第3話 パポピ頑張る

 パポピは結城家の一員に認められ、客間が臨時の彼女の部屋になった。マサキはこの両親の決断に不満を訴える。


「どうして別の部屋にするの? 僕の部屋でいいじゃん」

「逆に、どうして一緒にいたいの?」

「だって、色々聞きたいし……協力したいんだ。パポピが元に世界に戻るための」

「寝る時に夜更かししちゃうからダメ」


 彼がどれだけ訴えてもママはその意見を尽く却下。話はずっと平行線を辿ってしまい、仕方なくマサキも自分の訴えを取り下げる。このやり取りを見ていたパポピはどちらの味方をする事も出来ず、ただただオロオロするばかり。

 ちなみに、パパは目の前で繰り広げられたこの舌戦をニコニコ笑顔で見守っていた。


 翌日、パポピはマサキママに起こされる。彼女は一時的にスリープ状態になっていただけなので、声をかけられた瞬間にすぐに目が覚めた。起き上がって軽く身だしなみを整え、部屋のドアを開ける。


「おはようございます。何をしたらいいですか?」

「おはようパポピ。まずはみんなでご飯を食べましょう」

「え……? あ、はい」


 パポピはマサキママの言葉に一瞬戸惑ったものの、すぐにそれに従う。言われるままに台所に向かうと、既に結城家メンバーが揃っていた。男性陣から朝の挨拶をされ、彼女も事務的に挨拶を返す。

 そんなやり取りをしていると、マサキママは開いている席に座るようパポピに促した。


「さあ座って。パポピは好き嫌いは?」

「いえ、何でも食べられます」

「良かった。じゃあ同じものでいいわよね」


 パポピの座った席に結城家の今日の朝食メニューが並べられていく。白いご飯に味噌汁に焼き鮭にキャベツの千切り。よくある日本の和食朝食だ。全員の準備が整ったところでマサキママも席に座り、全員で手を合わせて食事が始まった。パポピもこの様子を見て学習しながら同じような行動を取る。食事中に家族間で世間話をしたりしていたものの、当然、部外者のパポピは参加出来ず。ただ、その内容は今後のコミニュケーションのために記録していった。

 やがて朝食も終わり、マサキは学校に行くためにカバンを肩にかける。


「じゃあパポピ、僕は学校に行くね。ママと留守番よろしく」

「はい、いってらっしゃい」


 彼は手を振りながら、笑顔で登校していった。マサキパパも仕事で出社していき、家にはマサキママと2人きり。この状況になったところで、彼女は早速家の手伝いをしようと動き始める。調査用ロボとは言え、この時代の家事手伝いは未経験だったために何から手を付けていいか分からない。

 パポピは、食洗機のセットを終えたマサキママの前に立った。


「えぇと、パポピはどうすればいいのでしょう?」

「そうね、じゃあまずは窓拭きからやってみる?」


 パポピはマサキママに教わりながら家事を覚えていく。掃除、洗濯、料理、この時代のそれらの方法をひとつひとつ理解しながら覚えていく。人間らしい曖昧さで説明された場合は最適解を得るのにトライアンドエラーを繰り返したものの、一度正解を導き出せれば二度と間違う事はなかった。そこはやはりロボの優秀さだろう。

 マサキママの監督の元、一週間も家事の手伝いをしていれば通常行う一般的な家事はほぼほぼマスターしてしまう。この結果にはマサキママもニッコリ。


「本当、パポピちゃんは覚えがよくて助かるわあ。流石はロボットね」

「この家に置いてもらえるのですから当然です」

「家の事は出来るようになったから、次の段階に進みましょうか?」

「え?」


 マサキママはパポピに似合う服を買ってきて彼女に着せる。量販店の一般的な服でデザイン的に無難な服はパポピによく似合っていた。調査用だけに標準的な体型に作られている彼女は、どんな服でも着こなせるポテンシャルを持っているのだ。

 パポピが今まで着ていた服は色んな外界の情報を取得するための機能もある。現代にやってきてすぐに現状を把握出来たのも服の機能を駆使したおかげだ。そのため、現代の服を着た彼女は軽い不安を覚える。


「ママさんが言う通りに着てみましたけど、もう脱いでいいですか?」

「ダメよ! これから一緒に買物に行くんだから! あの服はこの家の部屋着ね!」

「買い物に?」


 パポピはマサキママの行動源理が分からずに困惑する。現代のものでない異物がむやみに人前に出ると言うのは混乱のもとになりかねない。パポピがいくら人間そっくりと言ってもそこはロボット。正体がバレるリスクは少ない方がいいはずだ。それに、そんなロボを匿っていた事が分かったら結城家にも迷惑がかかるかも知れない。

 パポピから拒否オーラーが出ているのを感じ取ったマサキママは、不機嫌な表情を浮かべながら両手を腰に当てる。


「いい若者がずっと家に引きこもってどうするの。たまには外に出なきゃ。買い物もそうだけど、この街の事も色々教えてあげる。遠出は無理でも、せめてこの街を楽しんで」

「分かりました。やってみます」


 グイグイ来るマサキママの勢いに押し切られたパポピはコクコクとうなずく。了承を得られたと言う事で、早速2人はこの日の昼下がりに買い物をしに近所のスーパーに向かった。

 道中、先導するマサキママは地元周辺の基礎情報を雑談を交えながら説明していく。


「ほら、この辺は田舎だから自然が豊かでしょう。あの山はねえ、春には桜が見事なんだよ。今がその季節じゃなくて残念。パポピちゃんにも見せたかったな」

「桜と言うと、この国の人が一番好きな花ですよね」

「そうそう。いつの間に勉強したの?」

「パポピは情報収集のために作られましたので」


 パポピは平常モードでボソリとつぶやいただけだったものの、その返事を聞いたマサキママはニマっと笑うとウィンクをしてみせた。パポピはその想定外のリアクションに戸惑う。


「勉強熱心でよろしい! 私、パポピちゃんのそう言うところ好きよ」

「ど、どうも」

「覚えも早いし優秀よね。マサキもあなたみたいだといいのに」

「パポピはロボットですので……逆に人間の方が優れているところもたくさんあります」


 パポピが謙遜すると、マサキママはやっぱりいい子ねと言いながら彼女の背中をバンバンと叩く。パポピが作られた時代も、調査にあたっていたもっと未来でもこう言う行為は未体験だったため、彼女は情報の処理が追いつかずに動きを止めた。


「何故叩くんですか?」

「何? あ、叩かれるの嫌だった? ごめんね。パポピちゃんが可愛かったから」

「嫌ではないです。親愛の表現なのですね」

「そうそう、愛情表現よ」


 それから彼女は周辺の地形を覚え、店などの位置情報を把握。スーパーでも買い物も何を買うべきかなどの情報もマサキママの指導の元、しっかりと学んでいった。


「この半額シール、貼られるのが大体今くらいだから覚えておいてね。入店してまだ半額じゃなかったら貼られるまで待つの。多分時間的な誤差はあんまりないから」

「分かりました」

「買い物はお得に楽しくね。後は家族の好きなものを教えるから、私が見落としてたらついでに買って欲しいかな。あでも、家にストックがあったら買わなくていいから。それと、マサキがお菓子をねだっても私の意見優先ね」


 こうして無事に買い物を終えた2人はスーパーを出る。帰り道の道中、マサキママは暮れて行く西の茜空を見ながら髪の毛を手ぐしでなでた。


「パポピちゃん、この世界はどう?」

「平和でいいですね。パポピが作られた時代も同じような感じです。夕焼けの景色も同じ。変わりませんね」

「でも人類は滅びちゃうんでしょう?」

「いえ、文明がやり直しになっただけです。そもそも、人類が滅びたらあなた方はここにいません」


 その後もマサキママはパポピに対して好奇心の赴くままに質問を続け、様々な事を知っていった。何度も興っては滅びた人類の文明の事、人類に関わる人類以外の存在の事、今より未来の事、パポピが作られた時代の事――話の途中で家に着いてしまったので、マサキママはニマっと満足げに笑みを浮かべる。


「今日はパポピちゃんと話せて、行き帰りがあっと言う間で楽しかったよ。慣れたらお使いを頼もうと思ってたけど、これからも一緒に買い物しよっか」

「ええ、喜んで」


 こうしてパポピはマサキの家族と少しずつ親密になっていった。マサキパパは古代文明とかの話が大好物で、仕事は終わったらまっすぐ帰ってきて夕食後は彼女を独占してしまう。楽しそうに話し合う2人を見たマサキは無理やり会話に混じっていた。

 そんな流れでマサキも都市伝説的な話に詳しくなっていく。巷に溢れる都市伝説と違うのは、パポピと言う本物がいると言う事だ。つまり、真実のような嘘ではなく、嘘のような真実。結城家に楽しい家族の時間が戻ってきて、マサキママはニコニコ笑顔でこの光景を見守っていた。


 昼間のパポピは買い物に行って顔を覚えられたり、その道中で困っている人を助けたりと、少しずつ地域の人々との交流が広がっていく。いつも丁寧な受け答えで裏表のない性格が受け入れられ、いつの間にか彼女は御近所の人気者になっていった。

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