第17話 王宮都市マンダレー


「あんた、子供産んだことないから分からんげん。そんな人が教員しても何を教えられるん。子供産んでからもの言えや。」

 嫌な汗が噴き出す。

 まどろみの中で、ここは異国なんだ、夢を見ているだけだと自覚する中で、もう一度深く思い出して、傷つこうとしている自分もはっきりと把握する。

 仕事をすっきりと忘れて旅をすることは理想ではあるが、なかなか困難であることも既に理解している。ましてや教育職と言う責任とストレスの塊みたいな仕事についていると、忘れられるはずがない。気づいたら学校からメールが来ていないかチェックしたり、チャットでの報告も朝晩チェックしていたりする。有給休暇であって休暇でない。指は常に仕事中。ただ学校へ行かなくて良いだけであって、気付いたらチャットやメールで仕事をしたりしている。保護者対応なんてその最たるものだ。

 自分より弱そうなものを見つけて、糾弾することで自身の存在の確立に努めようとする人も時たまいる。だが本当にその人は弱いのかということに関して、冷静に分析する必要性がある。弱いということは強い、ということもありうる。弱さを魅力に変換し、世の中を泳いでいる、したたかな人だっている。弱者を叩くと逆に火の粉が降りかかってくることがある。だからこちら側の論は振りかざせない。


すなわち相手側は、『弱いということは強い』ということを分かっている。


 今の時代の保護者はそうだ。こっちが手出しできないことをはっきりと承知した上で、大胆に足を広げてくる。学校からしたら私たちは弱いでしょ、という姿をうまく利用して、人の行為のあら捜しをして糾弾してきたり、隙をついてくる姿は、まさしく分かっている証拠の行動。そういうときの親御さんの表情は、最高に美しい笑顔を見せてくる。相手を叩きのめす気満々。何をやっても相手が元々悪いんだから、こちらはやり放題。初めから勝利を確信しているからだ。

 久々にそんな姿が夢に出た。

 昨晩の夜行列車が酷すぎて全く眠れず、マンダレーの宿がアーリーチェックインができたので仮眠をとることにしたはいいが、その貴重な仮眠時間に、刺激臭いのある悪夢を見てしまった。反吐が出そうになる思いを抱えたまま起き上がる。


 なんか無理に旅モードにする必要もないのではないか、と体内の声が私にそっと囁く。無理やりそちらの方へ持って行こうとすると脳内が悲鳴を上げるのか、誤作動を起こし、過去を引っ張り出してくるのかもしれない。

 現実社会をすっぱり忘れるわけにはいかないのだから、そこは諦めてうまく付き合いながら長期の旅を程よく楽しめばよいのではないか。旅の出資者は、毛嫌いしているものの、しがみつくしかない現在の仕事だ。

 窓もないカラオケボックスのような空間にベッドを押し込んでいる部屋だから、思考は圧迫するばかり。おそらく自分の臭いCO2が充満しているからだろう。

 9時過ぎか。まずは遅めの朝食を食べに行こう。

 その辺にあるものを適当に着て、顔を作り始める。

 向かったのは宿近くの、ミン・ティ・ハ・カフェ。マンダレーで大変人気のある朝食の店として、ガイドブックに掲載されていたので即決した。

 オーダーしたのはコーヒーとオンノウカオスエ。ココナッツミルクたっぷりのスープで、おやつ感覚で食べられるもの。2つで1700チャット。140円くらいか。安い。

 食べ方が分からなくてはす向かいに座っていた、これでいいんじゃねぇ・・・と言う声が口癖のようなおっさんに、どうやって食べるのか、と自分どんぶりを指さして聞いた。すると添えられてきたパクチーやレモンなどの添え物の皿を全どんぶりの中に投入され、そして混ぜられ、テーブルにあった調味料まで入れて味のコンディションまで整えてくれた。

 正式な味なのか分からない。きっとおっさん好みの味なんだと思うが、異常にうまかった。腹が減っていたからかもしれない。

 店を出た。暑い。今日はマンダレーの主要観光地をまわろう。まずは王宮に行こうか。1人だと、タクシーやトゥクトゥクはもったいない。だから意識的に財布はバイクタクシーを探してしまう。しかし待てども待てども通らない。それに声掛けもない。こちらからナンパしないと捕まる気配もしないのがマンダレーだ。謙虚なのか、仕事する気が薄いのか。

 時間ももったいないから、仕方なくトゥクトゥクにする。王宮まで朝食レストランから3000チャット。

 王宮の入り口では、まずマンダレーの入域料を支払う。入域料は10000チャット。なかなかの値段設定だ。王宮へ入るときはパスポートを預けなきゃならないが、管理しているおっさんがなかなか隙がありそうに見えたので、他の方の預けているものを見て、私はプライオリティパスのカードを預けることにした。最悪何もなかったらお金を預けるのでも良いらしい。絶対にパスポートは止めた方がいい。

 王宮までは徒歩で向かう。いろいろ乗り物の声もかかるが、歩いても15分程度だ。バカンよりも涼しく、爽やかな天候にも恵まれ、朝の良い散歩。敷地内に住民も住んでいて、畑もある。官舎なのかもしれない。王宮とか、マンダレーの国家施設で働いている人が制服のまま、お昼ご飯を食べていたからだ。日本で1970年代によく見かけたアパートのような建物だけど、ミャンマーでは標準的な建物なのかもしれない。

 この王宮は、1945年日本軍が英印連合軍との戦闘により全焼失したもので、巨大な宮殿を目の前にすると「ほんとごめんなさい、ごめんなさい」と連呼してしまう。ここは1990年代にようやく再建された。中には博物館もある。この再建にはきっと日本政府も金を出したんだろう。

 大きいとはいえ、殆ど似たような建物だから斜め読みならぬ、斜め見学。さっさとメインの旧王宮の名物、監視塔へ向かう。ここからマンダレーの街が一望できる。

 螺旋階段で上がっていくのだが、横幅は大分狭く、人とすれ違うのも大変で、写真を撮影している場合ではなかった。それなのに螺旋階段の途中でベトナム人コスプレーヤーが戦隊もののような格好をして撮影をしていた。王宮とはあまり合っていない。ただ撮影したかったんだろうな。

 王宮の全貌が見えてきた。昔は巨大な権力の集合体だったのだろうなということが良く分かる。想像以上のスケールだ。ミャンマーの人は赤い屋根が好きなのだろう。バガンで見た王宮も、このような色合いだった。

 王宮と逆の方向は、緑が広がる。しばし休憩。塔に上がるのは5分もかからない。上は良い風が吹いている。でも暑い。昼間はやっぱり暑いなぁ。

 だが民族性の違いだろうけど、結構適当に作ってある箇所も見受けられる。これは去年行ったスリランカでも感じたこと。日本と同じ仏教の民ではあるけど、あまり物事にこだわらないというか、細部に関心がないのか、細かく鑑賞すると、適当にここは作ったよね、とか素人目にも透けて見える。暑い国の建物は、遠くから見た方がありがたみを感じるなぁ。暑いし雨期、乾季があるから、暑いが雨の降らない乾季にチャチャっと作ってしまわなきゃならないので、このような適当感も見えるような箇所も出てくるのだろう。王宮見物は1時間強で終了した。


 ゲートに戻り、預けたプライオリティパスを回収し宮殿を後にする。王宮を囲むお堀を横目に豊かな水量を誇るエーヤワディー川にかかる橋を渡り、街中へ戻る。

 さて、早いけどお昼にしよう。2時間ほど前に朝食を食べたなりだが、カオスエは消化が早くて、腹が減った。

 王宮から15分ほど歩いたところにスーパーマーケットがあったからそこに入る。

全てはきれいなトイレを使用するためだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る