第五章

第32話 花の魔女、熱にまどろむ

 気がついたら、ベッドの中で眠っていた。

 寒気がして、体がだるい。

 見覚えのあるこの部屋は、ノストリアのおじいさまの家で借りている部屋?

 いつの間に帰ってきたんだろう。

 目はちゃんと見えてる。魔力は…あんまり戻ってない。

 自分の手をじっと見ていると、部屋にいた侍女さんが私が目が覚めたことに気がつき、お医者様を呼んでくれた。

 どうも風邪を引いてしまったみたい。魔力枯渇に疲れも出たようで、このまましばらくゆっくりするように言われた。風邪なんて引いたことないのに。やっぱり甘やかされて、たるんでんのかなあ。元気になったら一人で頑張れるかな。


 しばらくするとおばあさまがいらっしゃって、私の額の濡れタオルを交換しながら、私が要塞に行ってから二日経っていることを教えてくれた。丸一日寝ていたのか。

「あなたが魔物の狼と戦って砦の下に落ちたって聞いた時には驚いたわ。魔物があなたを咥えて森の中に連れ去って、その後すごい魔法が広がったって聞いて。それが戦う魔法じゃなかったようだから、きっと無事だろうと思っていたけれど…」

「ごめんなさい。ちょっと魔物に、頼まれちゃっ…。砦の下まで、送ってもらった、だけど、…登り方、わからなくて。…上まで、送って、ほしかっ…」

 おばあさまは目をまん丸にして、吹き出すように笑った。

「まあ、気の利かない魔物ね。そういう時のために、あなたに貸した服や身分証には居場所を追跡できる魔具をつけてあったのよ。迎えを出せてよかったわ」

 追跡の魔具? ああ、おばあさまが迎えをよこしてくれたんだ。

「ありがと。…助けてくれた、人にも、…お礼、言いたい」

「元気になったらね」

 そう言って笑うおばあさまを見ているうちに、ほっとしてまたうとうとと眠っていた。


 食欲はなく、せっかく用意してもらったものはほとんど食べられなかった。食べるより寝ていたい。

 出された薬湯は自分が作る物に似ていたけれど、味もよく似ておいしくなかった。人には無理矢理飲ませてきたくせに、自分では飲みたくない、とわがままを言ったけど、許してはもらえなかった。

 鼻をつまんで飲むと、ククッと侍女さんに笑われた。すぐに水を手渡され、続けて一気に飲み干した。…ふう。

「ゆっくり休んで」

 布団を肩まで掛けられ、布団の上からトン、トン、と拍子を取る手の動きになんだか安心して、知らない間に再び眠りについていた。



 ふと目が覚める。まだ頭はぼんやりとしてる。

 額の汗を拭いてくれているのは…、侍女さん?

 ずっとついていてくれてるのかな。ちゃんと寝てる?

 サイドテーブルのランプの小さな明かりが揺れてる。今は夜? どれくらい時間が経ってるんだろう。

「お水、…」

 水差しの水がグラスに注がれ、上半身を起こされて、手渡されたグラスをぐっと一気に飲み干す。空になったグラスが手からなくなり、背中を支えられたままゆっくりと横になると、眠気に誘われるまま眼を閉じた。

 唇に小さな氷が触れて、口に含むと、一緒に指先をかじってしまった。

「ごめ…」

 小さな氷は口の中ですぐに溶け、触れたままの指が溶けた氷で湿った唇をゆっくりとなぞり、通り過ぎた指の跡にしびれるような甘い感触が残る。


「氷、欲しい?」

 聞かれて頷くと、唇をなぞっていた指が頬に触れ、別の何かが唇に触れた。やさしくやわらかな重なりから粉雪のような氷のかけらがゆっくりとにじんでくる。

 ひんやりとした小さな氷に含まれた魔力が、私の魔力に変わっていく。

 触れていたものがゆっくりと離れて、氷の粒も雪が解けるように消えていった。

 私の知ってる、優しい感触。これは、幻。私が見たかった夢。

「もう、少し…だけ、…」

 つぶやいたわがままをきいてくれた。

 もう一度、緩やかに流れてくる、小さな氷の花。

 背中に手が回って、ぎゅっと抱きしめられているみたい。

 もっと近くに来て。

 伸ばした手で捕まえる。

 捕まえたものが近寄ってくる。

 ゆっくりと体にかかる重さが、重たくならないように気遣いながら、隙間を埋めていく。

 離さないで。

 どこにも行かないで。


 こんな風にずっといたわられて、優しくされて、…大好きだった。

 だからこんな夢を見てしまう。

 もういない。もういない、私の…

 さよなら、大好きだった…。

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