がおがおプリンはお好きですか?

遠野いなば

プロローグ


「突然ですが、モーニングは明日閉店します」


 そうなのか。それは大変だ。

 いつものように私服からウエイター服に着替え、ショーケースに当店自慢の『がおがおプリン』を並べる。

 ここまではいい。問題はそのあと。閉店? 明日? 何かの冗談か? エイプリルフールならもう半年も前に過ぎているぞ。

 数秒考えてから、篠目景虎しのめかげとらは内心の焦りを隠すように質問する。挙手。


「あの……遥さん。流石に明日というのは急すぎではありませんか?」


「はい。ですから、『突然』って言いました」


 ニコニコと、ほんわかとした笑みを浮かべて、店長——群雲遥むらくもはるかが答えた。

 長く艶やかな黒髪。すべてを優しく包みこんでくれそうな、柔和にゅうわな面差し。年は二十代半ばくらいに見える。カフェ風の制服を着た女性だ。

 相変わらず、のほほんとした雰囲気で話す彼女からは鬼気迫るものなどなく、やはり冗談なのではないかと思えてくる。


「明日で閉店です」


 否、二回言った。本当のことらしい。


「あ、はい。そうですか……」


 流石にこうもはっきり言われるとそれ以上は何も言えなかった。

 そんな景虎とは反対に、隣の同僚は『焦ってます』というのを全面に出している。


「そ、そんなぁ! 遥さん、急すぎます! 私、来週の分の材料、注文入れちゃいましたよー」


 慌てながらそう話す彼女は秋庭小萩あきにわこはぎ

 景虎よりも四つほど年下の彼女は、この店のすべての商品を任されている製菓担当だ。

 秋の庭に咲く奥ゆかしい萩の華。

 ……とは全く違い、さらさらとした栗毛色の髪をひとくくりにまとめ、和風とはかけ離れた、ザ・洋風姿(パティシエ)の少女である。


「ごめんなさいね。もう決まったことだから……」


 遥が答える。


「明日……明日。どうしよう……。明日、黄昏たそがれさんからお祝いケーキの注文、入ってたのに……」


 小萩ががっくりと肩を落としながら、注文票を手に取る。そこには近所の洋食屋から注文が来ていたらしい、商品の名前が書いてあった。


「そうね、キャンセルのお願いをしないと……。小萩ちゃん頼める?」


 遥が困ったように言い、それに対して小萩が「はい」と力なく答えた。


「………………」


「はい、そういうわけだから、二人とも。今日はお店を開けずに閉店の準備をしましょう。景虎くんはホールの片づけ。小萩ちゃんは厨房をお願いね」


「うぅ……気が進まないなぁ」


 遥の言葉に小萩がノロノロと厨房へ向かう。そこで一言。


「あ! 遥さん。ケーキ、どうしよう! お店開けないなら朝作ったやつ余っちゃいます!」


「あら、どのくらい?」


 小萩の言葉に遥も厨房へ入り、店頭に並ぶ予定だった数を確認している。その数およそ十五ホールはあるだろうか。あくまで作業台に置いてある範囲だが。


「うーん。こんなにたくさん……流石に三人では食べきれないわねぇ」


「あ、それなら、ご近所さんに配ったらどうですか? 今までありがとうございましたって感謝を込めて」


「お、小萩ちゃんナイスアイデア! それじゃあ早速、包んじゃいましょう」


「はーい」


 てきぱきと遥がホールケーキをカットし、小萩が包装用の箱を組み立てる。淡いオレンジを基調としたカラフルな箱だ。次々とケーキが詰められていく箱の内側には、愛らしい虎のイラストが描かれている。

 そして。

 やっと二人は思い出したかのように売り場でたたずんだままの景虎を呼んだ。


「あら? 景虎くんどうしたの? そんなところに立って」


「そうだよ景くん。いっぱいあるんだから、手伝ってよー」


「………………」


「……? 景くん?」


 小萩がぽけっとした顔で首をかしげた。

 プリンの容器を持ち、どうしたんだろう? と、だんまりを決めこむ景虎を見ている。


(さて、何からつっこもうか)


 そう。さきほどからツッコミたいことが山ほどある。

 なぜ閉店の前日に、閉店のお知らせをするのか。

 そのうえでなぜ、今日の分の菓子を焼いた。

 さらに配るってどういうこと? 小萩の反応ずれてない?

 それからその箱、表と裏が逆だろう。

 おかしな点が次々と浮かび上がる。

 だが。とりあえずその前に。


「虎の顔、くずれてる」


 それは当店一番人気の、がおがおプリン。税込み一個二〇〇円。

 プリンに描かれた小虎の顔はおそらく失敗作だろう、盛大にしょんぼりとしていた——


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