20 次の国へ

「いやまさかこんなことがあり得るなんて。……クククッ」


 ヤツは数分間、気もち悪く笑い続けやがった。頼むからさっさと続きを話してくれ。


「アンデッドには消化能力が無いからね。食への執着が満たされることは無いんだよ。でもそれ以外への執着であれば話は別だった。執着していたもので満たされた瞬間、抗体を持っていればその力で正気に戻るようだ。それも、魔族化の力は維持したままでね」


 魔族化の力は維持したまま……か。確かにそれならアルフィーが耐えられるはずの無い攻撃を受けても肉片にならずに済んでいることに説明が付く。


「まさかこんな単純なことで完全なる魔族化に辿り着けるとはね。被験者の中にそんな変な奴がいなかったから気付かなかったよ。」

「それはそうだろうな」


 そんなヤツがいっぱいいられても困る。


「でも、それなら話は早い」

「おい、何を!」


 ヤツはフレイムロードに天井を壊させ始めた。


「俺たちを生き埋めにするつもりか!」

「生き埋め? 違うね。私はこの事実を元にさらなる完全なウイルスを作らなければならないんだよ。もう君たちと遊んでいる暇は無くなったのさ」

「待ちやがれ! ぐっ……クソッ!!」


 追いかけようとしたが、崩れてくる天井から身を守るので精一杯だ。


「決着はまたの機会にしようか。君たちとはまた巡り合いそうだからね」


 こうなった以上、俺たちはヤツを追うのを諦めて地上へ避難することを重視した方が良い。


「アルフィー大丈夫か」

「ああ。何故だか体中から力が溢れてくる」


 魔族化ってやつの影響か。クライムや村長と違って見た目の変化はあまり無いみたいだな。


 結局、そのまま俺たちは地下研究施設から脱出した。だが天井崩壊の影響か地下施設自体が瓦解し、手がかりとなる情報は得られそうになくなっちまった。それに一番の情報源であるあの学者を取り逃してしまったのも大きい。


 だが国王になり替わっていたフレイムドラゴンロ―ドが倒され地下施設も崩壊した今、この国に巣食う闇は一旦無くなったと考えて良いだろう。もちろん残党はまだいるかもしれないが。


「ありがとう。ショータのおかげでこの国は元に戻りそうだ」

「アルフィー……。こちらこそ一緒に戦ってくれてありがとうな」


 俺たちは固い握手を交わし、それぞれの目的のために分かれた。彼はこの国のために今後も全力で戦うことを。そして俺は龍種洗脳についての調査を。互いの道を再び進むこととなった。魔族の力と国への強い思いを持っている彼ならばきっと大丈夫だろう。


 ……最後にめちゃくちゃお願いされて耳を触られたのさえなければ完璧な別れだった。まあそれのおかげで今があるわけだし、少しくらいは良いか。




「そうか。極炎龍は既に敵の手に落ちていたんだな……」


 王国に戻って来た俺は極水龍と国王に今までの全てを話した。村でのナイトウルフのこと。獣王国の事。地下研究施設と魔族化ウイルスのこと。そして極炎龍のこと。全てが二人にとっては想定外の情報だったようで、常に驚愕の表情を浮かべていた。


「通信で妙な動きをしている組織がいるのは知らされていたが、まさかこれほどまでに厄介な存在になっているとはな」

「炎龍様が洗脳されていたとなると、他の街のお仲間たちも既に……」

「うむ、その可能性は高いだろうな」

「となるとまた俺の出番か」


 極炎龍が洗脳されていたとなると、極水龍も確実に洗脳されちまうだろう。そうなればもうどうしようもない。


「しかしショータ殿がいなくなればこの国も怪しいのでは……」

「それならば心配はいらねえよ国王さん。何しろこの国には俺が特訓したSランクの冒険者たちがいるからな!」


 そういえばそうだった。俺がいない間、毎日のように戦わされたってことか。何と言うか色々とお悔やみ申し上げるしかないな。いや死んではいないか。それに一週間の内に何日かは戦わされていたんだもんな。ならきっと慣れてきてはいるだろうし大丈夫か。


「俺直々に鍛えてやったからな。彼らはSランクの壁なんかとっくに突破している。それに危険なのは俺が洗脳されることだ。俺が城内で大人しくしていれば大丈夫だって」

「水龍様のことを疑っているわけでは無いが、本当に大丈夫なのだろうか?」

「安心してくれって」


 正直俺も完全に安心することは出来ないが、それでも他のプライムドラゴンに会いに行かないといけない以上はそうするしかない。この国にとどまっても問題は解決しない。そしてそれは長い目で見ればこの国に襲い掛かる危険がどんどん増えて行くことになる。


「極水龍殿、この国は任せたぞ」

「おうよ!」


 こうして俺はまたしても国を離れ、他のプライムドラゴンの元へと向かうことになった。


 以前と同じようにギルド長さんから色々と旅の道具を貰ってから国を出る。今回の目的地は天空都市だ。そこに向かったプライムサンダードラゴン……またの名を極雷龍ごくらいりゅうと言うそのドラゴンの安否の確認をすると共に、恐らく獣王国と同じように裏で何か起こっているかもしれないかもしれねえからその調査も行う。


 しかし炎龍の力があって良かったぜ。天空都市は遥か上空に存在するっていうからな。もし無かったらスタミナも速度も低い鳥華を使うことになっていたからな。まあ飛んでいるだけでたどり着けるなら以前よりは楽な道のりかな。陸にある国だと飛び越えちまう可能性があったが、今回の場合それは無い。


 しかし俺の考えは甘かった。都市付近までは何の苦もなくたどり着けたんだが、そこからが問題だった。


「ぶぉっ!? うげぁっ!?」


 風のバリアのようなものがあって先に進めねえんだ。


 とりあえず炎による攻撃や爪での斬撃を与えてみるが、炎はかき消されるし爪は弾かれちまう。一切の攻撃を受け付けない。そんな感じだ。仕方が無いからその場から離れて地上へ向かい、近くの街で情報収取をすることにした。


 訪れたのはごく普通の街……って言っても目立ったもんが無いってだけで、これが普通なのかは俺にはわからねえ。ただ王城らしきものが無い辺り王国では無いっぽいな。それに街に入る時の警戒も今までの王国に比べたら遥かに薄い。何かしらの重要な物が存在するわけでも無いみたいだ。


 とりあえずこういう時の情報収集ってのは酒場だよな。俺未成年だけど。いや、ここでは十六で成人って言ってたから俺はもう成人済みなのか。そういえば冒険者登録の時も特に言われなかったしな。


「……」

「……」


 こんな昼間っから酒場に入り浸るような輩だからだろうか。客の目つきが明らかにヤバイ。まともな仕事をしていない……裏社会とかそういう雰囲気だ。だがそういうのは冒険者ギルドでもう慣れているからな。初っ端あんなことがあったからな。もう怖いもん無しだ。


 とりあえず……エールで良いか。酒を飲むのは初めてだが、アルコール自体はそういった特性の妖魔と戦った時に経験がある。死にかけた。それもそうだ。度数百パーは死ぬ。獣宿しのアルコール分解能力が無かったら危なかった。


「エールを一つ」

「おいおいこんな子供がエールだってよ。大人しくミルクでも飲んでおきな」

「その通りだぜガハハッ」


 ……治安が悪い連中はどこでもこうなのか。それか俺が女の子の見た目だからって嘗めてやがるな。


「こんな昼間っから酒を飲むなんて悪い女だぜ」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

「んだとぉ?」


 安い挑発に乗るもんだな。所詮はその程度の輩か。


「俺はこの辺りじゃ中々名の知れた冒険者なんだぜ?」

「そうだぜ。誠心誠意、体で許しを請うんだな」


 取り巻きの方が偉そうなのは何なんだよ。


「先に吹っ掛けてきたのはそっちだろう」

「おいおいこの女、この期に及んでまだ口答えするみたいっすよ」

「仕方がねえ。言ってもわからねえなら……力でわからせないといけないようだな」

「あーあ怒らせちまったな。あの、兄貴……終わったらその女、俺らの好きにしていいっすよね」

「構わん。勝手にしろ」


 ボスのおこぼれを貰うその姿はまさにコバンザメ。ちなみにコバンザメはサメの仲間では無いらしい。


「後悔するんだな」


 喧嘩を吹っ掛けてきた男が俺に向かって拳を振りかざしたその時だった。


「そこの者! また暴行を行おうというのか!」


 一人の騎士が酒場の入り口でそう叫んだ。


「チッ……まだ未遂だ。行くぞてめえら」

「ま、待ってくださいよ~」


 酒場の中にいたあの男の一派はそそくさと店を出て行った。にしても未遂って……やる気満々だったけどこのまま許されるもんなのか。


「大丈夫か。君もこんな時間から酒場に入り浸るんじゃないぞ。この時間に酒場にいる男はろくでなしばかりだからな」


 よく聴けばその声は女性のものだった。


「礼を言うよ。ありがとう」


 一応は助けてもらったことになっているし、礼を言っておくか。面倒事になるのも嫌だしな。


「いいんだ。騎士は民を守るのが務めだからな」


 騎士……か。情報源としては信用出来そうだし色々と聞いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る