第三章 ~『暴れている盗賊の正体★レン視点』~


~~『レン視点』~~


 レンは臆病な少年だった。叔父のルーザーに利用されていると知りながらも、領主として皆を率いることができないため、代行という形で権力を移譲していた。


(僕も叔父も最低の人間だ。それに比べてリグゼ様は……)


 屋敷に用意された部屋は、男爵には勿体ないほど豪華な客室だ。本来、逃げてきた男爵に、ここまでの部屋を用意する必要はない。


 親切心で厚遇してくれたのだ。だが叔父は、その優しさを意に返さず、フカフカのソファに背中を預けながら、クソッと悪態をつく。


「なんだ、あの生意気なガキはっ! あれが年上である私に向ける態度かっ!」

(この人は立場を分かってないのかな……)


 怒りを露わにするルーザーに恥ずかしさを覚える。相手は公爵、しかも次期領主だ。どちらの立場が上かは口にせずとも明らかなのだ。


 偉そうにされたからと、男爵家の領主、しかも代行に過ぎないルーザーが怒るのは筋違いである。


「まぁいい、まずは拠点を手に入れた。それだけで良しとしよう……だがいつまでもこうしてはいられない。時間が解決してくれる問題ではないからな」


 彼を囲む家臣たちは俯いてしまう。ただその内の一人、鎧を身に纏った若い金髪の青年だけは反応が違った。


 彼の名はジン。レンを守護する部隊の隊長である。彼は鋭い視線をルーザーへと向ける。


「やはり盗賊たちを討伐しなければいけませんね」

「返り討ちにあった貴様がそれを言うのか……」

「私だからですよ。汚名を返上しなければ、死んでも死に切れませんから」

「ははは、そりゃ盗賊に返り討ちにあった兵隊を雇う者はいない。再就職もままならないだろうからな」


 ルーザーの煽りに、ジンは沈黙で返す。悪くなっていく空気を壊すべく、レンが口を開いた。


「あ、あの、リグゼ様から戦力を借りられないのでしょうか?」

「駄目に決まっているだろ」

「で、でも、優しい人だったし、頼めばきっと――」

「盗賊たちの主犯が誰か忘れたのか!」

「そ、それは……」

「そう、てめぇの父親だ!」


 机の上に置かれていた灰皿をレンにぶつける。額から血が流れるが、痛みをグッと我慢する。


「盗賊の親玉が前領主だと知られれば、最悪のケースだと領地没収もありうる。いまは行方不明扱いで誤魔化しているが、それもいつまで持つか分からない。秘密を守り通すためにも、公式な協力を仰ぐことはできない」


 エルド領の領軍を動かせば、それは周知の事実となる。当然、主犯についても調査が入る。ルーザーは大事にはせず、問題を解決するつもりだった。


「ルーザー様、レン様だけが悪いのではありません」

「だが、この男の父親が――」

「それなら、前領主は、あなたの兄でもある。責任を問う資格はないのでは?」

「ぐっ……まぁ、そうだな……私も兄がこんな暴挙に出ると想像できなかった。だからこそ領主の座から追放したのだからな」


 レンの父は、素行が悪く、問題行動が目立つことから、家臣たちの間で領主に相応しくないとの風潮が高まった。


 それをルーザーが利用し、領主の座から追放したのだ。そして子供であるレンを領主の座に据え、自分は裏から男爵家を支配するつもりだった。だが想定外にも、レンの父は盗賊の親玉として、暴れ始めた。


 討伐隊さえ返り討ちにするほどの武力集団は、領内の有力商人を襲い、金を奪った。その脅威から逃れるように、彼らはエルド領へとやってきたのである。


「過去の話をすることに意味はないですし、これからについて話しましょう」


 ジンの提案にルーザーは頷く。


「兄――ランパード・タリーは、《武王》の称号を持つ最強の武術家だ。あの男に勝てる奴は世界に数えるほどしかいない」

「《武王》に匹敵する実力者、例えば《剣王》を味方に引き込むのは如何ですか?」

「駄目だ。仮に実力で上回る者を連れて行こうとも、あの男の固有魔術は、好きな場所へと一瞬で移動できる《転移》だ。逃げられるのがオチだ」

「瞬間移動よりも速く捕える必要があると……そんな方法あるはずが……」

「一つだけある。《時間操作》の魔術だ」

「あの伝説の魔術を使える者がいると?」

「この家のアリアとかいう娘が使えるそうだ」

「それは確かなのですか?」

「確度の高い情報だ。ただ、どうやって協力を引き出すかだな」


 理由もなく、タリー領へと来てくれと誘っても付いてくるとは思えない。まずは味方に引き込み、それから願い出るしかない。


「レン、貴様はあのガキと姉弟になった。懐柔し、我々への協力を引き出せ」

「でも、そんな利用するような真似……」

「これは苦しめられている民を救うためでもある。それでも断るのか?」

「それは……」


 臆病な自分に悪魔の提案を断る勇気を持てなかった。ゆっくりと首を縦に振る。


「話は決まりだな。では私は外を散歩でもしてくる」

「お供しましょうか?」

「いらん。絶対に付いてくるな」


 ルーザーは立ち上がり、部屋から退室する。彼はいつも決まった時刻に、どこかへ出かける。それは今日も例外ではなかった。不審に思いながらも、レンはその場に留まり続けることしかできなかった。

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