間章2 1944年9月〜1945年3月 東部戦線

 バグラチオン作戦後の戦局を追っていく。


 メーメル北部でバルト沿岸に達したソ連軍はさらに支配地を広げ、北部方面軍はドイツ本国と切り離された。

 ソ連支配地を横断してドイツ本国に逃げ帰る事もできない(無理矢理それをやっても、本国に辿り着けるのは1割いなかっただろう)北部方面軍15万の将兵は、リガ西方の、こんもりとバルト海に突き出たクールラント半島に立てこもる事になった。

 すなわち、クールラント半島には新型Uボートの開発を進める研究施設があり、これを守る。バルト海の制海権はドイツが持っているので補給も問題ない。新型Uボートができた暁には、これで連合軍の船を次々と沈めて逆転できる、と。

 どう考えても実現不可能な、希望ともいえない誇大妄想のたぐいにすぎないが、ヒトラーはこれに承認を与えた。

 ヒトラー暗殺計画未遂の後、極度の人間不信に陥っていたヒトラーは各部隊に政治将校をおくり、司令官の動向を監視していた。この状況でヒトラーに逆らえる将軍はすでになく、みな保身と追従に明け暮れていたし、今起こっている悲惨な戦況に耳を傾けることを嫌ったヒトラーには、この手の誇大妄想の方が承認を得やすいという笑えない現実があった。

 当時の北部方面軍司令官のシェルナー将軍はヒトラーお気に入りの1人であり、彼にはこの壊れた独裁者の動かし方がよく分かっていたに違いない。

 こうしてクールラント半島に防衛陣を築いた北部方面軍(1945年1月にはクールラント軍集団と改名)はドイツ降伏までこの地に残り、ソ連軍支配地の中にぽっかりと出現したドイツ支配地は、「クールラントポケット」「クールラントの大釜」などと呼ばれる事になる。


 10月にリガを落としたソ連軍にとって、クールラントに北方軍が丸ごと立て籠るという事態は、予想外だったに違いない。大きな都市があるわけでも、戦略的目標があるわけでもないのだから。

 ソ連は「敵がそこにいるから」的な理由で、10月末から11月にかけてクールラントに大規模攻勢をかけたが、失敗した。

 バグラチオン作戦以降、大量のドイツ軍を包囲壊滅させ、どんどん西に押し込めているソ連軍には驕りも生まれていたし、地形険しいクールラント半島の地理をよく調べもしていなかった。

 一方で比較的時間をかけて防衛線を構築し、狭いクールラント半島に戦力集中させたことで正面戦闘力を高めたドイツ軍にとって、あっさりと負けるわけにはいかない戦いだった。 

 敗報ばかり聞いていたヒトラーからは北方軍将兵を激賞する電報が届き、シェルナー将軍は中央軍司令官に昇進した。

 

 だが、この敗戦はソ連首脳を正道に戻した。

 すでにヒトラー亡き後の勢力拡大を見越していたスターリンにとって、最終目標はベルリンであり、その進路の邪魔にもならないクールラントなど封じ込めておけばいいだけの話だ。そもそもベルリンが落ちれば、枝葉にすぎないクールラント軍は降伏するしかない。わざわざ攻撃して被害を出す意味などない。

 クールラント正面のソ連精兵部隊は東プロイセンなどの激戦地に回され、クールラントは休養部隊や民兵を主体とした2線級部隊の防衛区域とされた。

 その後も断続的に戦いは続いていたが、主戦場がドイツ本国に近づく事に比例して、クールラント戦線は落ち着くようになっていた。


 ドイツ本国や東欧諸国の戦争はまだ終わってはいない。

 フィンランド、ルーマニア、ブルガリアといったかつてのドイツの同盟国はソ連軍に降伏し、矛を逆に持ち替えてドイツに宣戦布告していた。さらにポーランドや東プロイセンを伺う姿勢を見せていたソ連軍だが、ヒトラーはそれらを無視して西方、すなわち米英軍への攻勢を考えていた。

 米英軍の方が弱いと考えたヒトラーの直感で、「ラインの守り」作戦、アメリカからはバルジの戦いと呼ばれた攻勢をアルデンヌ方面で行ったが、米軍の抵抗と補給切れで失敗した。

 それを見たスターリンは攻勢計画を早め、1945年1月に冬季攻勢を開始した。ポーランドに攻め入りワルシャワを包囲し、東プロイセンのケーニヒスベルクにドイツ中央軍(名称はのちに北方軍となるが)を封じ込めた。

 ハンガリーやチェコスロバキア方面軍でも軍を進め、ハンガリーの油田が取られる事に焦ったヒトラーは「春の目覚め」作戦を発動、ハンガリーでの攻勢をかけたが、全く歯が立たず無駄に兵力を毀損するのみであった。


 万策尽きたドイツに対し、1945年3月末にベルリンへの道を切り開いたソ連軍は、チェックメイトの手を放とうとしていた。

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