43 倫理観って何だっけ

「はぁ……はぁ……せえいッッ!! うぐっ……」


 大盾による一撃で龍型の魔物は弾き飛ばされた。と同時に、その大盾の持ち主であるアルバートは膝から崩れ落ちた。


「アルバート!」

「すまない、少し力が……」

 

 震える足を両手で無理やり押さえつけながら、彼は立ち上がった。何度も何度も魔物の波に巻き込まれては、その度に回復するのを繰り返しているのだ。例え傷は治っても、重なっていく疲労は着実に彼の体を蝕んでいる。既に限界を迎えていても無理は無い。だが、それでも彼は立ち上がった。


「見ろ、奴らの数が減っている。これなら何となるかもしれない……」


 アルバート達冒険者の奮闘によって、魔物たちは確実にその数を減らしていた。無限とも言えた膨大な魔物の軍隊も、今では数えられる程にまで縮小している。


 しかしそこで、この場の誰もが恐れていた事態が起こった。


「グルルゥ……ウガアアアァァァァ!!」

「ぅっ……とうとう奴が動くってのか……」


 それまで一切動かなかったフレイムオリジンが唐突に咆哮をあげたのだ。


「……もう魔力も限界。でも、ここで諦める訳には行かない」

「応援が来るまで、なんとか持ちこたえないと!」


 アマンダとエイミーの二人も既に魔力は枯渇寸前だった。それでも臆することなく、目の前の黒い龍をまっすぐに見据えていた。


 しかし、そんな二人をあざ笑うような声が辺りに響いた。


「おやおや皆さん、無様な姿ですねぇ。でも、ここまで持ちこたえたのは正直想定外だよ。この魔物たちも私の傑作の一部なんだけどねぇ」

「何者だお前は!」

「君たちに名乗る義務は無いね。ただ、一つ言えるとするなら……私は君たちの敵さ。って、ハッハッハ! それは状況的にわかるよねぇ!」


 その声は翔太と因縁のあるあの学者のものだった。煽るように笑うソレがこの場の者全員の神経を逆なでする。


「さて、こうしている間にもアイツはここに向かっているだろうし、さっさと国を滅ぼさせて貰うよ」

「そ、そうはさせるか!」


 一人の冒険者が動いた。しかその直後、彼の周りに炎が現れ全身を焼いた。


「ウアァァッァアッァアァ!? アツイ、アツイィィ!! アツ……ィ……タス……ケ」


 近くにいた冒険者が水の魔法で消火しようとしたが間に合わず、瞬く間に冒険者の姿は消えてしまった。まるで最初から誰もいなかったかのように、何一つ彼がいた痕跡は残ってはいなかった。


「妙なことはしない方が良いよ。フレイムオリジンに敵だと思われたら一瞬で消し炭に……いや、炭すらも残さずに燃やし尽くされちゃうからねぇ」

「ひ、ひぃっぃぃぃ!?」

「お、おい! 落ち着け……ぐぁっ」


 一人、また一人と冒険者たちは冷静さを失っていく。止めようとする者もいるが、暴れはじめた冒険者を止められる者はそう多くは無い。いくら命を賭けて冒険を行って来た冒険者と言えど、己の力で対処出来ない上位存在を前にしてはまともでいる方が難しいのだ。故に、この場が狂気に満たされた地獄と化すのにそう長くはかからなかった。


 しかし、そんな中でも冷静さを失わずにフレイムオリジンと学者を見つめ続けた者たちがいた。


「間違いなく今の俺たちでは勝てない相手だ」

「でも、目的は勝つことじゃない……でしょ?」

「……うん。応援が来るまで持ちこたえれば良い」


 アルバートたち三人は狂気に堕ちることなく、今なお戦う意志を持ち続けていた。流石はSランクパーティと言ったところだ。精神力も生半可なものでは無い。それに勝つことは不可能でも時間稼ぎなら何とかなるかもしれないと、今までの知識と経験から希望を見出せていたのも大きい。


「うん? 何だ、まだやる気の奴がいたのか。フレイムオリジン、ちゃっちゃとやっちゃって」


 学者の合図と同時に、フレイムオリジンは炎の塊をいくつも生み出してはアルバートたちに飛ばした。しかし、そのどれもがアルバートたちに当たることは無かった。


「ああ? なんで避けられんの?」

「魔力の流れがわかる……これなら躱せるぞ!」

「こちとら水龍様に鍛えられてんのよ! 舐めないで頂戴!」

「水龍様……アイツか。あーあまた面倒なことをしてくれちゃって。でも、それはそれで面白いから良いか。新作も試せそうだし」


 学者は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、懐からコントローラーのようなものを取り出しスイッチを入れた。


「さあ、復讐の時だよ。ノワール」

「……私に命令するな」


 どこからともなく全身をローブで包んだ少女が現れ、その一言だけ言って学者の元を離れた。そしてフレイムオリジンへと近づこうとするアルバートたちの前に立ち塞がる。


「これ以上は進ませない」

「なら、無理やりにでも進ませてもらおう」

「……待って。その人、魔族の気配がする」

「なに?」


 エイミーはそう言ってアルバートを止めた。


「確かなのか?」

「……うん。ドス黒い魔族の魔力を感じる。でも何かが変。何か混ざっている気がする」

「混ざっている……か。そうだろうな」


 少女はローブを外し、その姿を露わにした。魔族特有の黒みがかった肌に、龍のような鱗が随所から生えてきている。しかし尻尾は獣人のソレで有り、何とも異質な雰囲気を醸し出している。またフレイムオリジンのように黒い炎を四肢に纏っているのも特徴的だろう。だがその中でも何より異質なのはその顔だった。


「顔が……燃えている……?」


 ドス黒い炎が少女の顔全体を覆っているのだ。


「これか? 案外良いものだぞ。醜い顔を見られる心配が無くなる」

「そういうもの……なの?」

「ああ。だがそんなことはどうでも良い。私は己の復讐を果たすため、世界を燃やし尽くす」

「危ない!」


 アルバートがアマンダを弾き飛ばすのとノワールが炎を纏わせたナイフを投擲したのはほぼ同時だった。

 

「ぐっ……諸に食らったか……」

「今のを察知したか。中々やるな。だがその怪我では次は無い!」

「アイシクルフォース!」

「くっ……厄介な!」


 態勢を崩したアルバートにとどめを刺そうと飛び掛かったノワールに、エイミーは氷属性の魔法をぶちかました。この一撃によって致命傷を与えることは出来なかったものの、アルバートから彼女を引き離すことは出来たようだ。


「やはりこの力に体がまだ慣れていない……か」

「随分と苦戦しているようだねえ。加勢しようか?」

「黙れ。これ以上貴様に貸しは作らん」


 明らかに帰って来る答えがわかりきっているにも関わらず、学者はノワールに声をかけた。案の定彼女は学者の加勢を否定し、自身だけで戦う事を選んだ。


「君のその体はフレイムオリジンの一部を使って培養したんだから、本来はもっと強いはずなんだよ。ここでやられちゃったらつまらないし研究にも影響が出るからさ。何とか頑張ってよねえ」

「フレイムオリジンの一部を……何だって?」


 アルバートは思わずそう口に出していた。あまりにも異質な会話内容に口を出さずにはいられなかったようだ。


「ああそうだよ。この子は君たちのお仲間に一度殺されちゃったんだ。そんな彼女を慈悲深い私は可哀そうに思ってね。何と魔族として生き返らせてあげたんだ」

「戯言を。慈悲深い奴がこんな倫理観のイカれた実験や研究を行うはずが無いだろう」

「でもその研究のおかげで君は復讐を行う機会を得られたんだからさ。少しくらいは私のことを敬ってくれても良いんじゃなーい?」


 あまりにも荒唐無稽過ぎる学者の説明に、アルバート達は理解しきれずにいた。それでも明らかに人が行って良いものでは無いことは察したようだった。


「良くはわからないが、アンタらを放って置いたら不味いってのは十分わかった」

「そう? まあいっか。どうせ全部燃やし尽くされるんだから」

「その前に私に殺されるさ」


 ノワールは投擲したはずのナイフをいつの間にか構え直しており、アルバート達へと殺意を向けている。


「こちらもそう簡単に倒される気は無い」

「……絶対生きて帰る」

「私たちはSランクパーティだもの。そう簡単に倒せるとは思わないことね!」

「良いだろう。無謀と勇気は違う事を教えてやる」


 ノワールは地を蹴り、アルバートへと飛んだ。かと思えば次の瞬間にはエイミーの後ろに回り込んでいた。


「貴様が回復役だな。真っ先に始末させてもらうぞ」

「エイミー!」

「……ッ!?」

「こっちだ!!」


 ギリギリのところでアルバートが盾をぶん投げてノワールのナイフを弾き飛ばした。しかし、瞬く間に彼女はナイフを構え直していた。


「何だ……何をした?」


 アルバートの怪力で投げ飛ばされた盾は、確かに彼女のナイフを遥か後方へと吹き飛ばしていた。にも関わらず、次の瞬間には彼女は何事も無かったかのようにナイフを構え直していたのだ。


「馬鹿が、盾を捨てたな」

「うぐっぐああぁっぁ……!!」


 盾を失ったアルバートは腕で受け止めようと身構えた。しかし丸太ほどもある彼の太い腕は容易く斬り落とされてしまった。


「アルバート!!」

「駄目だ、今こっちに来ては……」

「もう遅い」


 アルバートの前に居たはずのノワールは再びエイミーの後ろに回り込んでいた。


「これで回復は出来なくなる……誰だ!」


 エイミーの首にナイフを突き刺そうとした彼女は、直前でそのナイフを後方へと投げた。


「おっと、危ない危ない……」

「え、その声……」


 アマンダがいち早くその声の主に気付いたようだった。


「なんでここに……」

「……まさか」

「お前……!」


 三人の視線が一人の男へと注がれる。そこに立っていたのは彼らのよく知る人物であり、再会を待ちわびていた男。彼らのリーダーであるクライムだった。

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