第15話 的中した不安と、託される思い・1

 真っ暗な視界の中、やけに研ぎ澄まされた柊也の耳に届いたのは、甲高い絶叫らしき声と、その次にそばで何かが落ちたような乾いた音。


 音の正体を知ろうと、恐る恐る瞳を開ける。


 すぐに目に入ったのは、見知った刀の姿だ。持ち主を失い、地面に落ちたその身には、青い液体が付いていた。赤くはないが、血のように見える。

 乾いた音の正体はきっとこれ――緋桜ひざくらだったのだろう、と柊也はすぐに理解した。


 ならばすぐに持ち主を探さなければ、と思った時には、頭上から影が落ちてくる。

 それに気づき、柊也が顔を上げた。


「――継!」


 絞り出すようにしてようやく出てきたのは、悲鳴じみた声だけ。


 継が柊也に向かって倒れてきていた。両手を広げ、それを懸命に受け止める。


 細身ではあるが、自分よりも幾分大きな背中を柊也がどうにか抱きとめると、両の手のひらにぬるりとした嫌な感触が広がった。


 慌てて見れば、その手はべったりと赤いもので汚れている。自分の位置からははっきりとはわからないが、継の背には相当な深さの傷ができているのだと思われた。


 継を隔てた向こう側、少し離れたところでは、青い血を流しながらうずくまっている妖魔の姿が街灯に照らされている。


 継は、柊也を庇うために必死になって妖魔を斬りつけ、そして代わりに傷ついたのだ。


 柊也の不安は的中した。

 しかし、こんなものが的中したところで何も嬉しくはない。むしろ外れて欲しかった。


(俺のせいで……っ!)


 継の背に回した両手に、思わず力がこもりそうになるのをぐっと堪える。


 自分を庇ったせいで継が戦えなくなり、この場を切り抜けるのはもっと難しくなった。

 きっと自分一人では何もできない。


 そんな単純なことを思い知った途端、柊也は自分の視界が滲んだような気がした。


「継! おい、継っ!!」


 もう一度、必死になって名前をわめくように呼ぶと、継はわずかにうめきながら、薄くまぶたを持ち上げた。


「……だから、僕を誰だと思ってるのさ。……さっきも言っただろう……平気だって。そんなに震えてたら……浄化できるものも、できなくなるよ……」


 そう言って、青白い顔で弱々しく笑う。


 次には、自分にかかる継の重さが少し増したような気がして、柊也はさらに動転した。


「でも、こんなに血が……っ!」

「……なら、さっさと浄化して、それから僕の治療をしてよ……」


 ずるずると継が崩れ落ちるようにしてその場に膝をつく。柊也も継を支えながら、一緒にしゃがみ込んだ。


「お、俺、攻撃術まともに使えたことない……っ! 浄化なんてできねーよ……っ!」

「……そうだったね。でも、それは君が優しすぎるからだよ。妖魔を本当に浄化してしまっていいか、この世に未練があるんじゃないかって、迷ってしまうんだ……」


 妖魔は死んだ時の人間の感情が元になってるからね、と付け加え、継は苦しげに息を吐き出す。


「だって、この妖魔、優海さんのお父さんだろ!? 浄化なんて無理だ!」


 柊也は声を荒げながら、駄々をこねるように首を激しく左右に振った。


 そう、今目の前で苦しんでいる妖魔は優海の父親だ。正確には、父親が死ぬ時に残した強い思念が形になったものである。


『実体化』した妖魔は絶対に浄化しなければならない、柊也は継から何度もそう教わっていた。


 なぜなら、元々が正の感情から妖魔になったものであっても、『実体化』すると完全に負の感情に飲まれてしまうからである。そして一度飲まれてしまうと、もう元には戻らない。


 目の前の妖魔も、元々は「優海を守りたい」という正の感情から生まれたものだったのだろう。しかし、その思いが強くなりすぎて、とうとう負の感情に飲み込まれてしまった。


 そうなると、もはや周りにただ危害を加えるだけの存在だ。たとえ生前どれだけ大切にしていた家族であっても、容赦なく危険にさらす。

 それをきちんと浄化して成仏させてやるのも、『祓い屋』の役目なのだ。


 また、妖魔が先ほど柊也を食らおうとしたのは、柊也が『祓い屋』としてはまだ未熟で、それなりに力を持った継よりも食らいやすいと判断したからに他ならない。

 周りに危害を加える、その典型的な例だった。


(『実体化』してしまった妖魔は浄化しないといけない。それくらいちゃんとわかってる……っ!)


 けれど、頭ではわかっていても、感情はそう簡単についてはこない。


 その時だった。


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