MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(4)


「あ、大丈夫。お墓の番号が分かるなら。遺伝子鑑定サンプルは用意出来るよ」



 しばらく父の墓の前で思いを馳せて、やって来た墓守の少女に話を聞けばどうやら想像以上にちゃんと管理されているらしい。



「けど、他の墓な可能性もあるんだよなぁ……」


「あそこの周りで、誰か分からないのは155さんだけだったし」



 墓守の少女が、彼女と同じ桃色の髪をした赤子をあやしながら説明してくれる。全ての墓から遺体を取り出しサンプルを回収し埋葬し直す。それだけのことを彼女が中心となりやったのだろうか?



「それに、着ている服もそっくりだし。親子なんでしょ?」


「ああ、お墓を作り直す時に確かめたんだな」



 その言葉で確信した、彼女は全ての遺体と向き合ったのだろう。だからこそこうもキッチリと管理が行き届いているのだ。まぁ合わせたというよりも、危険なスラムで動きやすい恰好を選んだ結果。同じ服になってしまっただけなのだが。


 それを口にするのも無粋だろう。



「えっと、サンプルだけじゃなくて。ご遺体の写真とかもあるけど。そのネットは」


「問題ない、ネットワークが無くとも払える対価は用意は用意してある」



 確かに、この街ではネットワークとの接続が不安定であり。ディサイドの端末もコンツェルトを中継器として利用することでどうにか繋がっている状態だ。


 そんな状態では、ネットワーク決済だけで経済を回すことは難しい。


 だからこそディサイドは、事前に1000CASH分の貴金属を用意していた。同じ技術体系の中で生きているのなら、必要な物資は変わらない。物理的に価値があるものはどんな場所でも取引で役に立つ。



「えぇっと、凄く高くて。100CASHなんだけど……」


「じゃあ、釣りは900CASH――」



 ここでディサイドは自分のミスに気が付いた、こんな場所ならば1000CASHの貴金属は価値が高すぎるのだ。この街で生きるものは1日1CASHで最低限のカロリーを確保していることすら失念する程度に感覚がズレてしまっている。



「え、あ? 1000CASH! えぇっと、えぇっと!?」


「釣りは要らない、って言っても900%困る額だよなぁ……」



 完全に自分の金銭感覚がズレていたことに頭を抱えてしまう。それこそ依頼の内容を考えれば1000CASHの貴金属を渡しても問題は無いのだが。そんな事をすれば墓守の彼女に余計な危険が迫ることになるだろう。


 仮に1000CASHもあれば、切り詰めれば数年間生きる事が出来る。彼女を襲って手に入れようと思うものが間違いなく出てきてしまう。



「ちょ、町長さんの処になら…… 両替してくれる人がいるかも?」


「分かった。ちょっとそっちの方に行ってみる事にする」



 とりあえずは、町長の屋敷に向かう事にする。これなりに大きな街ならそれこそ出入りする商人の一人や二人。いたとしてもおかしくはない。


 墓地から出た時には、もう既に太陽は傾いていた。随分と時間を使ってしまったと頭を掻きながら、墓守の少女から教えられた町長の家にディサイドは足を向けた。



◇◇◇ Mercenary walks in search of change...... ◇◇◇



 気の良さそうな、クロームの左手を持つ町長から。丁度流れの商人が来ていると聞いて街の酒場に向かえば。



「いやぁ、珍しい処で会いましたねぇ。ディサイドさん」



 日が落ちて、活気づいた店内に。見覚えのある細目で猫背の中性的で知った顔が、楽しそうにディサイドに向けて手を振っていた。



「いや、それはこっちのセリフだ。ヤンスド・ナンデーナ」



 いや、ヤンスド・ナンデーナが細かい街を繋ぐ商売をしているのならば。こういう場所に居るのが自然ではあるし納得も行くのだが。妙に親し気に待ってましたと手を振られると自分を待ち構えていたような錯覚に陥ってしまう。



「まぁ、こっちは外に青いコンツェルトがありましたんで。知ってましたが」



 確かに後から来たのなら駐機場を見た時点で、知り合いなら直ぐに分かるだろう。



「しかし、手広く商売をやってるんだな」


「えぇ、まぁ大きな声じゃ言えませんが。結構大きな所からの依頼でヤンス」



 確かに、規模の拡大を行おうとしている企業にとって。彼らの生活基盤をそのまま取り込んで事業を拡大していくことはメリットが大きい。特に実働可能な人手が欲しいと思っている企業。それこそレイリーブルー社辺りだろうか?



「ああ、なるほど。それはそれとして座ってもいいか?」



 だがそれは頭の片隅にでも放り込む。今はただ小銭が欲しい。



「勿論、それで一体どんなご用件でヤンスか?」



 ディサイドは無言で、貴金属のインゴットを机に置いた。その瞬間、酒場の雰囲気が変わる。いや、そもそもの前提として普段ディサイドが出入りしている傭兵組合マーセナリーズシップのカフェスペースと比べて空気が淀んでいるのだ。


 そもそも生身フレッシュの人間が健康に過ごせるだけの安全性が確保されているようには見えない。


 数千年かけて人類が積み上げた建築文化の蓄積を全て投げ捨てて。耐用年数が切れたジャンクで組み上げられた建物は、ここしばらく文明的な生活を続けていたディサイドからすれば。流石に居心地が悪い。


 いや、それ以前に―― そこに住まう【もの】が違う。


 番号ナンバーを持たないからといって人間ではないとは思わないが。けれどそれを差し引いても、周囲から向けられる視線には理性の色が足りているようには見えなかった。



「……ディサイドさん、こういう場所でポイと出すもんじゃないでヤンスよ



 無論悪いのは彼らだけでもなく。何より見知った顔を見たせいで気が緩み、高価なインゴットを無造作に取り出してしまったディサイドにも用心が足りなさ過ぎた。


 店内の人間はほぼ生身フレッシュだが、そうであっても10人近い人数に一斉に襲われてそれを捌けるだけの身体能力も技能も自分には無い。そんな当たり前のことすら忘れて迂闊な失敗をする程度には生身の勘が鈍っている。



「……小銭が、ないんだ」


「ああ、成程。こういう場所ではよくあるトラブルでヤンスね」



 空気がキシんで、通信機の向こう側でアイリスがこちらの合図を待っているのを感じる。最悪街中にコンツェルトを突っ込ませれば。高い確率でこの場から生きて帰れるだろう。


 だがそれは、この街で出会った少年や、墓守の少女や、クロームの左手を持つ町長。そしてこの街の営みを蹂躙する事だ。


 自分のミスのツケを、そう清算出来るとしても。やりたくはない。



「ふーむ、しかし。あっしも手持ちはそうない訳で――」



 一触即発の空気の中、ヤンスド・ナンデーナが口角を吊り上げて。



「という訳で、ディサイドさん。ここは店の皆にぱぁっと奢っちゃいましょ!」



 ただ一言で、場の空気をひっくり返す。

 


「結局、必要な小銭は幾らでヤンス?」


「50CASH、だけど……」


「じゃあ、900CASH分! 料理と酒をお願いするでヤンス、マスター!」



 次の瞬間、酒場の空気が爆発した。



「900CASH! こりゃ、久々に真っ当な酒が出せるぞ!」


「お、おれ知り合いも呼んで来るわ!」


「マスター! シティの方の合成食とかも出るよな? 出せるよな!」



 仮にここでディサイドが奢る事を否定すれば、あっという間に状況は元に戻ってしまうだろうが。950CASHで穏便に乗り越えられるのなら文句はない。


 決して安くはない金額であっても、自分のミスで敵でもない他人を踏みつぶさなくて済むのなら気分的には楽だ。



「手数料、50CASHでいいのか?」


「今話題の新人登録傭兵ルーキーマーセナリーズに借りを作れるなら安いもんでヤンスね」



 まぁ、借り一つは妥当な所だとディサイドも考える。下手をすればヤンスド・ナンデーナも鉄火場に巻き込まれていた可能性を考えれば。危険に晒した上で、尻拭いまでして貰ったのだから。



「しかし、なぁナンデーナ。そいつ登録傭兵マーセナリーズで、ディサイドってまさか……」


「そう! あのオリンポス杯でレイリーブルーを準優勝に導いた立役者でヤンス!」


「なんか、駐機上に青いAMが止まってたけどよぉ。すげぇマジでマジか!?」



 あれよあれよという間に、ヤンスド・ナンデーナの話術で酒場の空気が緩んでいく。アキダリア傭兵組合マーセナリシップとも違う。今まで味わったことのない視線だが先ほどまでの敵意は完全に消えていた。


 ほっとした瞬間、しとしととした雨音が耳に届く。



(相棒バディ、そちらは盛り上がっているようですが。この街に接近する機影が複数)



 しかし、心が緩み切る間もなく。アイリスが不穏なささやきを投げかけて来た。周りとヤンスド・ナンデーナに対し、軽くリストバンド端末を掲げ通信が入ってきたと示して返事を返す。



「数は?」


(最低でもAMが4機、ドローンが10機…… 推定所属は不明)


(野生種のAI…… の可能性は1%もないか)



 もし、これほどの数の戦力が襲い掛かって来るのなら。この街はここまで繁栄する前に消滅していただろう。発展した結果、エサ場として認識された可能性もゼロではないが。相手が野生であろうとなかろうと、やることは変わらない。



「悪い、皆。ちょっと用事が出来た」


「なんだよぉ、奢りは無しとは言わねぇよなぁ」


 

 カウンターで料理の梱包を解き、酒を出し始めたマスターから少し不安そうな声を掛けられた。ここで900CASHの支払いは無しだと言われれば、店がつぶれかねない以上そういう不安が出るのも分かる。



「言わないけど、飲み物の1杯も。料理の一つも食べないのは悪いと思ってる」


「なんだぁ、有名人と酒が飲めるって思ったのによぉ」


「雨降ってるんだろ、用事なんて後回しでも良いんじゃねぇか?」



 完全にどんちゃん騒ぎを始めようとしていた連中から、残念そうなヤジが飛ぶ。ただ先ほどまでと比べれば他人を思いやる気持ちの一つも感じられる。



「……リアルタイムで戦術記録コンバットログを回してもらってもいいでヤンスか?」



 ただ一人、ヤンスド・ナンデーナだけは状況を理解して、端末を取り出す。



「いつも会話してるタイムラインに流しとくよ」


「ディサイドさんなら余程のことが無ければ、大丈夫だと思うでヤンスが」



 そもそもディサイドが抵抗すら出来ない戦力を投入しても、現時点でこの街には金銭的な価値は存在していない。


 都市の再開発を邪魔するためにNo.666ブロッサムストームを投入するような前例はあるが。アレだって彼女という見せ札を叩きつけた時点で、雇われ傭兵は逃げ出すという前提で行われたミッションであると考えた方が自然だ。


 もっとも、レイブ4機ですら投入する戦力として過剰と思えるが。ある程度のイレギュラーを見込んだものだと考えれば理解出来なくはない。



「まぁ、なんかアレだ。面倒ごとが終わったらちゃんと戻って来いよ」



 酒場を出ていくディサイドに、酒場のマスターが声をかけてくる。



「900CASHもあれば、今いる連中が知り合い連れて来て一晩中騒いでるからよ」


「分かった、朝までになら99%戻ってこれる」



 そういえば、主観クオリアボディを持つ店員がいる店に来たのは初めてだったと思い返しつつ。ディサイドは盛り上がる酒場から、雨降る夜の中に足を踏み出した。



◇◇◇ Someone's conspiracy advances in the rainy night...... ◇◇◇

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