第18話

「ああ、もうひとり加護を授けなければな。」


「誰にですか?」


「エドガルド・フォル・アズムディル」


「エドに?」


「我が子の親友だ。大切にせねば。」


「親友ではありませんが?」


「照れるな。」


「ただ彼がおせっかいなだけだ。」




宰相補佐である幼馴染のエドは侯爵家の次男だったが私と年齢が一緒だからということで


私の側にいる。


とてつもなく仕事ができる人間だがとてつもなく仕事も振ってくる。


そして完璧に管理できる人間であり性格は穏やかではあるが時に毒舌。




いや、常に毒舌。






愛妻との間に二人の子供に恵まれ、愛妻自慢が激しいのが玉に瑕だが私自体は結婚するつもりも


誰に心を奪われたこともないのでピンとこないまま話を聞いている。


「やつがこの場に入ってきた途端に加護を振らせてやろう。そうだな、花にしてやるか。」


そう言って女神は笑う。




唐突にそして、姿を消す。一体どういうつもりだ?






「飽きたのだと思うぞ。」


そういって笑うルーゼ兄様の姿も薄くなりはじめた。


「兄上、またお会いすることは出来ますか?」


「いつも側にいたんだが?気がついてもらえたその瞬間から次の瞬間がまた恋しくなるな。」


そう言って苦笑いをする兄に私は子供の時のように必死に言ってしまった。


「消えないでいただきたい。」


「エルン、一定の時間しか持たないのだ。神の加護は気まぐれ。私は神ではないのだが


あまりにもお前を心配しすぎるが故、あちらの父とやらが融通してくれている。


なんせアンジェが気に入られているのだ。」


「そしてルーゼ様は銀眼を盾にお父上にお話をなさるのですよ。」


そういってアンジェが笑う。




「お二人は幸せですか?」


「幸せだとも。エルンに会える、レオにも会える。そしてお前が助かることが出来る。」


二人が本当に幸せそうに笑う。生を全うした人たちの笑いだ。


「兄上・・・。」


「エルン、お前は寿命を全うしなければもう二度と私達に会えなくなる。


皇女の力を借りるのはどうしても嫌だろうが、彼女にも神託はそれぞれ降る。


皇女への神託はそなたを治すこと。そして初めてそなたがその相手だと知るのだ。」


「私は・・・多分幼き皇女に会ったことがあります。」


「知っているよ。」


「え?」


「皇女の持っていた薬は効いたか?」


「薬の効かない私が唯一効いた薬です。」


「それは薬が効いたのではないのかもしれないよエルン。彼女が君に効いたのだろう。」


「皇女が?」






私はあの時16歳だった。神託は17歳の時に下るということ。ということはあの時まだ


皇女は4歳だったということか。


もっと小さかったように思ったのだが。






「私の病を治してもらえば皇女を解放できると思ったのですが女神はそうはおっしゃらなかった。」


私は考えながらため息を付いた。


彼女の人生においても自由を与えなければならないのではないか?


彼の国の神託については詳しく知らないため、皇女が何を言われるかもわからないのだ。




私の言葉を聞いた兄は、しばし真顔になり、そして破顔した。






「エルン、そうだな。あの女神は言わなかったが腐っても母だ。エルンのことを


分かっているのだろうな。」


腐ってもなどと女神に使うのは兄くらいではないだろうか?


ジトッとした眼で見上げると、また笑う。




ああ、兄と一緒にいたい。私は子供のままただ形だけを大きくしただけだ。


中身が伴わない。


頼れる人がいればすぐに頼ろうとする。


何が孤高の国王陛下だ。私はただ、一人でいるほうが楽なだけだ。


表立って仲間を増やさないのに心を許した人間にだけ際限なく甘える。


レオルドにも、アンヌにも、影の者たちにも、エドにも。






そして今度は命さえもエルロッドウェイの皇女に甘えようとしている。


情けないな・・・。


そう思ったが仕方ない。私には私の理由がある。






「兄上、消える前に私への神託の本質をお願いしますお教えください。」


「ああ、伝えなければね。エルンハルトよ。その生を一生幸せに過ごし、その後にこちらへ


来ることを了承せよ。銀眼のものは自分の手の届く範囲でそのすべての人を幸せにしなければ


ならないのだ。国王として一生懸命生き、そして幸せに死ぬのだ。


銀眼のことは皇女が許せば公表して構わない。だがしかしそのときは対とする。


お前が国民に知らせるときは皇女もその眼を持つことを知らしめなければならぬのだ。


皇女が認めなければそれは是ではない。


そして、幸せに生きるということは国王としての責務を全うすること。


こちらの世界でも家族を築け。我が国は一夫一妻制である。本当に愛する人を探さねばな。」


「それは無理ですね。」




自嘲とも取れる笑いが漏れる。




誰が媚薬を盛ろうとする令嬢たちに欲情するというのだ。


誰がこの銀眼を恐れずにそばにいてくれるというのだ。


国王であっても自らの血を残さないといけないわけではない。なにせ叔父の息子たちがいる。




「そのようなことは望みません。私の幸せはこの国をより良くすることです。」




「ふふっ。それでも良いのだでも、愛する人を得ればより世界は豊かになるのだよ。」


「私にはいりません。今までそのような感情を持ったこともなければ、好きな人もいない。」


「今まではだ。これからはわからない。」


「兄上にはアンジェがいました。ですが私は要りません。」


「まあ良い。一時消えるだろうが私はそばにいるよ。アンジェもだ。ああ、エルン、


その右耳のイヤーカフを外し、この私達のイヤーカフをつけなさい。


そして外したイヤーカフは皇女がこの国に来た時に送る髪飾りの台金にしておくれ。


私達の加護だ。


銀眼の彼女の銀目ではない時の瞳の色は鮮やかなラベンダー色だよ。分かったかいエルン。


これを台金にしておくれ。彼女の色の髪飾りを送るのだよ。」


「わかりました。兄上、仰せのままに。」






その私の言葉を聞いて兄は満足げに笑う。






しばしの別れだ。


そう胸に刻みつける。


私がイヤーカフを付け替えたのを見て、兄達は少しの間だけだ。また来る。


といって笑って消えた。








この場に残ったのは、私、レオルド、そしてアンヌ。






「これは神託だったのか?」


「ただの弟や妹に会いたがっている同窓会の体を要してたがまあ神託だろう。」


「アンジェは幸せそうだったわ。」


「お前は前向きだなぁ。」


そう言ってレオルドはアンヌの涙を拭いながら腕に抱き込む。


「アーノルドを皇女につけるということで良いのか?」


私が申し訳無さそうに言うと、レオルドは笑う。


「ああ、あいつは実はエルンに憧れているしエルンが頼めば嫌とは言うまい。」


「近衛を退けと言うのは辛い。アーノルドは私も可愛いのだ。」


「王として告げてくれ。父としても導くがエルンは王として頼む。そして皇女を護るから


私達もだ。王の命を守る皇女を護るのだ。名誉なことだろう?」


そんなものなのだろうか。近衛騎士団は私の命を守るためにある。


それをとても誇りにしていることは私も知っている。その対象をいっときでも変えろと


私は告げねばならない。そして・・・






「彼女は私を恨んでいるだろうな。」






あの時背中を優しく叩いてくれたあの小さな子を思う。


嫌われたくはないのになと、なぜか思った。


なぜかはわからずに軽く首を傾げた。






「何だ?小さい時の癖が出てるぞエルン?」


そう笑うレオルドに向き直る。


「何だ?癖って?」


「・・・まあ、知らないならいいんだ。可愛いからな。」


意味がわからない。






バン!!!!!






と、乱暴に扉が開いたと同時に怒声が飛ぶ。






「おい、エルン!!仕事が溜まってるんだ!何を人払いなんか・・・は?」










ああ、本当だったのか。神託は下ったのか。






「これは?」


エドが立ちすくむ。


彼の頭上から花が降ってくる。ハラハラと。


ダスティブルーの小さい小花がハラハラと降ってはエドの金色の髪を飾っていく。


私の髪にも、レオルドの黒髪にも。アンヌの髪にも。




ハラハラと振ってくるこの花は・・・






「加護を与えよう。」






あの女神はそういった。


ああ。たしかにもう神託は下ってしまったんだな。








「神託の女神の加護だ。お前にも分けてやろう。エルロッドウェイの皇女を我が国に呼びたい。


神託が下った。


私に神託が下ったということはかの皇女にも神託が下るということだ。


エルロッドウェイは拒否することはないだろう。丁重にもてなす。彼女の望むことは


すべて叶える。皇女が不便なきよう。


彼の国の皇女が。私の神託の対のものだ。そしてこの加護の花は・・・」






「・・・テスカの花。」


エドの声が低く響く。


「そうだ、エルロッドウェイの国花だ。」








その私の言葉を聞いてエドは顔を真顔にする。












「承りましてございます。陛下のお命を救ってくださる方。私も全力でお仕えしましょう。


加護を受けたということは・・・。」






私の方を見てニヤリと笑う。






「もっと働けるということだ。さあ、エルン書類の決裁は待ってくれないぞ。」


「ぶれないなお前・・・。」






そんな私達をみてレオルドは笑っていた。








これが私に下った神託だ。




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