結い詠

ただのN

前編

———視界が突然真っ白に染まって、


ぱっと周りを見回すと、見知らぬ街、見知らぬ人、そして…

「木造建築に、着物…?ここ、まるで江戸時代のような…」

どうやらとんでもない所に来てしまった、と少女は感じた。

次の瞬間、

「ぅ゛、あ、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」

後ろから、おぞましい気配。

「っ!?」

彼女は即座に逃げ出す。

しかし土地勘のない場所、そして”儀式の服”

動きづらすぎた。

なんとか周りの小道を利用して逃げていたが、とうとう追い詰められてしまった。

よく見ると、その異形はまさに『化物』だった。

一応人の形をしてはいるが、皮膚は爛れ口は裂け、目は充血し常に上を向いている。しかし動くのはとても早い。

そいつは少女を追い詰めたことからか、ニィっと醜い笑顔を浮かべ

「みィつけた」

と言った。

ここまでか、と少女が諦めそうになったとき、彼は現れた。

突然現れた男は、刀でその異形を一刀両断すると、庇うように少女の前に立った。

そのことに安心した少女は、

何故か『数百年前の時代に来ている』

『謎の気持ち悪い異形に追いかけられた』

という混乱と疲労でそのまま意識を失った。


「もう大丈夫だ…ってあぶなっ!?」

崩れ落ちる少女の体をなんとか支える男。

「えっ、どうしよう…姉上に相談するか」

このままではしょうがない、と体を横抱き(現代で言うお姫様抱っこ)にして少し駆け足で歩いて行った…


 * * *


こうなった原因は数刻前、

先程の少女…

名を神華結月(かみしろゆづき)と言う。

彼女は天石(あまいし)神社の神主の一人娘で、子が十五歳を迎えた時に行う儀式の最中だった。

儀式とは、天石神社の祀る石の御神体、それを原石とした首飾りを次の世代へと受け継ぐこと。

その首飾りを結月の父、現神主から受け取るのだ。

そして首飾りを結月が身につけた瞬間、

辺りが光に包まれた。

全てが真っ白になる。

結月は一瞬だけ白の世界を見るも、そのまま意識を失った。


 * * *


「…ね」

「…はい」

なにやら、話し声がする。

結月はゆっくりと意識を浮上させる

「…っ」

女性がいち早く気づき、声をかけた。

「あら、目が覚めましたか?」

結月は目を見開き

「!?」

と固まってしまう。

「ああ、驚かせてしまったようだ」

女性と話していた青年が声をかける。

「あ、貴方は…あの時の…」

結月は異形に追いかけられた時の事を思い出す。たしか、この青年が結月を助けてくれたのだ。

「間に合って良かったよ」

にかっと笑い、結月もお辞儀を返す。

「助けて頂き、有難うございます」

姿勢を正そうとするも、思っていたより意識を失っていた時間が長いのかふらりとバランスを崩してしまう。

女性が即座に支えると、

「まだ起きたばかりです。動かないで、安静にしていてください」

「す、すみません…」

結月がそう言うと女性はやんわりと笑みを浮かべ、

「気にしないでください。あ、自己紹介していませんでしたね」

その女性の名は紡(つむぎ)。

そして結月を助けてくれた青年は

「俺は総一郎(そういちろう)だ!よろしくな」

そう大声を出して笑った。

その大声にびくっと震えてしまい、紡が

「馬鹿ですか?病人がいるんです。少しは静かにしてください」

と、笑顔で圧を掛けて言った

その圧にまた震えそうだったが、総一郎の反応が

「す、すみません…」

とても震えて怯えていた為、思わず笑いそうになった。

自分も自己紹介せねば、となったが

父からのとある教えを思い出し、必要最低限の自己紹介をした。あと緊張と人見知りが出た。

「結月です」

それしか言わない結月にぽかんとした二人だが、直ぐに結月の人見知りな性格を見抜いたのか、納得したような表情を見せ

「よろしくな」

「よろしくね」

と返した。


「あの…」

結月が控えめに問う。

「あの化物は?」

近くを通りかかった総一郎が答えた。

「厄を具現化した化物、厄魔」

総一郎曰く、厄魔に襲われるもしくは取り憑かれると、その場で死ぬもしくは生きても数日後には厄魔に引き寄せられた厄により大半が死んでしまう恐ろしい化物。

強ければ強い厄魔ほど、その場での致死率はあがる。

稀に知性があると、わざとその場で殺さずじっくりと苦しめたり、惨い殺し方をすることもある。

知性がある奴とは基本的に会話も可能。

知性がないやつも、喋るには喋るが会話は成立せず、一方的に襲ってくる。

しかし居るのは基本はこの地域のみだそう。


「え…」

そんな化物に追われていたのか、自分は。

と顔面蒼白の結月。

だが総一郎は驚いたような顔をして、

「君はあれが見えたのだね」

「え?」

見えるも何も、とてつもなくおぞましい気配がしたし、とても見た目が気持ち悪かった、と結月が視線で訴える。総一郎が

「ああ、すまんすまん、基本的にあれは見えないのでね。見える人間がいた事に驚いたのさ」

そうなのか…と結月が驚いた顔をしているとき、総一郎はひどく思い詰めたような表情をしていた。しかし自分の状況を飲み込むのに精一杯な結月は、それに気づくことはなかった。


「そう言えば、君はどこから来たんだい?お父さんやお母さんが心配するぞ?」

「…」

どうしよう、と固まる結月。

それはそう、彼女は二百年後の令和からやってきたのだ。

先程紡に西暦を教えて貰った時は絶望的な表情をしていた。いや、顔には一切出さなかったが。

結月は悩んだ。信じて貰える可能性は低い。でも言わないと進まない。

「実は」

自分が約二百年後から来た人間だということ、大事な儀式をしている最中で突然意識を失い、気づけば先程の場所にいたということを説明した。

本人は気づいていないが、酷く焦っていて必死の表情だった。

「なるほど、な。」

やはり、信じて貰えない。

結月がそう思った次の瞬間、

「信じるさ」

「……え?」

歯を見せて大きく笑った彼に、目を見開いて驚く結月。

「信じ、るの…?」

「じゃあお前は、嘘を吐いたのか?」

「ち、違うっ…!そんなこと、しない…!」

じゃあ良いだろ、と笑う総一郎に結月は懐かしい気配を感じた。

「それでは、どうやって帰るのですか?」

いつの間にか近くにいた紡が問う。

「分かりません…原因も分からない…」

目を伏せて答える結月。

「それじゃあ、探しにいこうぜ!情報がねぇか町で聞いたり調べたりしよう!」

ぽかん、とする結月に紡が優しく声を掛ける。

「体調も大丈夫なら、行ってきてはどうですか?ああ見えて、総一郎は強いので」

そう言われると断れないし、どうせここにいても何も始まらないと思った結月は立ち上がって

「宜しくお願いします」

と丁寧にお辞儀をした。

なんて礼儀正しい子、と二人は驚いていた。


紡に『その服じゃ動きづらいでしょう?』と言われ気づいたが、今は無地の薄い浴衣、他の服は儀式のとても重い着物しかない。

どうしようかと途方に暮れると紡が服を貸してくれる事になった。

その服は見た目は普通の着物とほぼ一緒だが袖幅が短く、褄下に長い切れ込みが入っている。それにより脚がかなり露出している。

「…あの、これは」

「ふふ、ちょっと私が若い頃に色々やってた時の服が見つかってね?」

何も聞くなという圧を遠回しに感じた結月は

「…有難うございます…」

とだけ何とか返した。

着替えると、思っていたよりも露出が多かったため、すこし恥ずかしかったもののやはり表情には一切出ない結月だった。


 * * *


(やっぱり、江戸時代なのね…)

皆が和服を着ていて、建物が木造建築に瓦屋根だ。思わずキョロキョロと眺めていると

「…あれ、」

一人になっていた。

一緒にいた筈の総一郎が消えていた。これは不味いと周りを見渡すも、総一郎の姿は見当たらない。どうしようかと固まっていると、

「そこのお嬢さん、大丈夫ですかィ?」

上から声がしたのでぱっと顔を上げると豪快に笑う大工がいた。

彼の名は藍崎健像(あいざきけんぞう)。町大工で皆におやっさんと親しまれている人だ。

「えと…」

初めて来る町で連れとはぐれてしまい、どうしようかと困っている、結月が俯きがちに説明すると、

「その連れってのは誰だィ?」

つい反射で答えた。

「えと、総一郎さんです。」

分かるのだろうか、と不安げに問うと藍崎は

「ああ、総一郎か!」

「お知り合いなんですか?」

「まあ、彼奴この町だと有名だからな」

そうなのか、と結月が無表情だが驚いていると

「結月〜!!」

と叫び声が聞こえて其方を見ると慌てて走る総一郎。それにいち早く気づいた藍崎が

「おい総一郎!こんなお嬢さん置いてどこいってるんでィ!」

「悪ぃおやっさん。いつの間にかいなくなってたんだよ」

割とすぐに合流できたことに安堵しぺこりと礼をする結月。

「若いのに礼儀正しい良い子ですねィ。またなんか分からない事があったら言ってくだせェ。今日俺はここに居るんで」

困ったらここに来よう、と決めた結月だった。


情報集めはかなり苦戦した。

まず厄魔を知っている人間が少ないのだ。それに加え結月はかなりの人見知り。

総一郎は藍崎の言った通り皆に知られており、歩いているだけで多くの人に声を掛けられていた。

毎日毎日町へ出て話を聞いたり、資料がありそうなところに足を運んだ。


結月が来てから、一週間ほど経った頃だろうか。

「そう言えば、厄魔に取り憑かれた人間は助けられるの?」

結月がふと思ったことを総一郎に問いかけた。

情報集めをしながら話していた(喋っていたのはほとんど総一郎だったが)二人はすっかり打ち解けて(?)堅苦しいのが嫌だとお互い敬語を使わず話していた。

「取り憑いてすぐのそこまで強く無い厄魔なら問題ないな」

勿論、間に合わないこともあるが。

と総一郎は目を伏せた。聞いてはいけなかったかと結月が焦り

「あ、ごめんなさい…」

「いや、気にしないでくれ。それは俺の力不足だ。」

顔の前で手を振る総一郎。結月には無理をしているようにしか見えなかった。

結月はもう一つ質問を投げかける。

「厄魔を見ることのできる人間は、貴方と私以外にいるの?」

少し考えてから総一郎が話す。

「うーん、俺の一族は少し特殊でな?厄魔を見ることのできる血を持つんだ。稀に結月みたいにその血が流れていなくても見える奴はいるが…本当にそれは少ない」

「でも、厄魔を知っている人、まあまあいたよね?」

「ああ、それはな…」

総一郎の説明を纏めると、この地域は厄魔の被害が遥か昔から続いており、伝承されているのだ。幼い子には絵本を、大人の者には実際に被害者がその恐ろしさを伝えるらしい。勿論全員が信じている訳では無いが、実際に原因不明の死者は多いらしい。最近は総一郎ら祓える者が出てきた為減っているそうだが。

そして、

「厄魔に憑かれると、偶に厄魔を見れる者が出てくる。さっき会ったおやっさんなんかもそうだ。でも見れない人の方が多いからここに住むときには御札や御守りが必ず配布される。厄魔の力は壮大で、稀に大量発生すると時空が歪むことまである。まあこれは本当か分からないけどな」

伝説に近いな、と笑う総一郎の説明を聞き、結月が一つ思いついた。

「私が来た理由には、厄魔が関係しているかも知れない…」

「…あ、」

全く思い浮かばなかったと吃驚する総一郎。

「そうと決まれば厄魔の情報集めだな」

「…厄魔の資料なんて、どこにあるの」

「たぶん、うちの蔵にあるわ」

え、と思わず声を出す結月。総一郎が人差し指を口に当ててしー、と言うと

「うちがそういう系なのは知ってるだろ?だからあるにはあるんだが、かなりの秘密主義でな、裏口から潜入とかになるが…それでもいいか?」

帰れるかもしれない。

断る理由がないと頷く。

「よし、明日の早朝に調べよう!俺も姉上の家に泊まらせて貰うことにする。姉上は結婚して家を出てるからな」

気づくと大分日も傾いていた。急いで帰ろうとした。しかし、二人とも足を止める。

「…厄魔か」

下がっていろと総一郎が結月を背に庇う。

厄魔は、知性があった。

「おやおやまア、随分と可愛らしい娘がいるじゃナいか…」

「っ!」

総一郎が咄嗟に避けると先程いた所には大きい窪みが出来ていた。こいつ、物理攻撃まで…総一郎が冷や汗をかく。結月が

「私のことは気にしないで。自分で逃げる」

そう言うと総一郎の指示を聞かず、すぐに動いてしまった。

「逃がサないヨ?」

結月に攻撃が飛んだ。避けられなかった。

死ぬ。そう思った瞬間、

「ぐあっ!」

「…!?」

総一郎が結月を庇った。体が吹っ飛んで壁にぶつかる。

「ほう…身を呈シて小娘を庇うトは」

総一郎の横腹から血が溢れ出る。

「あ…」

目を見開いて固まってしまった結月。

数年前の光景が脳裏に浮かんだ。



『いいか、万が一神華の一族以外の者と会ったら決して苗字を名乗ってはいけない。その者を傷つけるぞ』

そう何度も教えられた。自分達一族の厄、呪いは他人を殺す。だから幼い頃から結月は神社から出た事はなく、家族以外と話した事も無かった。

ある日、

『この方は一族の厄を受けない家系の方だ。今日から結月の先生を務めて頂く』

『宜しくお願いします』

そう笑った顔が、忘れなれなかった。


自分が奪った笑顔が。



厄魔が攻撃を繰り出そうとしていた。

「結月!!」

はっとして反射的にその場を離れる。

斬られたような傷が地面についた。総一郎が叫ばなければ結月も死んでいた。

(…どうすれば、いいの?このままだと、私も彼も死ぬ)

「結月…」

ぱっと総一郎の方を向くと刀を投げられた。

「お前、剣道とかやってるだろ。ならいける」

見抜かれたことに驚く。しかしそんな場合ではないと刀を抜いた。勿論、真剣を持つのは初めてだった。

何度も何度も攻撃される。

その度に抉れる地面。

持ち前の身体能力でなんとか躱していた結月も限界が近かった。

「さて、そろソろ終わりニしようカね…」

先程とは比べ物にならない圧。

空気が震えた。

どう避ければいい?と考えているうちに厄魔が動いた。

しまった、と思う。

やけに時間の進みが遅く感じた。その時

「右へ!!」

総一郎が再び叫んだ。結月は迷わず動いた。そこには攻撃の穴があり、ギリギリで躱すことができた。

これを躱されると思っていなかった厄魔に隙ができる。それを見逃す結月ではなく、一瞬で斬り裂いた。

叫んだときの総一郎の瞳は、普段の深い蒼色ではなく、紅に染まっていた。

刀を鞘にしまうと、膝から崩れ落ちた。しかしそんなことしている場合ではないと立ち上がり、結月は総一郎に駆け寄る。意識が無かった。

「っ、誰か助けて!!!」

その叫びは、結月の出した初めての大声だった。その声と先程までの音になんだと寄ってきた町の人々は総一郎を見ると驚き顔を青くさせた。



「もう大丈夫です」

医者から手当を受け、そう言われて結月は安堵した。

元は自分を庇って受けた傷だ。だから自分に看病させてくれと言って止めなかった。

彼女も無傷でないのに、誰が止めても三日三晩看病し続けた。紡も

「そうしたいのでしょう。彼女の気持ちはよく分かります。」

と言い、結月と同じく看病し続けていた。

結月は知っていた。

隠れて紡が不安で泣いていたこと。


結月は彼が目覚めるまでずっと思い出していた。

己の罪を。


 * * *


先生は、優しくて笑顔の絶やさない方だった。博識で面白くて、ちょっとだけ天然だけど、とても良い人だった。

私の知らない世界を教えてくれた。

年相応の遊び方すら知らなかった私に、沢山の遊びを教えてくれた。

とても強かった。

私が先生に剣道や柔道、弓道で勝てたことはなかった。

特に剣道は凄くて、今でも勝てる気はしない。

ずっと閉じこもっていた私の世界、モノクロの世界だった景色に、色をつけてくれた。

先生は、よく言っていた。

『貴女は人との関わりが一族の厄のせいで、極端に少ないです。でも今後、必ず関わる機会がでてきます。そのときにたとえ初めて外に出た時だとしても、立派と言われる人間になりなさい。そしてそれを導くのが、私の役目です』

そう言い切った先生を不思議そうな目で私は見つめた。

『人との出会いを恨んではいけませんよ、結月。先程言った通り人と関わることの少ない貴女は、他人との違い、差に苦しむことがあるかもしれない。教えている理論では理解することのできない出来事に出会うかもしれない。それでも、決してそれらは無駄にはならない。きっと、結月を成長させてくれますよ』

先生は笑った。

私の大好きな笑顔で。


その、数日後だった。

『たっ、大変です!!』

そう使いの一人が叫んだ。

使いもまた、神華の厄に耐性のある一族の人間。

『何事だ!?』

ドタバタと走り回る音が聞こえる。私は大して気にしていなかった。ただ、

(先生来るの、少し遅いな…今までそんなこと無かったのに)

なんとなく、嫌な予感がした。

そしてそれは当たってしまった。

『先生が、事故に遭われて亡くなった』

それが聞こえた瞬間、周りの音が一切聞こえなくなった。

自分の血液の流れと、心臓の音だけがやけに響いた。

『——え?』

景色の色が滲んで、グチャグチャになって、歪になった。


そこからの記憶は無い。

覚えているのは、先生が工事現場の事故に巻き込まれ、子供を庇って死んだこと。

__神華の厄では無かったこと。

本当に偶然だったそうだ。

父達が必死で調べていたが、神華の呪いがかかっていた訳でもないし、耐性のある一族で若くして事故死したのは先生だけだった。

(…私のせいだ。)

私が必要以上に関わったから。

そうじゃなければ、なんで先生は死んだの?

私のせいだ、私が、私が、私が、


せんせいを、ころした。


 * * *


彼は案外直ぐに目覚めた。しかもほぼ傷も塞がり、包帯を外しても大丈夫なぐらい回復して。医者も驚いていたがもう動いても大丈夫だと話した。

「ごめんなさい…」

(もしかしたら、自分に流れるこの血が…また、誰か、大切な人を…)

結月にとって、総一郎はもう傷つけたくない、とても大切な人だった。

目を覚ましてから結月はひたすらに謝り続けていた。総一郎がもういいと止めさせて

「それにどっちも助かったしもう大丈夫だ!明日…は流石に無理だな。明後日、作戦決行だ。」

いたずらっ子のような顔をして言うので最初は不安だった結月も安心して頷いた。

…己の心の揺れを、隠しながら。


翌日、蔵に忍び込んだ二人は厄魔に関する資料をそれぞれ読んでいた。結月がとあることに気づく。

(五年前までは被害が段々と減っていたのに、また急激に増えている)

何かあったのだと感じたとき、首飾りが光った。

驚いて資料を落としそうになるもなんとか堪えてよく見る。儀式の時に受け継いだ首飾りは、紡の目を盗んで自分の服から取り、首につけていた。

(やっぱり、ここには何か眠っているの…?)

移動すると光が強くなったり、弱くなったりする。そして

「っ…!」

眩しいぐらいに輝いた。

なんとなく、バレてはいけないと感じた。

帯の隙間に無理やり入れて隠す。痛いが仕方ないと思いつつ、その本を開いた。


それは、誰かの書いた研究日誌のような物だった。


『我々に流れる妖力は、二つに分けられるようだ。一つが正の妖力、もう一つが負の妖力だ。』

『正の妖力が私含めた大多数。しかし負の妖力を持つ者が稀に生まれるらしい。負の妖力とは一体何なのか…調べる価値はありそうだ。』

『負の妖力とは、とんでもないものらしい。厄魔の元となる力だ。厄魔が生まれたのも、その妖力を持つ者が数々の厄災、不幸にあったことから生まれたようだ。』

『そして、正負関係なく妖力があれば厄魔は見える。しかし祓うことができるのは正の妖力を持つ者のみ。負の妖力を持つ者はむしろ、厄魔を強化してしまうようだ。』

『負の妖力を持つ者は厄災に遭ったり、心を闇に侵されなければ厄魔を成長させるという点を除いては正の妖力を持つ者とあまり変わりがないようだ。』

『しかしまあ、負の妖力を持つ者には性格がかなりひねくれている者が多い。過去の事件を見ると、より明白だ。実例が少ないので確定とは言えないが。』

『妖力に関連して厄魔を調べていくと、現在の厄魔とはかなり違う点があるようだ。負の妖力については上記ぐらいしか分からなそうだが、まだまだ厄魔は研究が必要そうだ。』

『どうやら数百年前、厄魔が生まれたばかりの頃はとても強く、憑かれるとほとんどの確率で死んでしまうようだった。』

『しかし神華の一族、つまり我々の存在が生まれたことにより厄魔の発生は抑えられ、段々と弱体化していったようだ。』

『稀にとても強いものもいるようだが、それは数年に一度だった』

『調べていくと分かったことがある。神華の関係者は皆が短命だ。しかも厄魔に襲われたような死に方である。だが厄魔によるものではないようだ。もしかしたら、我々と関わる者には呪いのようなものがかかってしまうのかもしれない。早急に調べねば。』

その後も厄魔や神華の厄、呪いについて書かれていた。自分達の血が、いかに重いかを知らされた。家でも流石にここまで残酷には伝えられなかった。

そして何より

(厄魔は年々弱体化していた…?でも総一郎は厄魔に遭遇すると高確率で死ぬと言っていた…その説明はまるで、生まれたばかりの頃の厄魔のよう…どういうことなの…?総一郎はこれを知っているの…?)


集中して読んでいたせいか、後ろにたった人物に気づかなかった。


「お前は、何者だ?」


「…え?」

突然、総一郎から問われる。

気配に全く気づかなかったこと、そして

(物凄く強い圧…膝から崩れ落ちそう…!)

「何故、それを読むことができる」

「ど、どういうこと?」

「それは、その書物は」


—神華の血を引いた者しか読めないからだ。


「…!?何故、その名を…!」

結月は酷く動揺した。

神華の名を知られてしまった。だが総一郎も神華の名を知っている。

どうして?必死で考える。

ひとつの結論に辿り着いた。

「まさか…」


* * *


「騒がしいな」

「ご、ごめんなさい。」

怯えた声を出したのは、紡だった。

「そうやってお前はいつもいつも!!」

「やめてっ!」

隣にいた男が紡を殴る。蹴る。暴言を吐く。


紡の心と身体はもう限界だった。


“夫”からの度重なる暴言暴力。

そしてそれを誰にも話さず…いや、話せず何年経っただろうか。

二人が両家のお見合いで大団円で結婚して、一年後に紡はその腹に命を宿した。

皆大喜びだった。


しかし、流産した。

それを切っ掛けに夫は凶変した。

優しかった彼はどこにもいない。

不倫し、賭博に手を出し、妻を道具やストレス発散としか使わない。

たがあまりにも外面がよく、誰も信じなかった。

彼女も、耐えすぎてしまった。


自分では気付かないが、彼女はもう、壊れかけだった。


 * * *


「まさか…貴方も神華の一族なの…??」

結月がたどり着いた結論、それは総一郎も神華の一族ということだ。

「…ああ。俺は『神華総一郎』(かしろそういちろう)…成程、全てに納得がいった。」

お互いとても驚くも、

「そうね…」

よくよく考えたらお互い、最初に苗字を名乗っていない。

それは神華の厄があったからだ。

厄魔を見ることができる理由にもなる。

「でも、どうして分かったの?」

視線を鋭くさせる結月。落ち着けと総一郎が宥めながら

「その本は、神華の一族の妖力がある者しか読めないんだ。神華の妖力で封印されている…逆に聞きたいんだが、何故見つけられた?」

結月は首飾りのことを思い出して取り出そうとする。

「…痛、」

無理矢理帯の隙間に入れたのだ。

ゴツゴツしていて痛いに決まっている。普段は透き通った美しい翠色をした石が、今は弱々しいものの光っている。

「これが、十五の儀式で伝承される首飾り…知ってる?」

総一郎は眉間に皺を寄せると

「いや…知らないな。十五の儀式はあるが、このような首飾りなど伝承されていない…」

「え?」

どういうことだ、と結月が固まる。

「ちょっとよく見せてくれ。」

結月が総一郎に首飾りを渡すと、よくよく調べだした。

そして、

「な、なんでだ…?」

「何か、分かったの?」

総一郎は少し渋ったあと

「…俺の、妖力が流れている。しかし、俺は全くこのような石に妖力を…しかも最高密度で詰めたことなどない。」

「どういう、ことなの…?」

目を見開いて固まる結月。

総一郎が”最悪な結論”を出す。

「今後、ここに…いや、この世界にとって、重要な何かが起こる。

君は未来から来たといったな。

だから、きっと、それは…」


『———俺が、呼んだんだ。』



to be continued…

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