45 応援の到着

「がはっ……」

「そろそろか……時間切れの時だな」

「何が……起こって……」


 クライムは立ち上がろうとするが、体に上手く力が入らないのかその場で藻掻くばかりだ。


「貴様の魔族化は完全じゃない。当然そんな状態で力を使い続ければ代償が訪れるだろう」

「そんなことはわかっている……だがこんなに早く限界が来るはずは……」

「ああ、本来はそうだろうな。だから貴様のウイルスの活動を弄らせてもらった」

「何だと……?」


 ノワールは話しながらクライムの元へと向かい、無数の炎を纏ったナイフを彼に向けて投擲した。


「あぐぁっぁぁ……」

「確かにこの攻撃で消費する魔力量は膨大だ。だがそれは貴様の中の魔族ウイルスを活性化させるためのものだ。後は苦痛が降りかかると言っていたな。これもどうやって判断したのかはわからないが正しい。この攻撃を使用する際には死んだ方がマシだと思えるくらいの苦痛が襲い掛かっている。だがそれがどうした? 世界への復讐のためならこんな苦しみ、なんてことは無い」

「馬鹿な、そんなはずが……この苦痛が……?」

「この苦痛……? ははっそうか貴様もか」


 クライムは今にも消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。そんな彼をノワールは馬鹿にするように嘲笑した。


「そうだったな。貴様も完全では無いのだから、代償としてこの苦痛を感じているのか。ふっ、何とも滑稽なものだ。世界を終わらせようとしている者とそれを止めようとしている者が同じ代償を背負っているというのに、それが私にはデメリットにはなっていないのだからな」

「くっ……ここまで、なのか……」

「もう終わりだ。もう貴様は動くことも出来ない。……だが私は違う。例え両腕を斬り落とされようと、痛みが訪れるのはその一瞬だけだ。慣れてしまえばどうと言うことは無い」


 ノワールは今なお鮮血があふれ出している己の両腕の断面を見ながら笑った。


「それにしても、少し残念だ。貴様を少しでも苦しい死に方に誘ってやろうと思ってここまで戦いを長引かせていたのに、まさか既に死に匹敵する苦痛を耐えていたとはな。仕方が無い。このままジワジワと苦痛に塗れて死んで行け」


――――――


 戦線から離脱したアルバートたちは王国内に入っていた。王国内にはこの戦いによって負傷した者が大勢いたが、回復職の者や治療用の道具によって何とか持ちこたえていた。


「……アルバート、大丈夫?」

「ああ。だがもう……」


 アルバートは失った片腕を見ながら表情をゆがませる。片腕ではもう今までのように大盾を持つことは出来ないだろう。彼は改めてそれを理解したのだ。


「……命があればまだ立て直せる。今まで見たいに戦うことは無理でも、きっと……」

「……そうか。ありがとう、エイミー」

「……」


 二人をよそに、アマンダは常に忙しなく動いている。ああは言ったものの、やはりクライムの事が気になるようだ。しかし今更戻ることも出来ないし、そのための力が自分には無いことも分かっていた。ただひたすらに、思い続けることしか出来なかった。


「……待って、魔族の反応が増えた……?」

「え!? それって……」

「この状況で新手が出たってのか?」


 エイミーは魔族の反応を感知した。それを聞いたアマンダとアルバートは驚きや不安といった負の感情を露わにする。今この状況でさらに厄介な相手が増えれば間違いなく国は落ちる。それは二人で無くとも理解できることだった。しかし、エイミーの続けた言葉は彼女たちが予想した事とは違った。


「ううん。これ、多分クライムの反応……。あの時と同じ感じがする」

「クライムの……? でもなんで魔族の反応なんて……」

「あの時ってことは、以前の魔族化の影響か?」

「……わからない。けど、これなら勝てるかもしれない」


 極水龍に鍛えられた3人でもノワールには敵わなかったのだ。当然3人ともクライム一人では勝てるはずなど無いと考えていた。しかし、魔族化の力があるのなら話は別である。3人の中に、僅かな希望が生まれたのだった。


――――――


「ぁ……ぅ……」

「まだ生きていたか。しぶとい奴だ」


 クライムはうめき声を上げながらノワールの方を見る。既に体は動かず、目は虚ろになっている。それでもまだ彼の目は諦めてはいなかった。


「はぁ……これ以上は時間の無駄だな。喜べ、とどめを刺してやる。苦痛から解放してやろう」


 ノワールがクライムにとどめを刺そうとナイフを生み出した時だった。


「はぁ、久々の復活がこれか……」

「ッ!?」


 彼女の後ろに仮面を付けた女性が立っていた。


「貴様、何者だ!?」


 ノワールは即座に後ろに向かってナイフを飛ばすが、その瞬間には女性は前方へと移動しておりクライムを抱えていた。


「いつの間に……」

「おーい、生きてるか」

「ぅ……」

「おーけー、それだけわかれば十分だ」


 女性はクライムを抱えたままノワールから離れて行く。


「待て、逃がすか!」

「その足でどのように追う気だ?」

「……え?」


 ノワールは己の足を確認しようと下を見た途端地面に倒れ込んだ。立ち上がろうとした彼女は足に違和感を覚え、確認したのだが……そこにはひざから下が存在しなかった。


「いつやられた……!? 私に攻撃を出来たのは最初の一瞬だけだったはず……だがその時にはまだ……」

「相手なら後でしてやるから、ここは一旦退かせてもらうよ」


 女性はそのままクライムを抱えて王国内へと向かって跳躍した。


 そうして王国内へと戻った女性は付けていた仮面を外したのだが、その姿を見たその場の冒険者たちは皆驚愕していた。


「ギルド長……?」


 その女性の姿は、つい先ほどまで作戦について説明を行っていたギルド長そのものだったからだ。


「ギルド長さん……じゃねえか。今は」

「おお、久々だなすいちゃんよ」


 やってきた極水龍とギルド長の姿をした人物は親し気に会話を行い始めた。その状況からしてもそうだが、何より最上位種をちゃん付けで呼んでいる時点でこの人物がギルド長では無いことは明らかだった。


「す、水ちゃんはやめてくれって……」

「久々に会ったんだから良いだろー」

「じゃあ俺もきょくちゃんって呼んでやるからな!」

「ああ、呼んでくれ呼んでくれ、どんどん呼んでくれ!」

「……って、そんなことをやっている場合じゃなかったな」


 極水龍は水ちゃんと呼ばれたことを良く思っていないのか『極ちゃん』と呼び返したが無駄だった。そんな会話よりも今の状況説明が大事だと思い返したようだ。


「ああ、なんて説明すりゃ良いのかね。今このギルド長の体にはプライムドラゴン……極龍きょくりゅうの魂が入っている。コイツは訳あって体を失っていてな。こうしてギルド長の、龍の巫女の体を借りることで限定的に復活を果たしているんだ。復活の儀式に少しばかり時間がかかっちまったがな」

「それに、この女性が龍の巫女であることは出来るだけ知られたくは無かったんだけどね。儂の復活を良く思わない存在に狙われないとも限らない。かつてこの女性が住んでいた村が襲われたのも儂のせいだからね……」

「……あれはもう終わったことだ」


 極水龍は重苦しい表情を浮かべてそう言った。


「わかった。水ちゃんもそう言っているし、とにかく今は目の前の事に集中しよう。儂の知らない内にえんちゃんが大変なことになってることだしね」

「ああ、極炎龍が何やらとんでもないことになっちまているからな。恐らくだが、今のアイツには俺でも勝てねえ。だが極ちゃんなら別だ。巫女の体を借りているって言っても能力自体は魂に引っ張られている。ショータ殿が戻ってくるまでにまだ後数分はかかるはずだから、それまで相手を頼む」

「りょーかい。久々の復活だが、きっちりと役割はこなして見せようぞ!」


 未だ状況を飲み込めていない冒険者が大勢いる中、極龍はフレイムオリジンへと向かって跳躍したのだった。

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