第3話

「おいっ!詩音っ!!待てよっ!!」


後ろから引き留める声も無視して詩音は行く場所なんて当てはないけれど、とにかく教室から離れたい一心で廊下を走る。



「はぁ、はぁ、疲れた……。なんで……、あんなこと……」


無我夢中で走った詩音は授業開始のチャイムがなっていたのも気づかずに走り続けた。

動かし続けた足は限界を迎え、静かに静まり返った廊下の壁に背を預けズリズリと重力に任せて座り込む。

息を整えながら膝を抱える腕に頭ごと埋まる。


全身の力が抜けてすぐには立ち上がれそうもないため暫く、一人で先程の出来事によるショックを落ち着けるために静かにここで座って過ごす事を決めた詩音。


すると、足音が徐々に近付き詩音に温かい優しい声が撫でるように降りかかる。


「詩音?」


声をかけられ反射的に顔を上げる詩音。

そこには肩を大きく上下させ呼吸をしている朝生が立っていた。詩音を探して走り回ったのかもしれない。

朝生は優しく詩音を見つめたまま距離を詰めることは無かった。


「せんせぇ……」

そんな朝生を見つめ詩音はこみ上げるように震えた声で口を開く。


「詩音?清晴だろ?」


苦笑いを溢しながら朝生が詩音の目の前まで歩み寄り、片膝をつく。再び諌めるような調子で撫でるように声をかける。


「清晴せんせ……。ぼくっ!」


片膝をつき視線を合わせ優しく見つめ続ける朝生に詩音は瞳を潤ませたまま縋るように震えた声を上げる。


刹那、ふわりと詩音の身体が何かに包まれるように背中に腕が回され朝生に抱き締められていた。

詩音は息を呑み、目をぱちくりさせる。


「詩音。……大丈夫。お前はよくやった……」


朝生が詩音に強く、それでいて温かい声で声をかける。


「きよ……、はる……、せんせぃ。ありがとう……」


詩音はその声と言葉に安堵し、朝生の胸に引き寄せられるように頭を預ける。

洩らすように笑った朝生は詩音の頭を撫でる。


「なぁ、詩音?今から保健室行くか、俺のとことどっちが良い?」


「きよはる先生のとこが良い……」


頭を朝生の胸元にすりすりと擦り付けながら答える詩音。


「了解っ!」と弾けるように笑った朝生はそのまま詩音の脇に手を入れて立たすと横抱きに抱える。

突然の浮遊感に驚いた詩音は必死に朝生の首元にしがみつく。

ご機嫌な朝生は詩音を抱えたまま廊下をスタスタと歩き出した。

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