第十話「ダンス・ダンス・サバイバル(1)」

 地獄の全国行脚も終わり、早くも夏が近付いてきていた。

 三十近くの都道府県を巡っての地方営業は、着実に成果を見せつつあった。


「春太。見てよ! このランキング!」


 いつものように「アークエンジェル」の会議室に顔を出すと、上機嫌の万里江が出迎えた。

 手にしたスマホの画面をしきりに指差し、「これ! これ!」と言葉を忘れた哀れな旅人のように同じフレーズを連呼している。


「ああん? 『非公式アイドル・ランキング』だぁ? なんだこれ」

「知らないの? これは所謂『野良』ランキングよ!」


 興奮気味に万里江がまくしたてる。「野良」ランキング……つまり、どこかの第三者が勝手に「アイドル・ランキング」の海賊版をやってるということだろうか。


「『アイドル・ランキング』って、トップ100までしか公表されないでしょ? そこでファン有志がランキングの統計方法を解析して、100位より下のランキングの予想順位を公開しているのよ」

「へぇ。それ、信用出来るのか?」

「百パーセントじゃないけどね、ある程度は目安になるわ。でね、でね! ここ見て! この、200位より上の真ん中あたり!」


 万里江の指さす辺り――140位に見知った名前があった。

 俺の目がどうにかなったのでなければ、「村上冬華」とある。


「140位……これって凄いのか?」

「当たり前でしょ! 100位以内を十分に狙える位置なのよ! それにこれ、二週間くらい前のデータが基だから、今はもっと上にいるはずなの」

「なるほど、そいつは確かに騒ぎたくなる気持ちも分かるな」

「でしょでしょ?」


 冬華はデビューこそ果たしたが、ファーストシングルの正式リリースもまだだ。

 現在出回っているCDや楽曲データは、全て地方営業時に先行販売した特別バージョンのみ。それらは手売りなので、一般の楽曲売上データとしては計上されていない。

 つまり、楽曲の売上データはまだ、このランキングには殆ど反映されていないはずなのだ。


「これは行くかもしれないわよ? ファーストシングルリリース後の、『アイドル・ランキング』トップ100入り! 本社の方でも大騒ぎよ」

「ああ、オッサン……マイケル会長辺りは、大喜びしてそうだな」

「? 春太、アンタは嬉しくないの?」

「いや、もちろん嬉しいぞ」

「……その割に浮かない顔してるけど」

「気のせいだろ」


 ――流石は従姉様。俺の心中などお察しのようだ。

 冬華がアイドル・ランキングトップ100に入るのは、もちろん嬉しい。ソロでの再デビューとは言え、実質新人なのだ。まずまず以上の快挙と言っていい。


 しかし、トップ100以上に入れば、がらりと世界が変わる。

 注目度は格段に上がるし、化け物揃いのトップランカーと直接比べられるようになる。もちろん、任せられる仕事の量も質も、今よりも大変なものになるだろう。


 冬華には才能がある。それは間違いない。

 だが、あの細い身体で魑魅魍魎が渦巻くランキング上位を目指すことを考えれば、不安にならない方がおかしい。

 実際、トップ100に入ったものの、それ以上には上がれず、そのまま燃え尽きていったアイドルも多いのだ。冬華がそうならない保証はない。


 俺が、俺達が支えていかなければならない。

 だが――。


(俺に、出来るのだろうか?)


 俺が作曲した「冬の星座を見上げて」への世間からの評価は、決して悪くない。

 だが、冬華への絶賛の殆どは、彼女自身のアイドルとしての魅力に対するものだ。デビュー曲それ自体の出来が話題にはなっていない。

 足は引っ張っていないつもりだが、俺が冬華の助けになっているかどうかの自信が無かった。


 ――と、その時。


「おはようございます~」

「おはよう冬華ちゃん! 見て見て! このランキング!」


 冬華が可愛らしくペコリとお辞儀しながら、会議室へと入ってきた。千歳さんも一緒だ。

 まだ学校があるらしく、今日は夏服姿だ。

 ブレザーも良かったが、半袖のブラウスと大きなピンク色のリボンという組み合わせの制服も、冬華の魅力を最大限に引き立ててくれている。

 まるで冬華の為に誂えたような制服じゃないか――等と思ってしまうのは、流石に褒め過ぎだろうか。


「こんなランキングもあるんですね。冬華、知りませんでした」

「……あれ? 落ち着いてるわね、冬華ちゃん。ファーストシングル発売直後に、トップ100入りするかもなのよ? 凄いことなのよ?」

「うふふ、万里江さん。もちろん、分かっています。でも――」


 そこで冬華は一旦言葉を切り、俺の方を見た。

 いつもの温かみと、俺への信頼に満ちた目をしていた。髪には、ハートをあしらったピンクのヘアピンが輝いている。


「冬華、信じていますから。春太さんが作った曲を、冬華が歌う。それだけで、冬華達はもっともっと上へ昇っていけるって」

「――っ」


 自信に溢れた笑顔を浮かべながら、そんなとんでもないことを言ってのける冬華。

 その姿に、思わず視界が歪み始める。……いかんいかん、こんなところで泣いちゃ駄目だ。

 目が潤みそうになるのを、ぐっと我慢する。


 冬華は、自分自身の実力と、俺が作る曲の力を信じてくれている。

 だったら、俺も、俺自身と冬華を信じるべきだ。それが出来なくて、何がプロデューサーか。


「はは、冬華にそれだけ言ってもらえるなんて、作曲家冥利に尽きるな」

「うふふ。じゃあ、次の曲では、作詞家冥利にも尽きてくださいね?」


『じゃあ、次の曲は作詞も俺がやるよ』

『本当ですか!』


 以前に交わした約束の言葉が脳裏に蘇る。

 冬華の為に作る二曲目、三曲目は、既に出来上がりつつある。もちろん、作曲も作詞も俺自身の手によるものだ。

 彼女がここまで注目されている今ならば、本社もゴーサインを出すだろう。

 ならば、俺は全力を――その更に先を目指さなければ。

 

 冬華の信頼に応える為に。


 ――そして翌週。

 冬華のデビューシングルの発売が開始されて程なく、「アイドル・ランキング」の100位に、新人アイドル「村上冬華」の名前が載った。

 久々の大型新人の登場に、アイドル業界の注目は否応なく冬華に集まることとなった。


   ***


「ハイ! ワン・ツー・ワン・ツー! 冬華ぁ! コンマ一秒遅れてるよぉ! 気合い入れな!」

「はい!」


 その日の「アークエンジェル」のレッスンルームは、熱気に満ちていた。

 冬華のダンスレッスン中なのだが、その厳しさは今までの比ではない。冬華が「アイドル・ランキング」のトップ100に入ったことで、ダンスの先生の指導もギアが一段も二段も上がっていたのだ。


 俺の目から見れば、録画されたものを再生したかのように感じる、正確無比な冬華のダンス。

 それも、プロの目から見れば「まだまだ」らしい。

 ダンスはほぼ門外漢なので、俺にはその細かな違いは分からない。だが、冬華達が恐ろしく高度なことをやってのけていることだけは分かった。


「ハイ! 最後、ジャーンプ!!」


 先生の指示で、冬華がフィギュアスケーターのような見事な一回転ジャンプを決める。

 アイドルのダンスでそこまでやる必要があるのか? と思ってしまうが、先生には先生の考えがあるようだった。


 ダンスの先生は、ヴォーカルの先生と同じくプロ中のプロだ。

 まだ三十代半ばだが、もっと若い頃には世界的な大会でいくつも賞を獲っている。

 教える側に立ってからは、様々なアイドルやダンサーを育て上げ、トップアイドルの振付師まで担当している。

 「ミカエル・グループ」が連れてこれる中でも、最高のトレーナーの一人だ。俺とは旧知でもある。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ん~、ちょっと休憩いれよっか? 千歳さ~ん! 冬華の水分補給と、あと体をあんまり冷やさないように、タオルかけてあげて」

「はいな~」


 千歳さんがきびきびと動いて、息も絶え絶えな冬華を介抱する。

 直接体に触れなければいけないので、こういう時、俺は見ていることしか出来ない。

 冬華本人は「春太さんになら、冬華、触られてもいいです」等と、度々に渡ってアブナイ発言をしていたが、それをホイホイと受け入れる訳にはいかない。

 ――色々な意味で、俺の人生が終わる。


「冬華の調子はどうですか、先生」

「ん~? 見ての通り……って、見てて分からないから訊いてるのよね。そうね、あたしの目から見ると百点満点中、八十点ってとこかしら」

「それは……良いんですか?」

「優秀ではあるけど、もう一押しってとこね。実際、冬華はよくやってるわよ。でも、トップランカーの子達は、少なくとも九十点は超えてる感じね」

「……そんなに、差が」


 十点も差があるのかと、戦々恐々とする。

 改めて、これから冬華が挑まなければならない世界の厳しさを思い知る。


「あ、でもあんまり深刻に捉えないでね? あくまでも、ダンスの点数の話だから。冬華の場合、歌唱力が百点満点超えてるからね。トータルの戦力で言えば、他の子達に見劣りしないわよ」

「はは、気休めでも助かります」

「あら、あたし気休めは言わないよ? ヴォーカルの先生達も、冬華のことはべた褒めだから。――ああ、でも」


 そこで先生は、何故かレッスンルームのドアの方を見やった。

 ……なんだろう?


「歌唱力だけで言えば、冬華を超える逸材もいたわね。……ねぇ、隠れてないで出てきたら? 

「……きょにゅう?」


 つられるようにドアの方を見やる。

 すると、ゆっくりとレッスンルームの分厚いドアが開き――見知った顔が現れた。


「ううう、折角隠れて見てたのに~」

「アンタの場合、邪念がだだ漏れなのよ! どうせ冬華の汗だくの姿でも眺めてよだれ垂らしてたんでしょ? 相変わらずね、


 そう。現れたのは冬華の親友にしてライバルの、万世橋ヤイコだった。

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