていたんだよな?今までどうやって暮らしていたんだ?」

 「え?…ああ、協力してくれる子がいてな…。」

 「ほう…何処だそれは。この近くか?」

 フリバーの問いに、ブレイルは正直に答える。

 どうやら彼は自分と違って協力者を見つけたらしい――と

 その答えに目を細めたのは仕方が無い。

 なにせ、今現在時刻は夕方と呼ばれる時刻だ。話し合いをするなら近い場所の方が良い。

 フリバーの今の宿は此処からだと少し遠い。その淡い期待を持ってブレイルの答えを待つ。


 「あ、ああ。この近くだ。それと実は俺の他にもパルって俺と同じ世界からやって来た女の子もいる。パルと一緒に、その娘……リリーの世話になってる」

 

 ――それって、先程の父親を“死”に殺された人物の事か?

 フリバーは察しがついて、ため息を付く。立ち上がって、自身が泊まる宿屋へ身体を向けた。


 「……なら。俺の宿屋に行くぞ。グレゴリー宿屋ってとこで……ココから遠いが、そこが打って付けだ」

 その様子にブレイルは驚く。フリバーは今、自分の宿屋が打って付けと言ったが、その宿屋は少々遠すぎる。


 「ま、まて!その宿屋は知っている。リリーの家はもっと近くだ!それにパルにお前を紹介したい!」

 せっかく会えた、別の世界とはいえ同じ境遇の人物。合わせたい人物もいる。だからブレイルはフリバーを止めた。話をするだけなら自分たちが今暮らしている場所で十分だと。


 それを聞いてフリバーは足を止め、また大きくため息を付いた。そして舌打ちを一つ。

 ぐるりと身体をブレイルに向け、眉を顰めたままに言い放つのだ。


 「馬鹿かお前!そのリリーって子はさっきお前が話していた、父親が“死”の影響で目の前で殺された子だろう!!その子の前で“死”の話をするのか!?親の仇の話を聞かせるのか!?だから俺の宿屋に行くんだよ!それぐらい気付け馬鹿勇者!!」

 「なぁ!!!」


 バシッと、苛立った様子で正論暴言を一つ。

 思わぬフリバーの暴言にブレイルは思わず固まる。

 「なんだと」と声を漏らすが、しかして、正論。

 腕を組み小さく鼻を鳴らすフリバーを前に、ブレイルはなんやかんやと精一杯言い返すが、どうしようもない。


 結局は彼の言葉通り行動するしか無いのである――




 『彼らは一体何を語るのか』




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