一角と千角 1

ましさかはぶ子

一角と千角





一角いっかく千角せんかくは鬼の双子だ。

地獄と現世の狭間にある恐ろしく古い家に祖母と住んでいる。


一角と千角の祖父が亡くなって半年経った。

鬼と言っても色々な鬼がおり、彼らの血筋は世を渡り歩いて

いわゆる宝と呼ばれるものを探す家系だ。

その中でも祖父はとても優秀で鬼界きかいでも名を馳せた冒険家だった。

だが晩年は長く患い寝込むことが多かった。


一角と千角は小さな頃から祖父から冒険の話を聞くのが好きだった。

だが半年前、ついに


「わしが死んだら蔵の中を探せ。」


と言い残して死んだ。


一角と千角は彼の死後しばらくしてから蔵の中を探り出した。

祖母の梅蕙ばいけいは祖父が死んでからほうけてしまい毎日ぼんやりしている。


それはそれで心配だが、祖父が言い残した言葉が気になり二人は血が騒いだ。

彼らも祖父の血を引く冒険者なのだろう。


だが古い蔵にはとんでもないほど物があふれていた。

それを埃にまみれつつ一つ一つ確認してそして今日、


「千角、これどう思う。」


と一角が色のすっかり変わってしまった行李こうりを開けて言った。


「……なんかヤバイな。」

「だよな。」


物が積みあがった奥の奥、

いつしまわれたのか分からないような場所にそれはあった。


真面目そうな顔立ちの一角が埃の付いたメガネを指で押し上げた。

カジュアルなワイシャツに短いネクタイを締めている黒髪の鬼だ。

彼は行李から黒い小さな小箱を取り出した。


薄暗がりの中でも黄色い髪が目立つ千角が受け取り臭いを嗅いだ。

千角は一角と違って少しばかりしゃに構えた顔立ちだ。

頭の上で長い髪を纏めてかんざしで止めている。

身に付けている服はまるで原色の塊だ。


「人のにおいだ、沢山混じってる。かなりくせぇ。」


小箱は黒い漆塗りで平たい形をしていた。

男の手で少しばかりはみ出るほどの長さか。

漆はつやつやと光り真新しい感じだった。


「見た目は普通の箱だがあまりにも人の臭いがきつい。

昔からここにあるようだが臭いは新鮮だ。」


一角の目がメガネの奥で光る。

彼は箱を千角から受け取った。


「開けるよ。」

「おう。」


開けた途端中から何かが出て来るかも知れない。

二人は構えた。

そしてふたを開けた。


何も起こらない。

内側は禍々しい程の照りのある真っ赤な絹の布張りで

一つの巻物が入っていた。

そして巻物の横には何か細長いものの跡がある。

巻物と何かが並んで入っていたようだった。


二人の緊張が少し緩む。


「巻物と何かで二つあったみたいだ。」

「しかしまあ、古い行李に入っていたわりには新品みたいだな。

それにこの人臭さ、たまんね。」


千角が目を細めて舌なめずりした。

彼らはまだ人を喰べた事は無いが鬼の本能としての一面だろう。


「よう、一角、この巻物開けてみようぜ。こんな怪しげなもの絶対何かある。」

「僕もそう思う。とりあえず僕が開けるよ、でも何が起こるか分からない。

気を付けて、千角。」

「おうよ。」


薄い光が蔵の細い明かり取りから入り込む。

暗がりでも二人の瞳はしっかりと周りが見える。

猫のように瞳孔が開き、その奥が光った。


一角が巻物を取り、紐をほどいた。

巻物の手触りはざらりとして新しかった。

彼はゆっくりとそれを開く。


中には地図が書いてあった。


長く伸びた姿だったがいわゆる日本という国の姿の様だった。

そしてところどころに小さく光るものがある。


それはちらちらと瞬き小さな星がそこにあるようだった。

だがすべて真っ赤に光ってあからさまな凶星に見えた。


「……この地においての百八の煩悩星、玉に入り散らばりけり、

鬼にいては勝機のあかしなり…」


一角が巻物に書いてある文字を読み上げた。


「オレはこれはじいちゃんが言ってた何かだと思う。」

「僕もそんな気がする。おばあちゃんに見せようか。」

「そうしようぜ。ばあちゃんもじいちゃんと一緒に色々回ったからな。

何か知ってると思うぜ。」




居間で梅蕙ばいけいはぼんやりと座っていた。


以前はよくしゃべるおばあさんだったが、

おじいさんが亡くなってから

無口になりぼうっとしている事が多くなった。


「おばあちゃん。」


部屋に入った一角が静かに声をかけた。

梅蕙は身動きしない。


「……ばあちゃん、ちょっと見て欲しいものがあるんだけど。」


千角が梅蕙の前に巻物を広げた。

彼女が一瞬ピクリと動く。


「……お前たち、それをどこで見つけた。」


しわがれた声で梅蕙が聞いた。


「蔵だよ。おじいちゃんが死ぬ前に探せと言っただろ。

それで僕達毎日探していたんだ。」

「ばあちゃん、これヤバいんだろ。人の臭いがプンプンする。」


梅蕙は巻物を手に取りしみじみと見つめた。


「これは逆数珠ぎゃくじゅずのありかだよ。」


先ほどとは違うはっきりとした声が聞こえた。


「じいさんとあたしで見つけた逆数珠の玉だ。全部で百八ある。

あたしら鬼にとってはまたとない宝だが人にとっては災いをもたらす玉だよ。」

「百八と言ったら人の煩悩の数だよね。」

「そうだよ、人は数珠を身に付けることで煩悩を消すんだが、

逆数珠は名前の通り周りに煩悩をまき散らして身に付けた人にそれを溜める。

人にとってはとんでもないものだが鬼にとってはそれが自分に力を与える。

まさに底抜けの宝珠だよ。」

「それがどうしてここになくて地図の所々で

ピカピカ光ってるんだよ。」


梅蕙は地図を見た。


「これは散らばった玉のありかだ。現世の日本国の各地に飛び散ってる。

じいさんとあたしがこれを見つけた時、

現世からここに戻る途中にはじけ飛んだんだ。」

「ばあちゃん、それを集めるとどうなる。」


千角が聞いた。

梅蕙の目が光る。


「煩悩の質にもよるがあれから二百年ぐらい経つかねえ。

ずっしりと重い宝珠ほうじゅだろうよ。」


一角と千角の目が合う。


「おばあちゃん、もしその玉を集めたら繋いでくれる?」

「そうだねえ、綺麗な血の色の正絹の糸でも用意しようかね。

絶対に切れない丈夫なものをねえ。」


梅蕙はにやりと笑った。


それからは早かった。

梅蕙がすぐに二人が現世に向かえるよう用意を済ませた。

慣れたものだ。


以前のようにしゃきしゃきと動く祖母を見て一角と千角は少しほっとした。




「お前達が現世に向かう届けは出しておいたからね、

とりあえず行っておいで。時々連絡しておくれよ。」


一角と千角が現世に向かう日、

梅蕙は空の色が薄く水色に染まる鬼界と現世の狭間までついて来た。


「お前たち、騒ぎを起こすんじゃないよ。」

「気を付けるよ。ありがとう、おばあちゃん。」

「おう、連絡するぜ、ばあちゃん、スマホの使い方わかるか。」


梅蕙はにやりと笑い胸元からスマホを取り出した。


「今の世界にはこんなのが流行ってるんだねえ。

あぷりっちゅうのをいくつか入れたよ。」


一角が笑った。


「向こうに行って良さそうなものがあったらノートパソコンも送るよ。」

「ありがとうよ。」

「じゃあ、行ってくらぁ。」


二人は歩き出した。


「お前達、人には気を許すんじゃないよ。」


しばらく歩いて後ろから梅蕙が大声で呼びかけた。

二人は振り向く。

遠くの梅蕙に向かって手を振る。

小さな姿だったが背はしっかりと伸び、

少し前の寂しげな梅蕙の様子ではなかった。







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