第三話「ふゆかのうた」

 ――ということで、瞬く間に一週間が過ぎた。

 睡眠時間を削りに削って、どうにかデモ音源まで作り上げた俺を、誰か褒めて欲しい。

 冬華は楽譜も読めるそうなので、そちらも別口で作ってタブレット端末に入れておいた。


 で、最早おなじみとなった「アークエンジェル」の会議室で、早速とばかりに冬華に聴いてもらっていた。


「~♪」


 目の前では、ブレザーの制服姿の冬華(これまたえらく可愛い)がヘッドフォンでデモ音源を聴きながら、楽譜に目を落としている。

 その可愛らしい唇からは、俺が作ったメロディが鼻歌で漏れだしている。なんだかちょっと恥ずかしい。

 デモ音源の試聴に合わせてか、五線譜を象った飾りのついたヘアピンが、冬華の髪の上で揺れていた。


 いつもならデモ音源には、「仮歌かりうた」と言って文字通り「仮のヴォーカル」を入れておくことが多い。

 プロのヴォーカリストさんに頼んだり、はたまた作曲者が自分で歌ったりする。作曲家によっては、音声合成ソフトに歌わせる場合もある。


 今回は時間が無かったので、俺自らが「仮歌」を吹き込んでいる。もちろん、キーは女性向けに調節してあった。

 だから、冬華が聴いているのは、女性の声であるかのように加工された俺の声、ということになる。カラオケのボイスチェンジャー機能の凄いバージョン、とでも思ってくれれば伝わりやすいだろうか。


 そのまま、冬華はデモ音源を何度かリピートして聴き続けた。

 会議室の中に、彼女の天使のような鼻歌だけが数十分にわたって響き続けた。

 そして――。


「とっても、素敵な曲ですね」

「っ!? そ、そうか。良かった、気に入ってくれて」


 そっとヘッドフォンを外すと、冬華は満面の笑みと共にそう言ってくれた。

 俺も、固唾をのんで見守っていた万里江と千歳さんも、ほっと息を吐く。


「でも、今回の作詞は春太さんじゃないんですね?」

「ああ、それはね。オッサン……マイケル会長が、作詞だけ先に依頼してたんだ。かなり売れっ子の人だよ」

「はい、『アンヘラス』にも書いていただいたことがあるので、冬華も知っています。でも……」

「何か気になることが?」

「そういう訳じゃないんですけど。冬華は、作詞も春太さんが良かったなって」

「――っ」


 ちょっと拗ねたような、それでいて甘えたような視線を俺に送りながら、冬華はそんな殺し文句とんでもないことを言ってのけた。

 クリエイター冥利に尽きる誉め言葉だ。しかも、冬華の小鳥がさえずるような美声で言われたら、昇天ものだった。


 しかし、同時に「おや?」とも思った。


「冬華。俺、君に作詞もやってること言ってたっけ?」


 そう。俺は冬華に「作曲が本業」としか言っていない。

 確かに作詞も相当な数手がけているが、例によって買い切りだし、俺の名義が表に出ることはない。なので、俺が作詞も手がけていることを知っているのは、ごくごく少数の人間に限られるのだ。


「いいえ? 実は冬華、前に春太さんが作詞作曲した歌を、歌わせていただいたことがあって」

「え、そうなのか?」

「はい。その……『アンヘラス』が、最後に出すはずだったシングルの、カップリング曲です。『流星ランウェイ』っていう」

「あ、ああ~。その曲か。そうか、『アンヘラス』が歌う予定だったんだね」


 業界の常識なのか、俺の依頼人の非常識なのか。買い切りとなった楽曲の使い道が、俺に知らされないことはザラだった。

 企画書通りのイメージの曲を作って、今回のようなデモ音源を送る。チェックに問題が無ければ、ギャラが払われる。

 細かい編曲やレコーディングは依頼人側で行うので、俺が立ち会うことは殆どない。そういうケースも多かったのだ。


「はい。でも、シングルの企画自体が流れてしまって……。『流星ランウェイ』もあんなに素敵な曲なのに、お蔵入りになってしまって。とっても残念だったんです」

「あっ、もしかしてだけど……俺にプロデュースを依頼したのって」

「ええ。会長さんに、『流星ランウェイ』を作った人にお願いしたいですって、おねだりしたんです」


 なるほど、ようやく謎が一つ解けた。

 なんで、冬華みたいに期待されているアイドルの卵のプロデューサーに、俺なんかが選ばれたのか?

 まさか、以前やった仕事が俺に新たな仕事をもたらしてくれていたとは。


 それでも、冬華の「お願い」だけで事が決まった訳ではないだろう。

 恐らくはあのオッサン――マイケル会長にも、なんらかの思惑があったのだ。

 オッサンとはそこそこ長い付き合いになる。業界で冷遇されている俺が、なんとか食いっぱぐれないで済んでいるのも、オッサンが便宜を図ってくれているからだ。


 ま、そもそも俺が冷遇された遠因もオッサンにあるんで、プラマイゼロなんだが。

 過ぎた話なので、今更言っても仕方がないがな――。


「そっか。お蔵入りは残念だけど、冬華がそこまで気に入ってくれたんなら、『流星ランウェイ』を作った甲斐があったよ」

「はいっ! 本当に大好きな曲なんです!」


 突然、ガタッと音を立てて冬華が立ち上がり、会議机の向こう側からググイっと顔を寄せてくる。

 あぶねぇ。思わずちょっと後ずさらなかったら、下手したらチューしてたぞ。凄い勢いだ。


「曲調は最近の流行りのものなのに、どこか懐かしさを感じて。冬華、小さい頃に聴いた曲名も分からない思い出の歌があるんですけど、それを思い出してしまったんです! メロディも本当に素敵で。でも冬華は、なにより歌詞がとってもお気に入りなんです! 厳しいファッション業界の中を駆けあがっていこうともがく人達の姿を、銀河を長い時間をかけて彷徨う流星に例えて、通り過ぎてすれ違っていく人々を星や他の流れ星の姿に置き換えて、どこか感情を忘れたように無表情でランウェイを歩かなくちゃいけないモデルさん達の内側に秘めた情熱が星々の輝きと熱量とリンクしていて、雄大な宇宙の遠くの出来事みたいに描かれているんですけど、それでいて地球の私達が夜空の星を見上げた時に感じるどうしようもない切なさも表現されていて――」


 そして突然の早口。曲を作った俺にもちょっとよく分からない重い解釈が、冬華の花のように可憐な唇から紡がれ続ける。

 おいおい、うちのアイドル、早速壊れたぞ? 流石に万里江も千歳さんもドン引きしてる。


 結局、冬華はそのあと十数分に渡って「流星ランウェイ」への愛を熱弁し続けた。


   ***


「あの……失礼しました」


 ようやく正気に戻った冬華が、俺達の前で顔を羞恥に赤く染めながら俯いていた。

 そんな様さえ可愛いのだから、ちょっとずるい。


「いや、それだけ曲を愛してくれて、嬉しいよ」

「はい。その……つまり、あの曲を作った方となら、きっと輝けると思ったんです。だから……」


 ――ここまでべた褒めされて、やる気にならない奴はクリエイター失格だろう。

 今までも、もちろん仕事として本気で取り組んできた。だが、これからはもっと、俺の人生を切り売りするくらいの気持ちで、この娘の為に曲を作りたい。そう思わされた。


「じゃあ、次の曲は作詞も俺がやるよ」

「本当ですか!」


 途端、花が咲いたような笑顔を見せる冬華。

 ここまで喜ばれると流石に照れる。頬が熱くなってきた。

 そのまま、お互いにちょっと照れながら冬華と笑い合う。

 ――と。


「ちょっと二人とも? イチャイチャしてるところ悪いけど、二曲目の前にまずは一曲目のことを考えてね~」

「わ、分かってるよ!」


 万里江の言葉に、気を引き締め直す。

 いかんいかん。どうも冬華の反応がいちいち可愛すぎて、デレデレしてしまっていたらしい。

 俺と彼女はあくまでもプロデューサーと担当アイドルだ。一定のけじめは付けないと、色々とまずい。


「大丈夫です万里江さん! 冬華と春太さんなら、きっと誰にも負けない輝きを見せられます!」


 一方の冬華は、目をキラキラと輝かせながら自信満々に宣言していた。

 重いくらいの信頼感だが、悪い気はしない。この娘の言葉には、人をやる気にさせる何かがある。

 もしかすると、それこそがアイドルにとって一番必要な「カリスマ性」とやらなのかもしれない。

 ――等と思ったのだが。


「春太さんに一目会った時、冬華、運命を感じちゃったんです。これから始まるのは、冬華と春太さんの愛の物語……幸せへの一本道ですから! 絶対に大丈夫です♪」


 どちらかと言えば、恋する乙女の暴走特急だったらしい。

 いや、この娘なんでここまで俺に惚れてるの? もちろん悪い気はしないけど、不安というか不穏さの方が大きいんですけど……。

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