第十六話「十六歳の地図」

「やあ」

「……おう」


 十月に入ったある日のこと。

 「ミカエル・グループ」本社を野暮用で訪れたところ、社屋しゃおくの最上階で江藤みのりとバッタリ出くわした。


「……仕事?」

「ああ。オッサン……マイケル会長に呼ばれてな。みのりは?」

「私もそう。近況報告ってやつだよ。今しがた終わったところだけど」

「そっか」

『……』


 会話が止まる。だが、気まずい沈黙ではない。

 お互いに、苦笑い混じりの笑顔を交わす。ただこうして、当たり前のように話していることが、少し嬉しかったのだ。


「……マネージャー待たせてるから、行くね?」

「おう。悪いな、引き留めて」

「全然。うん、むしろ、嬉しかった……かな」

「そっか」

「うん。……じゃあ」


 そのまま、すれ違うように別れる。

 だが、何か名残惜しさのようなものを感じてしまい、足が止まる。

 ふと振り向くと、ちょうどみのりも振り向いたところだった。――目と目が合う。


「あ~、また今度、な」

「うん、また今度、ね」


 何の具体性もない、再会の約束。

 けれども、たったそれだけの言の葉で、不思議と足が軽くなった。

 今度は立ち止まらず振り返らず、俺達はそのまま別れた。

 ――と。


「なになに春太ちゃん。焼け木杭ぼっくいに火が付いちゃった?」

「うわぁっ!? ……って、なんだマイケルのおっさんかよ。ビックリさせるなよ」


 突如として現れ、俺の耳元でささやいた国籍不明の初老のオッサン。

 何を隠そう、このオッサンこそが我らが「ミカエル・グループ」の総帥・マイケル会長だった。

 白髪交じりのふさふさの髪をきちんと七三に分け、身を包むスーツは有名ブランドのオーダー品。非常に清潔感がある恰好だ。

 だが、素顔をティアドロップ型のサングラスで隠し、やけに日焼けしているその姿は、怪しい以外の何ものでもない。

 おまけに口調が、昨今では色々と言われそうなオネエ言葉ときた。さしずめ怪しさの総合商社、といった男だ。


「みのりと随分と親しげだったじゃない? なになに? 君達、?」

「そういうんじゃないよ。……ってか、声がでかい。誰かに聞かれたらどうするんだよ」

「大丈夫よん。このフロアに入れるのは、信用出来る人間だけだから」

「……それもそうか」


 「ミカエル・グループ」本社ビル最上階。

 そこは、マイケル会長のプライベートスペースであり、グループの最高機密が保管されている場所でもある。

 フロアに立ち入るにも、一階下で念入りなセキュリティチェックを受けなければならない。というか、そもそも、会長が招いた人間でないと入れない。

 「最上階に入れることが、即ちグループ内で重要な人間であることの証である」、業界にはそういった通説があった。


 ……まあ、俺は今までも顔パスだったし、グループでの扱いも最底辺だったけどな。

 通説どころか、とんだ与太話だった。


「まあまあ、立ち話もなんだし。あちしの部屋でお茶しながら話しましょ」


 言いながら、正面にある立派な木製の扉へと歩き出すマイケル会長。

 このフロアの作りはとても単純だ。エレベーターから出ると、だだっ広いホールに出る。

 ホールの三方の壁にはそれぞれバカでかい扉があり、右側が大会議室、左側が保管庫、そして正面が会長室となっている。

 残念ながら、会長室以外入ったことがないので、他の二部屋の中がどうなっているのかは知らない。


「さあさ、入って入って」

「……お邪魔します」


 会長室に入ると、見慣れた光景が目に飛び込んできた。

 だだっ広い、何畳分なのか分からない部屋だが、中は割合にシンプルだ。

 奥の大きな窓の前には、いかにも高級そうなマホガニーのデスクと黒革張りの椅子が鎮座している。

 左手の壁際には、様々なトロフィーや賞状、表彰盾が飾られた棚。

 そこには、様々なアイドルと会長のツーショット写真も飾られている。殆どがレジェンド級のアイドル達だ。


 そして右手側には、他よりも一段高く設置された畳スペースがある。

 ご丁寧なことに、床の間と掘りごたつ、ついでに昭和レトロデザインのテレビや冷蔵庫まで完備されている。

 会長の実家にあった自室をモデルにしているのだとか。

 本当に、何人なんだ、このオッサン。


「今お茶を入れるからね。こたつにでも入って、待っててちょうだい」


 勧められるがまま、掘りごたつに入る。

 こたつ布団はかけられているが、電源はまだ入っていないらしく、ぬるい。

 そのまま所在なく待っていると、マイケル会長が「アイドル」と毛筆体で書かれた湯呑を卓の上に置き、反対側に着座した。

 湯呑の中身は、緑茶のようだ。


「ごめんなさいね、お茶菓子はあいにくと切らしていてねぇ」

「おかまいなく。――で、会長。今日、俺を呼んだ要件は、一体?」

「なによぉ、久しぶりに顔を合わせたんだから、雑談ぐらい付き合いなさいよう」

「……あいにくと予定が詰まってるんでね。冬華の学校が終わるまでには、『アークエンジェル』に戻りたいんで。手短によろしく」

「まったく、つれないわねぇ。そんなんじゃモテないわよぉ~……って言いたいところだけど、春太ちゃん結構モテるのよね、これが」

「? 特にモテた覚えはないぞ」

「何言ってんのよ。あの江藤みのりの元彼が」

「……昔の、しかも一時期だけの話だろ、それは」


 ――そう。マイケル会長の言う通り、俺とみのりは昔、付き合っていた。

 あれはちょうど、俺達が高校一年の時。入学から数か月後のことだった。


   ***


「ねぇ、君が友木春太?」


 ある日の放課後。突然、見知らぬ女生徒が俺のクラスへ乗り込んできた。

 途端、だらだらと居残っていたクラスメイト達が、なんだなんだと色めき立つ。


「そうだけど、君は?」

「私は江藤みのり。君と同じ一年で……『プロヴィデンス』ってバンドをやってるんだけど、知ってる?」

「『プロヴィデンス』……中学の時に聞いたことがあるな。確か、俺と同い年の中学生がやってるガールズバンドって話だったけど、それか?」


 「プロヴィデンス」は、中学生離れした歌唱力を持つヴォーカルで有名なガールズバンドだった。

 高校受験で活動を休止していたはずだが、まさかそのメンバーが進学先にいたとは思わなかった。

 みのりは俺が「プロヴィデンス」の名を知っていたことに気を良くしたのか、笑顔を浮かべながら顔を寄せ――。


「そっ。で、君が噂の『ハイ・クラス』のリーダーってことで、いいんだよね?」


 そんなことを耳打ちしてきた。


「っ!? ちょ、ちょっとアンタ、ここじゃまずいから、どこか他所で話そう」 


 俺がみのりの腕を掴んで教室から連れ出すと、背後からは男子共の怒号と女子達の黄色い悲鳴が上がっていた。

 ……明日から学校に来るのが憂鬱になりそうだった。


 そのまま、適当な空き教室を見付け彼女を連れ込む。

 ここならば、誰かに話を聞かれることもなさそうだ。


「俺等がバンドをやってることは、学校じゃ秘密なんだ。不用意に話さないでくれよ」

「ああ、じゃあ噂は本当なんだ。軽音楽部の先輩達と揉めて、学内で活動出来なくなったって」

「もう噂になってんのかよ、ちくしょう……」


 ――入学早々、俺は軽音楽部へと入部していた。以前から独学でキーボードをやっていて、高校進学を機にバンドを組んでみたいと思っていたのだ。

 だが、我が校の軽音楽部は最悪の状況だった。下手くそな三年生が部を牛耳り、下級生はパシリ扱い。二年生の殆どは既に辞めてしまっていた。

 三年生は俺達新入部員を、早速とばかりにシメようと思ったらしいのだが――俺達はただでやられるような一年生ではなかったのだ。


 ヴォーカル・ギター志望の矢代。

 ギター志望の木田きだ

 ベース志望の小川原おがわはら

 ドラムス志望の定林寺じょうりんじ

 そして、キーボード志望の俺こと友木春太。


 知り合いだった訳でもないのに、俺達一年は、見事にバンドを組めるだけのメンバーが揃っていた。奇跡的なことだ。

 だが、本当の奇跡はその先にあった。全員が全員、高校生離れした実力の持ち主だったのだ。

 俺達は三年生達に、即興の演奏で実力差を見せつけてやった。予め練習していた訳でもない、初めて合わせたはずの俺達の演奏に圧倒された三年生達は負けを認めた。


 ――が、彼らは心底根性が腐っていた。

 勝手に俺達の入部届を取り下げ、部から追い出したのだ。


 俺達の高校では、部以外でのバンド活動が禁止されていた。

 古い、荒れていた時代の名残らしい。

 だが、時代遅れとはいえ、校則は校則だ。いつかは変えられるだろうが、いきなりは無理だった。


 そこで俺達は、学校側に黙って学外でバンド活動を始めたのだ。

 本名と素性を隠し、学校からやや離れたライブハウスを拠点に活動し、数ヶ月で既にそこそこの評価を得ている。

 だが、所詮は子供の浅知恵だ。俺達の素性は、知らず知らずのうちにバレ始めているようだった。


「ええと、江藤だっけ?」

「みのりでいいよ。私も下の名前で呼ぶから」

「そ、そうか。じゃあ……みのり。アンタも知ってるだろうけど、部活外のバンド活動は、学校にバレたらまずいんだ。だから、俺達のことは大っぴらに話さないでほしい」

「うん、そのことだけどね。もう大丈夫だから」

「……はぁ?」


 彼女の言葉の意味が分からず、思わず怪訝な表情で尋ねてしまう。

 だが、彼女は気にした風もなく、とんでもないことを言ってきた。


「だから、部活外のバンド活動。校則がバカバカしすぎるって生徒会に直談判して、生徒会が先生達にかけあってくれて、もうOKになったから。平気」


 ケロリと、俺達が隠れてこそこそしていたのが馬鹿だと思えるほどに、彼女は真っ直ぐな瞳で言ってのけた。


 それからの数か月は夢のような時間が続いた。

 「ハイ・クラス」と「プロヴィデンス」、二つのバンドは学校の内外で活躍し、あっと言う間に人気者となっていった。


 ――そして、俺とみのりは交流を重ねるうちに、付き合うようになった。

 彼女とは不思議と馬が合った。同じような音楽が好きで、同じようにバンドを大事にしていて。

 同じようにお互いを大切に思っていて。

 だから、関係が終わる時も、実にあっさりしたものだった。


 マイケル社長からのスカウトで、「ハイ・クラス」はプロデビューを決めた。

 一方の「プロヴィデンス」は、みのり以外のメンバーがプロになることを望まなかった。他のメンバーはみのりを送り出す形になり、みのりはそれを受け入れた。


「まさか、お互い同時期にデビューすることになるとはな」

「びっくりだよね。ここまであっと言う間だったし」

「それな」


 デビューを直前に控えたある日の夜。

 俺とみのりは近所の公園のベンチで落ち合い、寄り添って星空を眺めていた。

 空には既に冬の星座。俺達が高校生になって、一年近くが過ぎようとしていた。


「なんかさ、アイドルは恋愛禁止なんだってな」

「……若い内は、でしょう?」

「うん。オッサンは俺とみのりに『別れろ』とは言ってないし、俺達、このままでいいんだよな?」

「もちろん。それとも、春太は私と別れたい?」

「そんな訳……ないだろ」


 みのりの肩を強く抱き寄せる。

 この温もりも、アイドルとしての栄光も、どちらも手に入れてやる。そう、冬の夜空に願った。

 ――だが、その願いは叶わなかった。「ハイ・クラス」は、不祥事によりその存在を抹消されることになったから。


 ミカエル事務所の社長室で、「ハイ・クラス」の解散を告げられたあの日。みのりは社長室の外で俺のことを待っていてくれた。


「悪い。俺ら、解散だってさ。ははっ、皆とも連絡取れなくなっちまったよ……」

「春太……」

「俺もさ、グラサンかけて顔は出してなかったけど、マスコミの連中に名前は割れてるから、しばらく大人しくしとけって、マイケルのオッサンが」

「……うん、そう、だね。だったら――」

「だからさ。俺達、こうして会うのは、最後にしようぜ。学校でも、知らんぷりで」

「――そう、なるよね。やっぱり」

「ああ。それが多分、お互いの為だ」


 俺とみのりは静かに頷きあい、それが無言の約束となった。

 みのりが静かに振り返り、事務所を出ていく。


「じゃあ、事務所も時間差で、別々に出ないとね。――うん、じゃあそういうことで。バイバイ、春太」

「さよなら、みのり」


 こうして、俺達の恋人関係は終わりを告げた。


 それからしばらくして、みのりはアイドルとして華々しいデビューを飾った。

 その初ステージは鮮烈なものだった。ミカエル事務所の隠し玉として、とある合同ライブにサプライズで参加したのだ。

 名だたる大物アイドル達が出演する大型ライブ。当然、観客は無名のアイドルになど興味はない。

 だが、そんな圧倒的アウェイの中、みのりは歌唱力だけで観客の心をねじ伏せ、圧倒してみせた。


 会場は、みのりが出現させた淡い緑色の「スフィア」に支配されたという――。 


   ***


「あちし達大人は、アンタ達のことを守る気満々だったのに、勝手に別れちゃうんだもん」

「いや、だってしょうがないだろ? みのりのデビューに万が一にでもケチ付けたくなかったんだから。俺だって、目立たないように過ごさなきゃいけなかったし」

「だからって、まだまだ子供だったアンタ達が、そんな枯れた中年カップルみたいに達観した別れ方しなくっても……」

「もう十年近く前に終わったことだよ。今更蒸し返さないでくれ」


 そう、俺とみのりの関係は既に終わったことだ。

 少なくとも、俺の中では感情に決着がついている。

 ――ただ、全く未練がないと言えば嘘になるだろう。この十年近く、一度もお互いに会おうとしなかったのが、その証拠だ。もし会ってしまったら、お互いにどんな感情を抱くことになるか、分からなかったのだ。

 無事に再会を果たした今でも、正直お互いの距離感に悩む瞬間がある。よりを戻す気は毛頭ないが、新しい関係性を築く必要は感じていた。


 恐らく、その感情はみのりも同じだろうと思っている。


「……傍から見てるとね、春太ちゃんとみのりの絆って、すっごく強く見えるのよ? それで『もう終わったこと』なんて言われても、ね。ねぇ、本当によりは戻さないの?」

「しっつこいなぁ、無いって! 絶対にないから。そもそも、みのりだって彼氏の一人くらいいるんだろ?」

「はぁ? いないわよ。あの子に釣り合う男なんて、そうそういる訳ないでしょ?」

「むっ。それは……確かに」


 みのりはアイドル界の歌姫にして魔王だ。

 そんな彼女と釣り合う相手など……確かに思い浮かばない。

 ただでさえ、みのりのテンポは独特だから、余計に。


「……ああ、もう! みのりのことはもういいから! 俺を呼んだ本題に入ってくれよ」

「あ、そ、そうね。あちしとしたことが。……ええとね、冬華ちゃんのことで、アンタを呼んだのよ」

「冬華のことで?」


 みのりの件で少し混乱していた頭が、シャキッと切り替わる。

 大事な担当アイドルのこととなれば、こうやって冷静になれるのだ、俺は。うん、大丈夫。


「うん。アンタから冬華ちゃんがオーバーワーク過ぎるって言われてね、あちしの方からも営業部に釘を刺しておいたから。仕事は量よりも質を選べって」

「あ、ありがとう! ……じゃなかった。ありがとうございます、会長!」

「い、いやねぇ。こんな時だけ、かしこまらないでよ。……ムラムラしちゃうじゃない」

「……冗談でもそういうこと言うのは止めてくれオッサン!」

「うふふ、もちろん冗談よ」


 ――まったく。このオッサンには幾つになっても敵わないな。


   ***


 無事に本社を後にした俺は、急ぎ「アークエンジェル」の事務所へと舞い戻っていた。

 時間が少し押してしまった。冬華は既に、学校から事務所へと着いている時間だ。


「すまん! 遅くなった――って、冬華、どうした!?」

「春太さん……春太さぁん~!」


 会議室のドアを開けてまず目に入ったのは、制服姿でぽろぽろと涙を流す冬華の姿だった。

 俺の姿を認めるなり、駆け寄り、すがり付いてくる冬華。

 ただ事ではないと感じた俺は、その小さく細く、だがとても柔らかく温かい体を優しく抱きしめた。


「春太さん、春太さん、春太さん!」

「お、落ち着くんだ冬華。俺はここにいるから、ゆっくりでいいから、何があったか、言ってごらん?」

「……春太さんは、どこにも行きませんよね? 冬華の傍に、ずっとずっとず~っと、いてくれますよね?」

「当たり前だ。俺は冬華のプロデューサーだぞ? 冬華を置いて、勝手にどこかへなんて、行くもんか」


 冬華のサラサラの髪を撫でながら、優しく告げる。

 彼女の体は、わなわなと震えていた。すっかり動揺してしまっているらしい。一体何があったのだろうか。


「本当に? 本当にどこにも行きませんか? 冬華以外の誰かの所に、行ったりしませんか?」

「ああ、もちろんだ。俺が、冬華以外の誰かの所になんて、行くわけないだろう?」

「……例えば、春太さんのことを想う素敵な女性が現れても、冬華の傍にいてくれますか?」

「えっ? ああ、うん?」


 ……なんだろう。話がおかしくなり始めたぞ?

 俺はあくまでも、プロデューサーとして傍にいる、という話をしているのに、なんでいもしない「素敵な女性」なんて存在が出てくるんだ?


「……それが、江藤みのりさんであっても、ですか? あの人よりも、冬華を選んでくれますか?」

「? なんでそこで、みのり名前が出てくるん……だ?」


 言いながら、ようやく理解する。

 冬華はどうやら、恋愛対象としての俺が他の誰かの所へ行ってしまうのを恐れているらしい。

 そしてその「仮想敵」は、みのり。


 確かに、俺に思いを寄せてくれている冬華の前で、みのりと親しげな様子を見せるべきでなかった。

 その点は反省すべきだろう。

 だが――多分、元凶はそれではない。

 そう。例えば、会議室の隅っこで煙草の箱みたいに小さくなりながら、土下座し続けている我が従姉殿とか。


 未だ泣きじゃくる冬華をギュっと抱きしめながら、万里江に視線を向ける。

 俺が会議室に入ってきた時から姿が見えないと思ったら、ずっと床にはいつくばって土下座していたらしい。

 土下座するということは、そこまでして俺や冬華に謝らなければならないことがある訳だ。

 そして俺は、それがなんなのか、既に察しつつあった。


「なあ、そこで転がっている姉さん。訊いてもいいかな?」

「はい、なんなりと!」

「冬華に、俺の高校時代の話、したか? 特に異性関係、とか」

「……」

「無言は肯定とみなすぞ?」

「しましたごめんなさいこの通りです許してください!」


 獅子身中の虫――いや、少し違うか。この場合、一体どんな言葉が適切なのか?

 まさかのまさか。味方中の味方であるはずの万里江が、俺とみのりの過去の関係を冬華に話してしまった。


 その結果はご覧の通りだ。

 冬華はすっかり動揺し、俺にすがり付いて離れようとしない。

 万里江としては、「過去のことだから冬華ちゃんが心配することじゃないわよ」くらいの軽い気持ちで教えたのだろうが……。

 何故この女が、美人で仕事も出来てスタイルも良いのにろくすっぽ彼氏が出来たためしがないのか。その理由を痛感していた。


 いやこれ、本当にどうするの?

 子供のように泣きじゃくり俺から離れようとしない冬華の温もりを感じながら、俺は途方に暮れた。

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