第3話 信乃さんは四次元ポケットから手袋を出して内診するらしい

信乃はクッションをたくさん使って、エライザの楽な姿勢を作り陣痛の合間は休むよう声をかけた。


信乃の計ったところ、陣痛は長くて二分。間は7~8分痛みのない時間がある。そこをいかに休めるかが大切だ。ずっと力が入っていれば、前程のように疲労で陣痛も遠のいてしまったり、いざ娩出ってときに力も入らない。


それからココにハーブティかなにか、エライザの飲めそうなものを用意するように指示をした。汗もかくから水分も重要だ。




「さて、エライザさんの陣痛が本格的になってきましたが、―――サンさん。」


「はいな、信乃さん。なんですか。」


「"電子カルテ"の分娩経過記録が陣痛の記録しかないのですが、内診とかはされないのですかねえ? 」


「ない、しん…? ――って、どんな魔法ですか? 」


「ん、ん、そうよね、そうよねえ。私が個人病院で働いていたときにはすでに看護師にも内診させない状況になってたもの。祈祷師?にだってさせないはずよねえ。助産師の仕事だもの。」


信乃の若い頃は、ブラックな個人病院では医師の指示のもと看護師に内診(児頭下降度・頚管開大度の計測)をさせることはよくある話ではあったが、時代の流れと共に医師・助産師以外の内診が違法という解釈になってきたのだ。


内診とは、それだけ経験と教育に裏付けられた高度な知識と技術を要する"医療行為"なのだ。


キョトン顔のサンに信乃は説明をする。




「助産師の試験は看護師資格を取得していないと受けることができないから、看護師+αの資格って思って貰えればいいのよ。看護学校卒後一年余計に学校通うか大学行かないと資格取れないけど、資格の分いろいろ出来るってことね。あ、看護師は分かるかしら? 」


「医者の手伝いとか、病人の看護をする人やね。ジョブとしてはないけど、低レベルの回復魔法師や祈祷師、僧侶が経験を積むためにやることが多いな。」


「経験つむためって………、看護師も重要なお仕事なんだけどなあ。専門看護師なんて凄い資格だしねえ。」


「それで信乃さん、内診ってのはどんな魔法なんですか? "ジョサンシ"は上級魔術師みたいにいろいろできるってことやろ。」


「魔法じゃないけどねえ。内診ってのは指で子宮口―――あかちゃをの出口を確認して、分娩の進行度を知る診察のひとつね。」


信乃は指を二本立てて、わきわき動かした。


「し、しきゅう、こう………! あかちゃんの出口!? さ、触るんですか!! え、つまりあそこに指を入れんの……!! 」


慌てるサンの顔を見ながら、信乃は苦笑いを浮かべるしかない。


内診が分からないというのは、こう言うことかと思うのだ。


「触診はなかなか重要なんだけど、インパクトあるよねえ。あ、内診するにも、手袋がないかも……。」


信乃は白衣の右ポケットを探すようにポンポンっと叩いた。すると、もこりとポケットが膨らむ。


退職の挨拶のあと、いつも入れてたサイズ6の滅菌手袋は病棟に返したはずであるが………。


「あれ……入ってる。滅菌だけじゃなく、ディスポグローブもある……。じゃあ左は――」


ポンポンっと左ポケットを叩くとまたもこりと膨らみを感じる。


滅菌ガーゼ、粘膜にも使える消毒液、蒸留水……。


「な、なんでこんなに入ってるんだろ……。明らかに容量が違うねよえ……。」


「空間魔法付与の衣服やないですか! 左右のポケットに付いてるの始めて見ましたわ! 容量本当に、大きそうスね。」


「…………ん、まあ、これがあれば内診できるかねえ。」


信乃は考えるのを止めた。




もともと深く考えないタイプなのだ。


エライザに破水してるかどうかを確認して、ディスポグローブを装着する。左ポケットに一緒に入っていた羊水を確認するためのpH検査紙でも一応チェックするが、青変しないため破水なし。破水していたら滅菌のものを使わなくてはならないが、未破水のようなので今回はこちらを使用する。


サイズはSS。信乃は身長も150センチと小柄なだけあって、手のひらも小さい。


「エライザさん、お産がどのくらい進んでるか確認させてね。ビックリしなくてもいいのよ、日本では普通にしてることだからね。ゆっくり呼吸して、力を抜いて―――」


あいにく内診台がないため、ソファに膝を立ててM字開脚で内診をする。タオルなどで不要な部分を覆って、羞恥心を減らす努力をする。


隣でサンが少し青ざめながら信乃の様子を見ている。ココはエライザの背中側に回って、クッションで背中を支えている。


「7センチって、とこかしら。痛みのあるときは8センチ近いけどねえ。―――10センチ開いたらお産になるから、もう少しよ。エライザさんは頑張ってる、頑張ってる。全然、大丈夫よー 」


パチンとディスポグローブを外して、エライザに笑いかける。子宮口が何センチだとか、たぶんエライザは言ってることの半分も分かってないだろうから、信乃の笑顔で安心させる作戦だ。信乃の現役中も言葉でのコミュニケーションが取りにくい外国人のお産を何人も取ったけど、全部笑顔だけで、しゃべっても「頑張ってる」「ダイジョーブ」くらいで乗り切ってきた。信乃にとっては異世界人も外国人もさしてかわりないのだ。






「本当に、指を入れたんか……。」


いわゆる"引いてる"サンに、信乃は確認する。


「内診がないってことなら、普段はどうやって分娩の進行を確認してるの? 」


「陣痛間隔とか、痛がり方とかやな……。あとは本人が出るって言ったら、タオルもって足元で待機してたわ。股に手ぇ突っ込んではないわあ。途中で引っ掛かってでないとかなら、赤ちゃんを引っ張ることはするけど……。」


「なかなか原始的ねえ。……おそらく周産期死亡率も高そうね。まあ祈祷師が出産に主に付くって日本なら平安時代あたりだし、回復魔法は陰陽道みたいな立ち位置かしら。安倍晴明かな……。


あ、あとはCTGモニターは無理としても、赤ちゃんの様子が分かるものはないかしら。あまり使ったことないけど、せめてトラウベとかないかしら。」




トラウベとは大正時代からある産科聴診器のことで、トランペットを小さく細くしたような形をしている。


ラッパの広がった方を妊婦の腹に当て、口の方に耳を付けて胎児の心拍を確認する聴診器だ。さすがの信乃も学生の頃に勉強として使わせて貰ったことはあるが、実際の仕事では使ったことはない。


昨今の電子機器である分娩監視モニターほど児のようすはわからないが、それでも、少なくとも生きているかどうかだけでも確認出来るはずだ。




「あかちゃんの様子が知りたいってこと? 」


「それなら、いつものサンの魔法見せてあげたら? 珍しくて他にはあまりやってる人が居ないから、おかげさまで妊婦の依頼人がたくさん来るの。うちの特別な魔法よ。あかちゃんが出来たかどうか調べるのから、元気かどうか、手足の欠損がないかまで分かっちゃうのよ。」


「うち、冒険者時代は斥候役をしててな。宝箱がミミックとか魔物じゃないかとか、調べる魔法が得意やったんよねー。単ににその魔法で、お腹のなかを調べることをしとるだけなんやけど―――」


サンはてへへと照れながら、エライザのお腹に魔法をかける。暖色の光がお腹を包み、やがてオレンジ色の光となり赤ちゃんの形になった。ぼんやりとしてハッキリはしていないが、なんとなく顔の形や指の数、身体に欠損がないかなんかは確認できそうだ。


そして身体の中心部の光が心拍のようで、パクパクと元気よく拍動していた。


「おー。心拍は……140bpmくらいかな。元気そうだ。」


「妊娠したばかりだと、この光の点滅しかみれないんや。それでも妊娠判定になるし、便利やで。あかちゃんの成長と共に形も分かるようになってくるんや。」


「へー! このオレンジの光はまさに4Dエコーみたいねえ。もしかして性別も確認できるの? 」


「真ん中の20週くらいじゃないと見えないんやけどね。お貴族様からもこの魔法をかけろって、お屋敷に呼ばれたりするんよ。お陰でうちら三人でご飯食べて、ちょっと贅沢出来るくらい稼げるんよ。」


「だけど股を閉じてたら見えないし、たまにへその緒で間違えることあるけどね。」


「もー、ココそれは言わんとき。でもちゃんと100%じゃあらへん、って掲示してるし、契約書にも載せてるで。」


「そのあたりも本当に、エコーっぽいわねえ。たまに産まれてみて、妊婦健診のときに医師の言ってた性別じゃないときあるもの。」


「エライザのベビーは、女の子に見えるわね。」


「顔もなんだか、エライザに似てる気がするわー! 」




信乃はエコー画像によく似ている、魔法の赤ちゃん映像を眺めた、


そうしてしかめっ面な赤ちゃんの顔を見ながら、気がついてしまった。




「―――あぁ。お産がなかなか進まないわけだわ。」

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