第3話 青い目の少年・ジェロ

 声を出そうとお腹に力を入れる。

 それから一気に発声の定番である「あー」と言おうとした。


「……」

 でない。

 口から息が吐きでるだけで音が全くしない。

  

 嘘だろう。

 声がでないなんてありえない。

 なにかの間違いだ。

 意識を喉に集中させた。


「……」

 またでない。

 いや、そんなはずはない。

「……」

 えっ?

「……」

 口はたしかに動いている。

 でも、発声されない。

 なぜ?


 まさかと思い、もう一度言葉を発しようとした。

「……」

「……」

「……」

 何度挑戦しても口パク状態になるだけ。

 全く声がでなかった。


「おまえ、話せないのか?」

 少年が戸惑っている。


 いや、違う。

 覆面男に首を絞められているさなか、声を出した記憶がある。

 だから、話せないのではない。

 話せなくなったというのが正解。

 それを伝えたい。

 話す以外に現状を伝える術はないのか?


 そうだ!

 閃いた。

 話せないなら書けばいい。

 幸い、地面はアスファルトではなく土だ。

 急いで指で文字を書く。


『首を絞められて話せなくなった』


 これで伝わる。

 そう思い、少年を見た。

 平仮名と漢字を眺めている。

 それから軽く首を傾げ、うなり声を発した。


 少年の態度がおかしい。

 なんだろう?

 僕は腕を組んで考えた。


 そうか。

 ようやく考えの甘さに気づいた。

 ここは僕が住んでいた世界とは違う。

 言語が異なっていて当然。

 

 いや、でも待てよ。

 僕も少年と同様に首を傾げた。

 言語が違うのなら、どうして話し言葉が理解できるのだろう?

 文字はダメだが言葉は通用する——。

 矛盾している。

 ツッコミを入れたいところだが、不思議だけどそういう設定なのだと納得するしかない。

 そうしないと、これからの異世界生活に適応できないだろう。

 

「これ、暗号か?」

 少年は僕が地面に書いた文字を興味深そうに見ている。


 暗号?

 僕にとっては日常的に使っている文字。

 でも、この世界では通用しない。

 この異世界が中世ヨーロッパに近いのならば、使う文字はローマ字。

 ならば、平仮名と漢字が暗号に思えても仕方ない。


 返答に困った。

 話せない以上、思ったことを伝える手段がない。

 たとえそんなものがあったとしても、転生という概念を理解できないだろう。

 僕は否定も肯定もせず、黙って少年を見つめた。

 

「話せないんだな」

 念押しするように少年が聞いてくる。

 ——そうだ。

 僕はうなずいた。

「そっか。家族はどこにいる?」

 少年は困ったように頭をかき、辺りを見渡している。

 ——いない。

 首を横に振った。

「いないのか?」

 ——この世界にはいない。

 少し間を置いてから、首を縦に振った。

「名前は……って、話せないし文字が書けないんだよなぁ」

 少年が腕を組んだ。

「年は?」

 質問されたのと同時に勝手に右手が動く。

 五本の指を立てた。

 転生してすぐ、俯瞰ふかんしてこの世界が見えた覚えがある。

 そのとき、覆面男に追いかけられた幼い少年がいた。

 目撃したけど、はっきりとした年齢はわからない。

「五歳か」

 五歳?

 誰に聞いたわけでもないのに、自然とうなずく。


 僕のことではないのに、なぜかわかる。

 だったら、少年の名前は?

 自問してみる。

 でも、なにも浮かんでこない。

 都合よく覚えていたり、覚えていなかったり。

 なんとも統一感のない設定なんだ。

  

 ただひとつ、はっきりした。

 転生にはいろいろなパターンがある。 

 僕の転生における設定。

 それは、十八歳の僕が五歳の少年の体に入りこむ憑依ひょうい型転生だ。

 

 転生ってこんなものなのか?

 疑問が浮かんだ。

 憑依型であるのはいい。

 問題はそこじゃない。

 転生していきなり首を絞められ、命の危険にさらされた。

 挙げ句の果てに話せなくなる始末。

 こんな苦労を背負わされるのはおかしい。

 転生といえば、楽して誰よりも有能になって世界を謳歌おうかできるはず。

 それなのに……。

 この現状は現実の僕より悲惨ひさんじゃないか?


「俺はジェロ——ジェロディだ」

 ジェロの言葉に僕は我に返った。

 青い大きなキラキラした瞳が僕を見ている。

 暗雲立ちこめるこれからの転生ライフ。

 そのなか、一筋の光のようにジェロの瞳が輝く。

 僕は神様を崇めるようにジェロを見つめた。


 こんな容姿なら、人生楽しいだろうなぁ。

 女の子にはモテるだろうし、見るからに有能そうだ。

 同じ憑依型転生なら、ジェロになりたかった。

 どうして、弱そうな子供になんか憑依してしまったのか……。

 考えてもしょうがないと思いながらも、愚痴ぐちりたくなる。

 

「一緒に来るか?」

 ジェロが僕に向かって手を差しのべた。


 一緒に?

 僕はジェロと手を交互に見つめた。


 どこの誰かもわからない相手と一緒に行く?

 僕の視線がジェロに移動したところで、目が合った。

 澄んだ湖のような青い目をしている。


 この世界は僕にとって完全なアウェイ。

 頼れるものはなにひとつない。

 この手、以外は。

 僕は迷いなく手を取った。

「できる限り協力してやる」

 ジェロは満面の笑みで僕の手を握りかえした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る