第16話 花の魔女、迎えに行く

 それから一週間が過ぎても、アイセル君達は戻ってこなかった。


 新たに調査隊の捜索隊を送り込む準備が進んでいた丁度その時、調査隊が戻ってきた。

 でもその中に、アイセル君はいなかった。

 アイセル君を含め、五人が最終日にそろって行方不明になり、しばらく待っていたが戻りそうにないので一旦引き上げることにしたとのこと。

 王の「侵略しない」という言葉は先方に伝えられていて、調査隊は草原の皆さんにそれなりに歓迎されており、襲撃されたような様子もない。

 いなくなったのは、フロレンシアから三人、王都から二人。みんな魔法が使える人達。


 やはり捜索隊を出そう。そう結論が出て明日は出発と言う時に、五人のうちの一人が戻ってきた。

 戻ってきたのは王都から来ていた調査隊員で、一人馬を走らせてフロレンシアの騎士隊の本部まで来ると、領主であるライノさんと、先に戻った調査隊の隊長の前でこう言った。

「我々五名は、草原の地で暮らすことを決めた。もうチェントリアへは戻らない。俺もこれを伝えた後、また草原に戻る」


 アイセル君が、草原の集落に残ることを選んだ。…戻ってこない?

 信じられなかった。

 このことを家まで伝えに来てくれた騎士隊の人にお願いし、一緒に騎士隊の本部まで行った。そしてライノさんにお願いして、明日には草原の集落に戻るというその人と話をさせてもらうことができた。


 その人は、ダニロさんと言った。

「草原の地で花の魔女に会った。彼女はかつての草原の国を復興し、かの地で穏やかに過ごしたいと願っている。彼女は民を思い、優しく、美しく、強く、…素晴らしい人だ。私は彼女の言葉に心を打たれ、残って復興を助ける決意をした。他の四名も同じ気持ちだ」

 花の魔女のことを話すダニロさんの顔は、ほんのりと緩み、恋でもしているかのようだ。遠くにいる魔女を思い、その甘い思いがそのまま声や表情に表れている。すっかり心酔しているように見えた。

 草原の地には、花の魔女がいるのか…。

 花の魔女は滅多に出現しないと言われながらも、養護院の中でさえ私ともう一人いたくらいだ。その素質がある人はそれなりにいるのかもしれない。

 その才能を開花させ、集落を守り、人々を守りながら国の再興を目指している人がいるとしたら…


  君が花の魔女でも、そうでなくても、君のことが好きなんだ


 アイセル君の言葉が、ぶもーっという牛の声の幻聴と共に蘇ってきた。

 花の魔女になら、アイセル君も協力するかもしれない。それは充分にあり得る。全否定はできない。でも、何か引っかかる。

「戻るなら、私も連れて行って」

 気がついたら、そう言っていた。

「残りたいって、アイセル君がそう言うなら、…仕方がないと思う。…でも、直接本人から聞かないと、信じられない」

 同席していたライノさんが、ぎょっと目を見開いた。

 弟であり、氷の騎士でもあるアイセル君がフロレンシアに戻ってこないだけでも、フロレンシアの戦力には不安があるだろう。そこへ来て多少弱体化しているとは言え、花の魔女である私までいなくなることを憂慮したのかもしれない。それでも、行くなとは言われなかった。

「…明日、捜索隊三名と共に草原の集落に戻ることになっている。俺を連れ戻さないという約束だ。おまえもその男を無理矢理連れ戻そうとしないのなら、フロレンシアが許可するなら一緒に来ればいい」

「ありがとう!」

 ダニロさんに握手し、掴んだ手を大きく何度も振って感謝を示し、ライノさんのOKの返事も待たず、荷物を取りに一旦家に戻った。


 フロレンシアではアイセル君にずいぶん甘やかされていたから、お荷物にならないよう注意しなければいけない。それでももう一人で馬にだって乗れる。

 自分の荷物をまとめ、途中、いつも料理をしに来てくれるアレンさんにしばらく留守にすることを伝えた。そして翌早朝、本部で一行と合流した。

 早速、鞍の付け方が甘いと指摘され、正しい付け方を教わった。

 他の人は旅慣れていて、馬にも慣れている。明らかに私が足を引っ張る旅になるだろう。それでも私を連れて行ってくれるのは、みんな、アイセル君に戻ってきて欲しいからだろう。

 出かける前にライノさんも心配なのか、見送りに出てきてくれた。

「無理するなよ」

「もし、…アイセル君が草原に残るって決めちゃったら、…ごめんね」

 いきなり弱気な私の発言に、ライノさんは

「おまえはもっと自分に自信を持っていいんじゃないか?」

と言ってくれた。でも、私に自分に自信を持てる要素なんて、何もない。一番自身を持たせてくれる人がいなくなっているんだから。

「もし、あいつが戻ってこなくても、おまえだけでも戻って来い。もうここはおまえの故郷みたいなもんなんだからな」

 故郷。私には幻の言葉だ。

 それでもライノさんがそんな風に言ってくれるとは思わなくて、こくりと頷いて、

「行ってきます」

 そう言って、ライノさんのほっぺに口づけた。

 ライノさんは急に赤くなってほおを隠すように手を当て、周りの人もちょっとがやついた。

「おいおい、おまえと俺はそういう仲じゃないだろう?」

 何でそう言われたのかがわからない。

「え? いってらっしゃいの挨拶は、こうするんでしょ?」

と言うと、

「…あいつ」

 ライノさんが赤い顔のまま眉間にしわを寄せた。

「いいか、絶対あいつを連れて帰れ。あいつがおまえにベタ惚れなのは間違いないんだ。自信を持て。あいつを連れて帰らないと、おまえ、いろいろととんでもないことになるぞ」

 戻ってこないおかえしの挨拶に疑問を感じつつも、何となく周りの空気が変わったような気がした。皆さんが私を見る目がなんか変。困ってるような、笑ってるような…。何でだろう。まあ、いいや。


 かくして、私とダニロさん、それにフロレンシアの三人、計五人で、草原の集落へと旅立った。

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