第三章 ~『流れた婚約』~


 ルーザーとパノラが暗躍する一方で、リグゼはというと、グノムの客室を訪れていた。公爵に相応しい豪華な客室は歓迎を周囲にアピールしているが、リグゼ自身の眉間には皺が寄せられていた。


「どういうつもりか、話を聞かせろよ」

「可愛い弟ができて嬉しいだろ?」

「嬉しいはずあるかよ。あの場では空気を読んだが、無償で人助けしてやるほど、俺はお人好しじゃない」


 盗賊たちから逃げてきた男爵一家。面倒事になりそうな気配が濃厚に漂っている。匿うだけの利点を提示して欲しかった。


「タリー領についてどれくらい知っている?」

「武術が盛んなんだよな。でもそれだけだろ?」

「理解が浅いな。《武王》を輩出するほど武術が盛んで、その軍事力は男爵家とは思えないほどの力を秘めている」

「でも盗賊に負けたんだろ?」

「それが謎なのだ。あのタリー領の精鋭が後れを取るほどの盗賊とはいったい何者なのか。後手に回らないために我々も情報を把握しておく必要がある」

「それを探るのが俺の役目ってことね」


 タリー領はイーグル領とも領地を面している。もし盗賊団がイーグル領へと足を踏み入れた場合に、情報なしでは返り討ちにあうリスクもある。そのために、レンたちを受け入れるよう命じたのだ。


「ならアーノルドからの命令も方便か?」

「いいや、それは真実だ。なぜか王家から後押しがあったのだ」

「あの性悪王子のことだ。何かの罠だろうな」

「ん? 会ったことがあるのか?」

「……過去に色々とな」

「私の知らないところで、リグゼも経験を積んでいるのだな……」

「したくもない経験だがな」


 アリア殺しに巻き込まれた恨みは忘れていないし、転生したから改心したとも思えない。


(あの王子が動いているなら警戒は怠らないようにしないとな)


「リグゼがそれほどアーノルド王子を嫌っているなら、アリアの婚約が流れた話は朗報なのかもしれないな」

「待て待て、婚約が流れた⁉」

「驚かせようと思ってな。水面下で王子とアリアを婚約させようと動いていたのだ。結果は失敗。アリアと結婚するつもりはないとのことだ」

「そ、そうか……」


 アリアが命を狙われたのは婚約した末にアーノルドに利用されたからだ。故に婚約した事実がなければ、悲劇も起きるはずがない。


(アリアの平穏を手に入れられたのか……)


 肩透かしを食らった気分になりながらも、ほっと小さな息を吐く。


「妹の婚約を断られたことに安堵しているのか?」

「相手がアーノルドでなければ祝福していたんだがな」

「それは噓偽りない真実か?」

「まぁな」

「なら私の本心を明かそう。私はレンをアリアの婚約者にしようと考えている」

「義理の弟をか……でも、なるほど、悪くないアイデアだな」


 アリアは外見にハンデがある。だが長い付き合いを経れば、性格で選んでもらえる可能性は高まる。


 しかも相手は男爵家だ。本人さえ納得させられれば、公爵家の令嬢との婚約を断る理由もない。


「そのために俺にレンを預けたってことか」

「納得してくれたか?」

「まぁな……俺がアリアの幸せのため、レンを立派な貴族に育ててやるよ」


 アーノルドとの婚約がなくなり、レンという新しい夫候補が見つかった。ハッピーエンドが現実味を帯びてきたのだ。


 しかしズキリと胸が痛む。


(まさか、嫉妬しているのか……いやいや、アリアは妹だぞ。そんな馬鹿なことがあるものか)


 レンも弟であるということに矛盾を感じながらも、苦しい言い訳で感情を無理矢理抑え込む。きっと娘を嫁にやりたくない父親に似た心境なのだろうと、自分を納得させるのだった。

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