観測者(デバッカー)

 フラップは村の近くを流れるチチェン川のほとりに腰掛けて、釣り糸を垂らしている。遠目から見れば微動だにせず、ただひたすらに獲物が掛かるのを待っているかのように見えるが、その実、両手は忙しなく動いていた。フラップの視線の先には複数のコンソールパネルが開閉を繰り返している。

「表題をどうするかだな」フラップは手を止めて宙を仰いだ。考え事をするときの癖だ。

 フラップの仕事は、この世界の不具合バグを見つけて管理者に報告をあげることだ。所謂「デバッカー」である。大した額ではないが、毎日のんびりと釣りをしているだけでも給料は毎月同じようにもらえた。フラップはそこが気に入っていた。しかも、重大な不具合を発見した場合は、特別ボーナスが出ることもある。

 フラップは入力フォームに『アイテムの所持者判定の不具合に関連する無限販売について』と打ち込んだ。

「まあこんなところか」

 仮想世界メタバース『グラン・トピア』のクローズドαテストからデバッカーとして参加していたフラップは、この世界へ初めてログインをしてから既に1年以上が経過していた。現在はオープンβテスト中で、約20万人のテストプレイヤーが参加している。正式サービス開始直前なので、既に大半の不具合は解消されていて、デバッカーは数えるほどしか残っていない。フラップがキャラクターメイクの際に、種族をあえて一番人気の無い「ヒューマン」の男性にしたのは、同種族のデバッカー同士の争い避けるためだったが、今となってはその意義は皆無に等しかった。

 しかし、フラップはを証明するため、あえてこの世界に留まっていた。


 フラップは不具合報告書バグズレポートを書き終えたが、そこはかとない罪悪感を感じて、送信ボタンを押すのを躊躇った。というのも、実のところ報告した不具合を発見したのは自分ではなく、リンネという名の「NPC」だったからだ。

 NPCとはノンプレイヤーキャラクターの頭文字を取った略語で、プレイヤーが操作しないキャラクターのことである。メタバースが流行するかなり前から使われていた言葉で、その当時のNPCは、プレイヤーをメインシナリオへ上手く誘導するために、プログラムされた数パターンの台詞を言うだけの存在であった。しかし、AIが発達した現在、NPCはデバッカーやシーカーと自然にコミュケーションが取れる存在となっている。

 それにしてもあのリンネという名のNPC、ここ数ヶ月でいくつもの不具合を発見しているのはただの偶然だろうか。

「ちょっと確かめる必要があるかもな」

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